決着
元々とてつもない存在感だったのに、今ではそれをはるかに越えるプレッシャーをカオス=イレが放っている。
本当にガイラスが此処に居ないのが悔やまれる。相性的にも地力的にも最適な相手だったろうに。
「セリス!」
俺の呼びかけにセリスは頷きだけで返してきた。
これまで通り、探査は有効ということだ。もしそれが無効だったら詰んでいたな。
カオス=イレが一歩動く瞬間、セリスのかけ声に合わせて横に大きく飛んだ。
俺が立っていた場所を通り過ぎる黒い風。夜目のポーションのでも見通せない黒が恐ろしい速度で通り過ぎていった。
俺へと攻撃したことで、背中を見せることになったカオス=イレにマルが背後から攻撃を仕掛けるが、先程までとまったく違った衝撃音が鳴り響いた。
ナイトメアと戦っていたときのような、金属同士が擦り合わされるような体の芯に響く不快いな音だ。
「エンチャントしているのに攻撃が!」
攻撃したマル本人が一番驚いているようで、無傷のカオス=イレと手に持つ片手剣を交互に見つめていた。
俺のカウンターならダメージが通るかもしれないが、あんな攻撃を何度も受けきるなんてとても出来そうにない。
それに――。
「シュウ! また来るよ!」
マルの攻撃が通じないと理解しているのか、俺に向けられる殺気が一段と増えた気がした。
強いだけじゃなくて、知恵もあるってか。
何度、吹き飛ばされたか。吹き飛ばされる度にミラにポーションで回復してもらい、カウンターでダメージを与えると同時にマルも攻撃している。
だがやはりマルの攻撃では何度やってもダメージを与える事が出来ないと思った時、セリスがマルの名前を叫んだ。
カオス=イレが本当の姿になってから初めてマルを敵と認識した?
再び俺に向かって攻撃してきたカオス=イレの攻撃をカウンターでしのぐと、その答えがはっきりと分かった。
マルは俺がカウンターで傷つけたカオス=イレの傷口を狙って攻撃していたのだ。
それは自殺行為にも等しい攻撃だった。俺のカウンターで与えた傷は全てカオス=イレの正面につけられている。
どんなに背中をマルに見せて隙だらけになろうとも、マル自身が正面に立たなければ攻撃が通らないのだ。
そんな綱渡りをマルは大量の汗を流しながら繰り返していた。ポーションは体力や怪我は回復できるが、精神力までは回復出来ない。どれだけマルが消耗しても、俺は体を今以上に張って負担を減らすことしか出来なかった。
まだまだ夜が明ける変化の兆しは無い。けれど、俺達の戦いには大きな変化があった。
「ポーション、これで最後だよ!」
どれだけ長いこと戦っていたのか、実際は大して時間が経っていないのか。時間感覚がおかしくなって久しく、ミラから絶望を告げる声が聞こえてきた。
既に何十と受けてきた衝撃を再度受け、俺はまた吹き飛ばされる。ポーションを使った騙し騙しの戦法がが使えなくなった今、たった一撃で体中にガタの来た俺は次の攻撃を受け切れそうもない。
マルも最後の隙に攻撃していたが、今までに与えられた傷は小さな傷が無数とあるだけで効果的なダメージは与えられていなかった。
「セリス、お願い。私が出る」
「駄目だ!」
ミラが自身のスキルを使おうとするのを喉がかれるほどの大声で制止した。
はっきりいって、狂戦士と化したミラの攻撃がカオス=イレに通る確信がない。それに、カオス=イレを倒せたとしても、セリスの探査圏内の敵を全部屠らないとミラはもとに戻れない。
一体、この森のどれだけの生物を殺せばミラは止まることが出来るのか。魔獣だけならともかく、獣も残らず殲滅してしまえば、この森を生活の基盤としている人々が路頭に迷ってしまう。
俺は覚悟を決め『チュートリアル』を起動して、真っ赤に染まった項目を確認すると――。
「シュウ!」
ステータズボードを操作する一瞬の隙をついて、カオス=イレが俺の直前まで迫っていた。気付いた時には黒い壁のように眼の前にそびえ立ち、回避も防御も不可能だった。
こりゃ、死んだな。
こんな時に何をのんきな事を考えてるんだと思ったが、人間死ぬ時なんてこんなものかもしれないと諦めた時だった。
銀色の閃光が俺の前を通り過ぎたのだ。
閃光と暗闇はまるで錐もみするように飛んでいき、大木を数本薙ぎ払って停止した。
GRURURUUUUUUU。
そこには、ナイトメアを倒した時に見た気がした美しい銀色の毛並みを持つ狼――フェンリルがいた。
『シュウ。まだ慣れて無くて変態出来る時間が短いの。だから何かするなら急いで』
頭の中に直接響いてきたのは、マルの声だった。フェンリルはカオス=イレともつれるように互いにあちらこちらの樹や地面を相手を叩きつけるように暴れている。
そんなフェンリルが時折こちらに視線を向けたときにマルの声が聞こえてきたのだ。
「ミラ、セリス。悪いが文句は後で聞くからな」
俺は『チュートリアル』から文字が真っ赤に染まった項目を残りポイント全部を使って選択した。
俺が選択した項目は『前借り』。
前借りを使用した直後、ポイント不足で選択不能だった項目が全て選択可能になり、使用ポイントも非表示になった。
俺はこの状況を覆す事の出来るスキルを軒並み選択していく。
超人化、魔力変換、魔力自動回復、体力自動回復、鑑定、……、……。
「マル、避けろ!」
俺は体に漲る力を全て両脚と右手に集め、カオス=イレ目がけてまるで弾丸の様に突撃する。
超人化と魔力変換で爆発的に力が上がり、俺が踏みしめた大地は爆発するように吹き飛びぶ。それ以上の勢いで俺もカオス=イレに向かって飛び出し右拳を思いっきり叩きつけた。
マルはギリギリ俺の攻撃の影響範囲から逃げたようで、大地にカオス=イレを叩きつけた格好のまま横に視線をずらせば、裸のマルが地面に転がってこっちを驚いた眼で見ていた。
ちょっと目の毒だな。
セリスとミラがすぐにマルのもとへ駆け寄っていったから何とかするだろう。
俺は、地面に叩きつけたままのこいつをどうにかしないと……だな!
カオス=イレの人間部分にに馬乗りなり、あの素早い動きを封じた俺がやることは単純だった。
殴る、殴る、ただ殴る。
魔力変換で消費した魔力と体力は、すぐに両方とも自動回復のスキルで回復し、間断なくその全てを叩きつける。
まるで地震が起こっているかのように大地を揺らす俺の拳。傷みを感じないのか俺に攻撃されながらも反撃してくるカオス=イレだが、カウンターの餌食になるだけで傷が深くなるだけだった。
鑑定によりカオス=イレの生命活動が停止したことを確認したときには、周囲はまるでクレーターのように大きくお椀状に地面がへこんでしまっていた。
俺はスキルを解除し、ステータスボードを確認するとポイントが大きくマイナスになっているのが確認出来た。
『マイナスポイントでチュートリアルの行使を確認しました。これより、機能制限を一部解除します』
なんだ?
『特定のスキルをパッシブスキルへ変更。神人からの変異先の項目が追加されました』
は? 何だこの声は。あの神の声に似ているけど、アレと違ってとても機械臭い喋り方だ。
『条件限定で因果律への直接の干渉が可能になりました』
因果律? おいおい話が大きすぎだろ。
『現行神とのスキルの整合性が取れました。それでは良い人生を』
「おい! 今のは一体どういう意味だよ。さっきからおまえは何なんだよ」
俺の叫びは夜の森に吸い込まれるようにして消えてしまい。答えが返ってくるような事はなかった。
「シュウ!」
「すごかったけど、一体どうしたの。他に何かあったの」
「す、すごい」
ミラとセリス、マントを羽織ったマルが俺のもとへと集まってきた。
「あ、いや。何でも無い。というか俺自身も良く分からね」
歴史改変を何度か起こしてきたけど、あんなメッセージが頭に響く何てことは今まで無かった。
これが一体どういう事になるか分からない。
「なんか良く分からないけど、やったんだね私達。災厄って呼ばれてる魔物を四人で倒したんだから」
「私はポーションを投げてただけだけどね。それに、ほとんどはシュウが一人でやったようなものよね」
「シュウ、すごかった」
凄かったと言えば。
「マル、アレは何だったんだ。でかい狼に、フェンリルに変態していたようだけど」
マルは秘密にしていたことばバレたときのようなバツの悪そうな顔をした。
「あれが私達が獣人と違って魔人って言われる由縁です。世界の、自然の力をその身に取り込むことで、その種族の原点の力を使うことが出来るんです」
それがあの銀狼、フェンリルって事か。
「すげーじゃないか。もしかしなくても、だからダークエレメントンを倒そうとしてたのか」
「あはは。思いも寄らずにナイトメアの残り火を手に入れて、種族の原点の力をかなり使えるようになりました」
嬉しそうに微笑むマルは、どこかとても眩しそうに見えた。この異世界に生前贈与なんてふざけた方法で連れてこられて、スキルと世界に振り回されてフラフラしている俺とは違って眩しかった。
「ねえ、マルさん」
セリスが俺の足下を指さしてマルに困ったように問いかけた。セリスが何を言いたいのが、指さした先をみると、黒い炎がゆらゆらと揺らめいていた。
俺はとっさに後ろに飛び短剣を抜こうとするとが、戦闘のどさくさでどこかにいったのか見つける事が出来ず、焦りを覚えた。
「シュウ、多分平気。これはカオス=イレのドロップアイテムじゃないかな」
ドロップアイテム? ダークエレメントやナイトメアの上位種のカオス=イレのドロップアイテムといえば、もしかして同じ系統ってことか?
「残り火か」
俺の呟きにあきらかに狼狽えたのはマルだった。そりゃそうだろう、魔人の力を解放するのに必要な素材として、災厄クラスの魔物の素材が眼の前にあるんだから。
「俺には使い道がないからお好きにどうぞ」
「私も要らないわ」
「使い道、ないわね」
俺達が三人が所有権を放棄したことで、さらに狼狽えるマル。いまでは、狼狽えながらもその目は少しもカオス=イレの残り火から離れることはなかった。
「え、あ、ううぅ、えええうえぇええ」
マルは眼の前のお宝が自分の物になると理解したのか、変な声を出して喜びを表現していた。
と、そうだ。これで終わりじゃなかった。
「セリス、他の冒険者達は」
探査の範囲を広げ状況を確認したセリスは冒険者は誰一人欠けること無く、残ったナイトメアの敵意もかなり弱くなっていると告げた。
とうことは、これで今回の騒ぎは終わりって事か。
あまりの嬉しさにトリップしているマルは放っておいて、俺達三人は顔を合わせるとこれ以上無いくらい笑い、手を高く掲げて強く打ち鳴らした。




