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カオス=イレ

 見た目は先日の夜の森と同じだった。

 だが、今回は俺でもはっきりと分かる程の不気味な存在感が、この奥に居ると感じられた。

 冒険者達にナイトメアを任せ、俺達四人はさらに森の奥へと向かっている。

 カオス=イレのもとへと。


「シュウは今回の事どう思う」


 ミラが俺にそれとはなしに聞いてくる。


「どうって? 勝てることかって事か? だったら勝つ以外の選択肢はないだろ」


 そんなだから脳筋って言われるのよと、質問してきたくせにひどい言いようだ。


「私が言いたいのは、災厄クラスの魔物が都合良く二体も顕れるかって事よ。しかも同じ種類の魔物がよ」

「どうって言われても、二体もいるものはいるんだからなー」

「そうよ。細かい事を考えるのは終わらせてからにしましょ」


 俺の答えになってない返答に続くように、セリスが言葉を挟んでこの話題は一旦終わりとなった。


「み、皆さんは緊張しないのですか。私はここまで来て言うのもなんですが、怖いです」


 そりゃ俺達だって怖いっていえば怖い。恐怖を感じないなんてのは、そいつはもう人じゃないかどっか壊れているかだと思う。


「怖いぞ。怖いから俺は戦えるんだよ」


 俺の色々間をすっとばした言葉が理解できないみたいでマルが首を捻った。

 なんというか説明が難しい。

 スキルの副作用というかなんというかでギルマスと副ギルマスという立場になった俺達にとて、最初、それは大きな枷かと思えた。

 スキルを使う為の代償として周囲が変化していく。それがどれだけ不気味で恐ろしいか。ある日、いきなり恋人がいたことになってました、子供がいたことになっていました、親戚が存在していました、隣人が――、街が――、国が――。

 そんな事になっていても、あの神がいう『お手伝いスキル』が神へのチュートリアルなら全くあり得ない事じゃ無い。現に、冒険者ギルド以外で、ディスパー国の歴史へすでに干渉してしまっているのだから。

 人が出来る事を飛び越えて世界をいじるなんて事に慣れでもしたら、俺は本当に神になるんだろうなと思わなかったとは否定出来ない。

 だから、人として感じられる感情が今はとても大事に感じられる。

 それに冒険者ギルドという人と情報が集まる場所の中枢に俺達がいることで、世界の変化をいち早く察知できるのだ。

 都合が良すぎる部分が多くて、あの神の関与をついつい疑いたくなるが。


「お二人さん。お喋りの時間は終わりみたいよ」


 セリスの言葉で、なおも問いかけようとしていたマルは口を噤み、俺は意識を眼の前に切り替えた。

 いつでも短剣を抜けるように、両手のひらを柄頭に触れさせておく。


「臭いが気持ち悪いほど強く!」


 自前の鼻で気付いたのかマルは片手剣を抜いて、魔法のスクロールを突き刺した。


「接敵まで5秒……4秒……」


 魔法のスクロールは、使用するだけで封じ込められた魔法を即時発動できる代物だ。その魔法のスクロールを剣に刺す。一見意味の無いように見えるが、これは数年前に偶然見つかった新しいスクロールの使い方だった。

 剣に刺されたスクロールは即時発動をするが、封じられた魔法そのままの効果を発揮しない。乱戦になった冒険者達の連携ミスにより、広げたスクロールに味方の剣が刺さったのがこの使い方が発見された発端だと聞いている。

 マルの片手剣が青く輝き始める。使用したスクロールは氷系のものだったようで、片手剣にとどまった魔法の効果は刀身を凍結させていた。


「2秒……1秒……」


 セリスのカウントに合わせて、俺はスキルをすぐ使えるように一つ目の項目を選択済みの状態にしておく。

 今回選択した項目はたった一つ。ポイントは十分足り、前回のように仲間がマルだけでないから選択できる項目だった。


「くる!」


 音が、気配が消えた気がした。虫や小動物、獣や魔獣の気配も。どこかにいるという程度の認識しか出来ない俺だけど、それでも、それが一瞬で暗く大きい波に飲み込まれた気がして感じる事が出来なくなってしまった。


「これが……カオス=イレ」


 見た目だけで言えば黒い鎧を着た騎士といったところか。ただ、鎧にいっさい隙間は無く中身と鎧が完全に一体になっているが。それと武器の類いは一切持っているようには「シュウ!」――。

 セリスの叫びにすぐに眼の前に短剣を十字に構える。

 体全体が悲鳴を上げるような衝撃と共に、俺は後ろに二十歩分くらいは飛ばされた。


「やっべぇ。殆ど見えなかった」


 俺が先程まで居た所には、カオス=イレが両腕を剣のように尖らせて佇んでいた。


「シュウ、手荒くてごめん」


 突然頭から何かをかけられると、途端に体のしびれと痛みが引いていく。少し離れた所からミラが俺にポーションをぶちまけたみたいだ。乱暴だが助かった。


「次! マルさん狙われてるよ。カオス=イレの右手に敵意が集中」


 ここまでに辿りつく間、セリスとミラの能力についてはマルに説明してある。

 前衛が俺とマル。後衛と敵の監視がセリス。ナイトメアと同じで物理に強いカオス=イレにミラの狂戦士でも対抗できると確信が持てれば投入するジョーカーのミラ。それまでは、ミラは後衛に徹してもらう。

 マルはセリスの言葉に従って、カオス=イレの右手に集中していたようで、間一髪攻撃を避けると避けざまにカオス=イレの右腕に一撃を入れていた。

 スクロールで強化した武器は有効のようで、小さい傷ながらもダメージを与える事に成功した。

 マルは直ぐさま新しいスクロールを取り出し、片手剣に同じ魔法を纏わせた。


「シュウ! 左脚に敵意が集中」


 俺は『チュートリアル』に持っているポイントを半分捧げて、スキルを起動した。

 カオス=イレの左脚にに向けて、先程と同じく短剣で十字を作り防御を構えると、またとてつもない衝撃が襲ってきて後ろへと飛ばされた。


「く、くくっく。ばーか」


 背中を樹に打ち付けた衝撃が抜けきっていないのに、思い通りに行きすぎて俺はカオス=イレにざまあみろと悪態をついた。

 カオス=イレの左脚は大きく十字に傷つけられていた。スキルから『カウンター』を選んだ結果だ。

 どれだけ物理の防御力が高かろうと、馬鹿みたいな自分の攻撃力がカウンターで跳ね返ればダメージは受けるだろうとの予想だった。二人じゃなく今回は四人で立ち向かうから取れる安全策だ。


「これだけ固いくせに、まともに魔法で攻撃すれば吸収って、ほんっとふざけてるな」


 そう、こいつはナイトメアやダークエレメントと違って魔法が弱点にならない。魔法自体は効くことは効くのだが、魔力吸収というスキルで無効化してくると記録に残っていたのだ。

 なので、俺達脳筋がわざわざ相性が悪いのに相手をしている。


「おかしい」


 何度も同じ攻防を繰り返し、目に見えてカオス=イレに傷が増えてきた頃、セリスが呟いた。

 ここまで上手くいっていたのに何がおかしいのか。目線で訴えれば、必死に探査スキルを操作していた。


「眼の前のカオス=イレから敵意が消えたわ。それにもう一体が!」

「皆さん気をつけて! 同じ臭いが急激に強くなってます」


 ト……トトッ……トトットトッ。


 何かの足音の様な物が一定のリズムで聞こえてきたと思ったら、首の無い黒馬が突如現れカオス=イレに突撃していった。

 砂塵が巻き起こり視界が悪くなるなか、肌を突き刺すような殺気が感じた。


「シュウ!」


 セリスの言葉よりも早く同じように防御を固めた俺は、気付いたら樹の根本で血反吐を吐いて嘔吐いていた。

 何が起こった?

 ミラにポーションを貰い、なんとか立ち上がるとケンタウロスのような形状となったカオス=イレがそこにいた。


――二体じゃなくて、元々一体だったっていうのか。

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