冒険者ギルド
「行商人のおっちゃん、荷物はここに置いておけばいいかい」
「おー、悪いなシュウ。護衛依頼外のことまでやってもらっちまって」
異世界転移したあと神崎修の名前では目立つため、というか誰もまともにカンザキシュウと発音できない為、俺ははシュウと名乗って過ごしていた。
冒険者ギルドで請け負った行商人の護衛依頼だったが、道中、盗賊が出ることなんてなく、弱い魔獣が数度出るだけで平和に終わってしまった。そう、終わってしまったのだ。
なので、こうやって少しでもポイントを稼ごうと依頼外の事をやっていた。
荷馬車にぎゅうぎゅうに詰められた木箱や樽を、まるで何てことの無いように持ち上げて商人ギルドの荷上場に積んでいく。
お手伝いスキルのレベル1の交換リストに、身体能力関係の項目があってこれにはすごい助けられた。ただ、数回同じ項目を交換したら文字が黒く変色して選べなくなってしまったが。
「冒険者ってのはすごいな。ランクEでもここまで俺たち一般人と違うなんてな」
冒険者ギルドでは冒険者をA、B、C、D、Eと見習いのFに分けていた。見習いのFは誰でもなれる事が出来るが、E以上に上がれるのは冒険者の敵性がある者だけだった。
戦闘や採取、交渉など突出した才能があると認められないと、ランクEにすら上がれないのだ。
「俺は体の頑丈さしか取り柄がないけどな。もっと上のランクのやつらなんて本当に化け物揃いだぜ。こんど依頼を頼んでみたらどうだい」
「馬鹿言うなよ。ランクDを雇うだけでも一回の行商の利益の半分が吹っ飛ぶんだ。よほどの事が無ければ頼めんよ」
冗談交じりに依頼者の行商人と会話を交わした後、最後に運んだ荷物と引き換えに依頼達成書にサインを貰った。依頼者からのサインがないと依頼達成とは見なされない。
サインを偽造しようという動きも昔はあったらしいが、今では魔法技術が発達しギルドの魔法印で割り印がされた書類には、依頼者しか文字を書き込むことが出来なくなっている。
それでも年に数回は、偽造しようとする努力家達も居るらしいが、実を結んではいないらしい。
「依頼達成書にサインしたから持ってきな。それとこれは個人的な追加報酬な」
「今回はご用命有難うござましたっと。最後の荷運びなんておまけみたいなもんだから、別に報酬はいらないんだけどな。次に同じ仕事があったときの前金としてもらっとくわ」
「ははっ。シュウのほうが俺よりよっぽど商人みたいだな」
笑顔で行商人と別れた俺は、道を曲がるとすぐにわき道に入り人目から外れる。
「魔物の軽い襲撃が二回と最後の手伝いがあったから、『お助けポイント』は150ポイントか。思ったよりは稼げたかな」
俺の目の前には、文字が羅列されている透明なプレートがある。異世界転移の特典と言っていいかわからないが、自身の情報を細かく知り確認できるステータスプレートだ。
「相変わらず我慢が出来ずにこんなところでステータスを開いてるの。戻ってからゆっくりと確認すればいいのに」
「うぉぅ!?」
ステータスを見るのに集中しすぎてしまい、いつの間にか横からのぞき込んでいた存在に気付くことが出来ずに、一足に大きく後退った。
「ミラが仕事押し付けてどこで何してるって怒ってたよ。さっさと戻ったほうが後々楽だと思うけどな」
いつの間にか現れた少女の名前はセリスという。俺がこの世界に遺産相続されてから初めて出会った同郷の美少女だ。
「ミラにはセリスから上手い事「言うわけないでしょ」」
セリスはプラチナブロンドの容姿が整った顔を横に振り、拒絶の意を示した。
「それじゃ伝言も済んだし私は帰るね。あきらめてシュウも帰ってきなさいよ……ね? ギルド・マ・ス・ターさ・ま」
どこでこうなってしまったのか。『お手伝いポイント』を稼ぐ為に困りごとを解決すればよいだけだと当初は単純に思っていた。
だが、実際は付き合いの全くないよそ者が善意を見せて近寄ってくれば、怪しさ爆発でなかなか思うように進まなかったのだ。
そこで目を付けたのがポイントで交換できた『冒険者ギルド設立』だったのだが、一年以上の努力の果てに得た結果は予想のはるか斜め上だった。
地球での予備知識からもっていた冒険者ギルドだとすれば、ランクに応じた依頼を達成すればお金と評価が貰え、積み重ねていくことでさらに上のランクに行けるはずだった。
さらに『お手伝いスキル』のポイントという三重取りの夢のような生活がまっていたはずだったのだ。
ポイントで交換した冒険者ギルドは国家に縛られない、独自組織として思った通りのものだった。ただ一つを除いては――
『――あきらめてシュウも帰ってきなさいよ……ね? ギルド・マ・ス・ターさ・ま』
先程のセリスの言葉が再び頭をよぎり、俺は大きく溜息を吐いた。
「どうしてこうなった」
何がどうなったのか分からない。冒険者ギルドが出来た時、俺はなぜかギルドマスターの地位にいたのだ。
そう、俺が冒険者ギルドを造ったことになっていたのだ。確かにポイントで交換したのは俺なんだが、求めていたのはそうじゃない!
「あー帰ったら書類仕事の山かよ」
同じ地球からの転移という名で遺産相続されたミラとセリスに出会った街ディスパー。
二人と出会った時は、かつては古都とも城塞都市とも呼ばれていた旧王都だったのだが、今では再び王都の座に返り咲いていた。
ディスパーの中央大通りに面した一等地に冒険者ギルドの本部はあった。冒険者ギルドを造った当初は、荒くれ者ばかりという勝手な印象をもっていた。だが実際は大分違うとギルマスとして活動していく内に分かってきた。
誰でも慣れる見習いのランクFとは違い、ランクEですら何かしらの才能がないとなれない冒険者は、殆どの者が己の才能と実力に自信をもち日々活動していた。
「すいません、依頼完了したので確認お願いします」
何時ものように、受付に依頼達成書を提出し報酬を貰う。
時間が惜しい俺は、貰うものを貰ったらクエストボードの確認もせずに冒険者ギルド本部を後にした。
冒険者ギルドですぐに裏道に入ると、細く曲がりくねった道を迷うこと無く進む。勝手知ったる道を通り、俺は『もう一つ』の冒険者ギルド本部へと辿り着いた。
「ただいま戻りましたー。あれ? ミラはいないのか」
先程の場所が『新』冒険者ギルド本部なら、此処は『旧』冒険者ギルド本部だった。この冒険者ギルド本部は、冒険者ギルド設立時の姿を何百年も保ち続けているらしい。
俺は一体何歳なんだよ。と、能力の杜撰な管理をスキルに問い詰めたくなるときがあった。
『旧』本部の内部には表の冒険者ギルドと同じくクエストボードが据え付けられ、少ないながらも依頼が貼り付けられている。
「ミラ様なら『新』本部の方へ出かけていますよ。お帰りなさいませ、ギルマス」
うやうやしく頭を下げてくる受付嬢が、ミラについて教えてくれた。
さっき行き違ったのか。
「それとミラ様から伝言も預かっています。ええっと「逃げたら三倍です」という事ですが、また何かやらかしたんですか」
笑顔のミラが書類と武器を片手に笑いかけてくる姿が頭に浮かんできた。
――あいつならやりかねない。
「どうぞ」
テキパキとなれた様子で、受付嬢がシュウの前になみなみと注がれた木のコップを差し出す。
一気に疲れた気がして、コップを受け取ってから申し訳程度に用意されているカウンターの椅子に腰を掛けた。
地球だったらお茶が定番なのだろうが、果実を絞るよりお茶を作るほうが手間のかかるこの世界では、果実水が一般的だった。
「(林檎……じゃなくて)メリィの実か。もう市場に出回ってるのか」
「今年の夏は暑かったですから、メリィ以外にも色々と影響があるらしいですよ」
受付嬢に礼代わりに軽く手を上げると、コップに残っていた果実水を一気に飲み干した。
「ふう。ミラがセリスを使ったり、そこまで言って俺に話があるって事は碌な内容じゃないんだろうな」
カウンターにつぶれたカエルのように上半身を投げ出すと、自分でも思ってもみない程のやる気のない声が出た。そんな様子の俺を見て、受付嬢は隠すでもなく小さく笑い出した。
「そうですよね。少なくても、そこのクエストボードに張り出されている依頼よりも難問でしょうね」
「他人事だと思って」
カウンターに潰れたまま、頭をクエストボードに向けていくつかの依頼を見る。『新』ギルド本部と違って、こちらのクエストボードではランクで張り出されるボードが違うという事はなかった。
「面倒くせー依頼しか残ってねー」
「急ぎの依頼もありますから、出来ればそちらからお願いしたいですね」
「俺が受けるの決定かよ。他の奴らはどうしたよ」
「皆さん、お忙しいですから」
ちらりと視線をよこした受付嬢は、これ以上は藪蛇とばかりに本来の業務に戻った。戻ったといっても、シュウがギルド本部に戻ってから誰も扉をくぐる者はおらず、ただ立っているだけだったが。
「ミラが戻ってくる前に達成できて、ご機嫌取りになる依頼を教えてくれ」
こんなやる気が無さそうな男から出る言葉とは思わなかったのか、受付嬢は俺に視線を戻すと眼をパチクリとさせた。
「あるにはありますが……あえて言いますが此処は『旧』ギルド本部ですよ」
「おれがギルマスだっつーの」
ミラの怒りを少しでも抑えるにはどうするかという結果で、依頼を受ける気になったのだが、肝心の受付嬢が理解しがたい者を見る目で見てきた。
「そんな理由でココの依頼を受けるのはギルマスくらいです」
受付を離れクエストボードから一枚の依頼書を外した受付嬢は、俺の前にそっと置いた。
その内容は、単純に考えるなら要人の護衛だった。
「期限は至急です。行ってらっしゃいませ、ギルマス」
うちの女どもは皆良い性格してるなと思いながら、俺はポイントの事を考えて『旧』ギルド本部を後にした。
今までの経験から、『お手伝いスキル』のポイントは少なすぎても多すぎても碌な事がなかったからだ。