本来の目的
夏の蒸し暑さ故に教室のすべての窓が開きっ放しになっていて、廊下側の窓へと通り抜けていく風が西へと傾いた日光を遮るカーテンを揺らしていた。
外から野球部の声と屋上の方からブラスバンド部が鳴らすラッパの類いの音が寅之烝の鼓膜を揺らしていた。
卓球部は顧問の森田先生が不在で全員集まったものの、練習は3年の先輩が「今日は形だけにして休もうぜ」と言いだした事によって目の前の大きめの公園の周りを一周するという軽い内容になり練習場という名の体育館の二階の広場では三年生が罰ゲームありのトランプをし始め、2ゲームほどしたところで解散になったところだった。
行く宛のなくなった、卓球部1年、1組の寅之烝、3組の山下貴志、4組の木本孝之、同じく4組の松本啓の4人は1年4組の教室に集まり生温い風に吹かれながらトランプを始めた。
「トランプだけやってなんもすることないなら帰るよ」とケイが言い始め
「いやぁ、せっかくの休みだから遊びに行こうぜ!」とタカシが続いた。
時計の針は4時半を指していた。
「寅さぁ、新しくできたデッケェ100均行った?」とタカユキが思いついたように言った。
「いや。そんなのできたの?」寅之烝は問いかけた。
「めっちゃ広い100均。めぇ〜っちゃ広い。」とタカシ
「たしかにあそこはなんでもあって面白いな」とケイはクールながらも少し楽しそうに呟いた。
「決まった!行こう!100均!」タカシが大きな声で叫んだ。
みんながトランプをしていた机を囲む椅子から立ち上がる時、寅之烝の耳に聞き流し出来ない言葉が引っかかった。
「1組の浅倉さんって可愛いよな?」
教室の隅で話してた3人組の誰かが放った言葉は一瞬で寅之烝を立ち止まらせた。
「えっ!?誰それ?可愛いの?」
「バスケ部の」
「あぁ、めっちゃ可愛いわ。見にいこうぜ!」
寅之烝の耳は完全に彼らに奪われてしまった。
「おい!寅!いくぞ!」とタカシに肩を叩かれるまで寅之烝は我に帰ることが出来なかった。
ケイと寅之烝は自転車通学だったが、タカシとタカユキは学校から家が近く2人の家の間の距離もかなり近かった。
一度2人の家に自転車を取りに向かった。
そして4人は100均に向かって自転車を走らせた。
100均に向かう道の途中、自転車を漕ぎながら寅之烝はタカユキに尋ねた。
「さっき4組の教室の隅で話してた奴らってどんなやつら?」
「あぁ、川野と江頭と井上か。なんか3人で入ってた部活をちょっと前に3人で辞めて、よくわからんやつらなんだよ。」とタカユキは答えた。
「ここ最近、変だよな?急に荒れてきたというか。」
ケイが話に入ってきた。
「気にしなくていいよ。てか暑ちぃ〜、溶けるぜ〜」とタカユキは自転車の速度を上げた。
100均に到着すると真新しい建物の匂いを思い切り吸い込んで広い店内を歩きながらタカシが言った。
「涼しぃ〜、最高〜!」
そんな事を言いながら汗ばんだ夏の制服を着た4人の少年が店内を徘徊し始めた。
店にはいろんなものが揃っていたが、特に買うものも無くタカシはおもちゃコーナーで手品グッズを買うと言い始めた。
「せっかくここまで来たけどな〜、帰りゲーセンでも寄る?」とケイが言うと
「そんなとこ行ったらカツアゲに遭うよ」と空かさず寅之烝は答えた。
少し離れたところからゲラゲラ笑うタカユキの声が聴こえてきた。
ケイと寅之烝が声が聴こえた方に向かうとタカシがフライパンを卓球のラケットのように握り
反復横跳びをしながら「スマッシュ!」と言ってフライパンを振り回していた。
それを見ながら3人はゲラゲラ笑った。
タカシはゲラゲラ笑いながら「これ買ってこれで卓球練習しようぜ!」と言った。
「バカなこと言うなぁ」と寅之烝は思ったがタカシの目は本気だった。
「でも、これ【この商品は400円です】って書いてるぞ。」とケイが言うと
「レギュラー獲りたくないのか?」とタカシが急に真顔で言った。
「そりゃあ、獲りたいよ!やるからには!」とケイが答えると
「それなら決まりだ!」とタカシはレジへと向かっていった。
気付くと夕暮れの帰り道を4人は自転車で帰っていた。
本来の目的とは違う使い道をする為のフライパンを自転車のカゴに乗せて。