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ミスタースリルの復活

風がそよとも吹かない体育館の二階でリズミカルにコツコツとピンポン球が跳ねる音が響き続けていた。


今日はサウナ練習の日だ。


サウナ練習とは卓球部の特別練習メニューとして用意されているわけではなく、バドミントン部と練習の時間がかぶった時にだけ行われる普段と変わらないセットメニューなのだがただ一つ、窓を締め切り風の影響を与えられないようにした状態で活動をする夏の地獄の時間だった。


「まだ30分しか経ってない。」


体育館のステージに向かって右側に掛けられた大きな時計の針はさっき見た時間から30分しか進んでいなかった。


弱小バドミントン部とこの中学校のバドミントン部が呼ばれてたのも今は昔の話。

2年前までは存在しているのかどうかさえも知られていなかったバドミントン部はクラブチームで鍛え上げられた全国大会出場レベルの2年男子の松田(まつだ)先輩と女子の塩末(しおまつ)先輩の登場により一気に知名度を上げた。


顧問の福井先生も張り切り始め、堕落(だらく)した活動をしていたバドミントン部は強豪校ばりのストイックな部活に生まれ変わっていた。


卓球部の先輩たちから"ブタミントン"のアダ名で呼ばれていた動けるデブとして評判だったバドミントン部3年の秋山(あきやま)先輩も"ブタ"と"(とん)"が贅肉(ぜいにく)とともに何処かに消えてしまい、みんなからのアダ名も"ミント"に替わるほどに変貌していた。


その影響をバドミントン部と体育館の使用時間帯が(かぶ)った部活は受けてしまうのである。


一番最初に根を上げたのは剣道部だった。

あの厚着に密着した防具をつけて常に止まらず動き続ける練習ばかりしていた剣道部から被害者が出てくるのは時間の問題だった。


部員の1人が倒れてしまい救急車で運ばれた。というニュースは体育館を使っていた全ての部活に衝撃が走った。


それほどにサウナ練習は過酷だった。


体育館の二階の広場で頭部から顎にかけて集まってきた寅之烝の汗は身体が動くたびにこぼれ落ち、とても小さな無数(むすう)の水溜りを作っていた。


水溜りに足を取られ寅之烝が滑って体制を崩した瞬間に休憩時間のブザーが鳴った。


腕で汗を拭いながら卓球部員は体育館の外へと向かって歩き始めた。


「死ぬ〜。(あっち)ぃ〜。」とタカシが呟き

「これ死ぬよ。」と寅之烝が言いながら外に出ると本来なら生温くて不快に思ってもおかしくない風が卓球部員たちの間を吹き抜けていった


「気持ちぃ〜。」タカシは両手を広げて風を浴びながら叫んだ。


そんな言葉に耳を貸すことなく他の部員たちは冷水機の方へとダラダラと歩いて行った。



バドミントン部が片付けを始め体育館が少しずつ涼しくなり始めた頃、卓球部も練習を終えた。


3年の先輩たちが近くの酒屋で買ってきたお菓子を食べながらジュースを片手に話している。


タカシがニヤリと微笑んで「やるぞ!」と言うと1年生4人衆はフライパンを用意しそれを使って卓球を始めた。


「重てえ〜」と笑いながらタカシがスマッシュを打ち始めた。


「オモテースマッシュ!」となんの(ひね)りもない技の名前を叫びながらスマッシュを打ち続けて4人はゲラゲラと笑っていたその時、2年の吉田先輩が話しかけてきた。


「お前ら何やってんの?」


「はい。」タカユキが(かしこ)まった。


「それは練習?遊び?どっちなの?」と吉田先輩は真面目な顔で問いかけてきた。


「遊びです。」とタカユキが答えると吉田先輩はニッコリと笑って


「俺にもやらせろー!」と大きな声で言った。


「いや、あの、先輩すみません。マイラケットなんで。先輩もマイラケット持参してもらわないと〜」とタカシがそう言うとケイはそれを聞いて1人でニヤニヤしていた。


「よしっ!じゃあ行くぞ!お前ら付き合え!」と吉田先輩は一年生四人を連れて体育館を後にした。


たどり着いたのはいつも授業を受けている教室から少し離れたところにあるB棟(ビーとう)の一階にある家庭科調理室だった。


「先輩ダメでしょ!これは」とタカシは呟き。


「マイラケット持参」なんて冗談でも言わなければよかったと心の底から思った。


「ヨッシー、まず鍵空いてないし、やめとこう!」と寅之烝は言った。


寅之烝と吉田先輩は家がすぐ近くで小学校入学前からよく遊んでいた幼馴染で、寅之烝は部活以外の時間は"吉田先輩"ではなく"ヨッシー"と呼び、二人の間に敬語は無かった。


昔からヨッシーは思い立ったように物凄い無茶をやらかす。


小学生の頃の夏休みのある日。

家の近所にあった個人経営の塾の近くの空き地で遊んでいると、その塾の講師が「授業中なので静かにしろ!」と外で遊ぶ寅之烝とヨッシーを怒鳴ったことがあった。


「知らねぇー!」と叫びながら逃げた二人だったがその30分後にヨッシーは迷彩柄(めいさいがら)の服に身をまといティアドロップのサングラスをかけて家から出てきた。


ライフル型のエアガンを肩に掛け、そして右手でライターをつけたり消したりしていた。


「ヨッシー(なん)それ?」と小学生の寅之烝が聞くとヨッシーは「理由(わけ)など聞くな」と渋めの声色で答え、「来るなら来い。だが足は引っ張るなよ」と完全に最近見たばかりであろうアクション映画のキャラクターになりきっていた。


学習塾まで30メートルほど離れた草が茂った空き地でヨッシーは「作戦開始だ。寅、お前はここから動くな。援護しろ」と呟いて、突然、匍匐前進(ほふくぜんしん)で学習塾の方向へ進み始めた。


「援護も何もどうしたらいいのだろう?」と思う寅之烝をよそにヨッシーは匍匐前進で5mほど進みエアガンで塾の窓を目掛けてエアガンの引き金を握った。


ポシュン!という一気に空気が吹き出す音が鳴ったすぐ後、カキンと窓の外に取り付けられた鉄格子にエアガンの弾が弾ける音が聴こえた。


()せろ!」とヨッシーは寅に向かって叫んだ。


塾の窓のブラインドが塾講師の手によって引き上げられ、窓ガラス越しに外を覗き込む眼鏡(めがね)をかけた塾講師の顔がはっきりと見えた。


「動くなよ。」とヨッシーは寅之烝に囁いた


塾講師はブラインドをもとに戻した。


ヨッシーはもう一度、エアガンの銃口を窓ガラスに定め、何度もエアガンを連射した。


パチンパチンパチンとエアガンの弾は窓ガラスに当たったが虚しくも全て弾き返された。


「窓ガラスが割れるかもしれない」と思っていた寅之烝はその景色を見て拍子抜けした。


物凄い速さでブラインドが再び引き上げられ、窓ガラスが開いた。


塾講師が窓の外に向かって何かを叫ぼうとした頃にはヨッシーはうつ伏せの体勢から仰向けになり胸ポケットから出した煙幕(えんまく)花火に火をつけているところだった。


火をつけた途端、塾の窓の向こうから「何やってんだ!」と声が聞こえた。

それに答えるかのように食い気味でヨッシーの「逆襲だー!」という声が夏空の下に響いた。


「コラー!」と夏期講習中の教室に塾講師の声が反響した途端、外から塾の窓を抜けて入り込んできた煙幕花火はものすごい勢いで黄色い煙を噴き出し、小さな塾の教室に充満させた。


これはマズイと寅之烝は思いヨッシーに目を向けるとヨッシーは第二手目(だいにてめ)爆竹(バクチク)花火に火をつけている最中だった。


ヨッシーの手から離れた爆竹は放物線を描きながら煙幕花火に続いて開いた窓枠を通り抜け、塾の教室へと上陸し、ものすごい破裂音を轟かせ夏期講習をパニックに陥れることに成功した。


寅之烝が呆気(あっけ)にとられているとヨッシーは

「アワワワワワワワワワ!」と映画で観たインディアン(ネイティブアメリカン)の叫びながら口を叩くモノマネをしながらものすごい速さで塾から走って逃げていった。


その時から寅之烝の罪悪感は(しばら)く消えず、この事件で寅之烝は人生最大のスリルを味わった。



あれから四年以上の月日が流れ、中学に進学して幼馴染の"ヨッシー"から部活の真面目な"吉田先輩"に変わり、あの頃の無茶苦茶だったヨッシーは何処かへ消えてしまったのだと思っていたのだが、どうやら隠れていただけで何処か遠くへ行ってしまったわけではなさそうだった。


「窓の鍵ってのはこうやってあげるんだ。」とヨッシーは言いながら窓ガラスを上下に動かし始めると、ものの数秒で窓ガラスの鍵が開いた。


「ほら入れ!」と言ってヨッシーは入口の扉をあけて五人は家庭科調理室への侵入に成功した。

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