馬車に揺られて
シャガ王城を旅立ち、目指すは「原初の地」だ。ここテムからずっと西へと進み、ラダ連邦領に入る。そこからさらに西へ進むと、カフィーナの庭と呼ばれる場所がある。「原初の命が生まれ、全ての生きとし生けるものが帰る場所」とも言われるその景観は、とても美しいのだと聞いたことがある。
今いるのはテムの城下町……今日も活気溢れるここは、真ん中に一本の大通りがあり、そこに出店がずらりと並ぶ。城の敷地である庭までしか出たことのないルゼッタ様はキョロキョロと周りを見回す。きっと始めてがいっぱいで楽しいのだろう。
「ねぇエレナ!あれはなあに?」
ルゼッタ様が興味深そうに見ているのは、競技用の武器を使った芸だ。
「あれは演舞……模擬戦とも言います。今は剣士同士の戦いですね」
へぇ…………と興味深そうに見ているルゼッタ様を見て、どうせなら観戦していこうと思った。
ガタイのいい男とチャラチャラしていそうな男が互いに剣を持つ。割と武器の扱いというものには人の性格が出ると思う。ガタイのいい方は堅実に攻めるタイプで、チャラチャラしている方は武器の扱いもかっこよさや派手さを求めているように見えた。
両者は適度に間合いを取っていたが、先に一歩を踏み出したのはチャラい方だ。軽快な動きで一気に間合いを詰める……が、しかし突きをしようと腕を引いた瞬間に生まれた隙を突かれる。ガタイのいい男はあっさりと胴に木刀を当てて勝利した。
周りの観客からパチパチとまばらな拍手が送られる。ルゼッタ様も大きくパチパチと子どもらしい拍手でもって賞賛した。
「ねぇルゼッタも武器とか使いたいのー!!」
「…………先ほども言ったように、武器を振るうのは危険なことですから、ルゼッタ様にはできません」
…………このやり取りは一体何回目だろうか。先ほどの演舞を見てからずっとこの調子の姫様にため息をつく。
…………武器がかっこいいものに見えたのだろうか。
「じゃあどうしてエレナ達は武器使っていいの?」
これまた難しい質問だ…………子どもの「どうして」ほど難しいものはない。自分でもあまり考えたこともないような物だと返答に困る。
しばらく考えながら歩き、
「そのような仕事に就いているから……です。そしてルゼッタ様のお仕事は武器を振るうことではなく、護られることなのです」
と言ってルゼッタ様と手を繋いだ。意味がわかっているのかわかっていないのか、腕に抱きつくようにして歩くルゼッタ様の頭をポンポンと撫でる。今はこれでいいかと思った。
「今はどこに向かってるの?」
「とりあえずは西の都キルまで行くために馬車に乗らなくてはならないので、それを手配できるところまで行きます。ここからそんなに遠くありませんよ」
そう言って地図を指差しながら言うと、「そっかー」とほんの少しルゼッタ様の足取りが軽くなった。
一時間ほど歩けば馬車の手配所に着く。とりあえず受付で聞いてみると、一時間後になら空きがあるとのことだ。2人と予約してルゼッタ様と食事に行くことにした。
食事処には心当たりがある。仕事が休みになるとよく城下町で飲み食いをするのだ。この近くには美味しいステーキが食べられる店があった筈だ。
木目調のテーブルと椅子、あちこちからジュージューと肉の焼ける音がする。
メニューを見て、私はカシフォーの肉厚ステーキを頼んだ。カシフォーとはここシャガ王国で主に育てられている家畜だ。この国を出れば、しばらくは食べられないであろうそれを今のうちに食べておきたい。
「ルゼッタ様は何にしますか?」
聴くと「おんなじやつ!」と言われたので、ウェイターを読んでドリンクと一緒に注文する。
運ばれてきたステーキは熱い鉄板の上でじゅうじゅうと美味しそうな音を立てる。備え付けのソースを豪快にかけて、パンと一緒に食べるのが最高に美味しいのだ。
目の前のルゼッタ様はステーキを美味しそうに食べている……と不意に首を傾げた。
「なんだか王城で食べるのと、香りが違う………?」
カシフォーは臭みの強い肉で、通常は香辛料や酒を使い臭みを抜く。しかしここでは特製の秘伝の漬け床があり、それによって臭み抜きをしているために美味しいのだと店の主人から以前聞いた。
それを説明すると、ルゼッタ様は「それじゃあ今度から、カシフォーのステーキを出す時はここのシェフに作ってもらいたいなー」と笑いながら言った。
店を出て、再び手配所に行くと、すでに馬車が来ていた。
「ここから西の都まではだいたい一時間半……あぁ、お金は後払いでいいからね」
木の良さそうな小太りの40くらいの男性が言う。
黒い馬車の扉を開けて中に乗り込む。段差が高いためとりあえずルゼッタ様を抱え上げて乗せ、続いて自分も乗り込む。
「それじゃあ行くよー」
御者(馬車を運転する人のこと)の声にルゼッタ様は元気よく、「おー!」と声を上げた。こうしていると本当に普通の子供のようだ。私はふっと笑って座席が高く足をパタパタさせるルゼッタ様を見つめた。
「お嬢ちゃん達は西の都に何しに行くんだい?」
私が口を開くより先に「旅するのー!」とルゼッタ様が言った。その言葉にへぇと興味深そうに言う御者に、今度はルゼッタ様が「西の都ってどんな所なの?」と聞く。
「西の都キル……別名「学問の街」なんて呼ばれてんだよ。いろんな教育機関や研究機関があるが……まぁ有名なのは私立リュンス学校、王国記念魔術師育成学校、シャガ国立図書館なんかも西の都にあるね」
ルゼッタ様は興味津々で話を聞く。
私もキルには学生時代に行ったことがある。私立リュンス学校は全寮制で、貴族階級の人間の登竜門と言われる名門校だ。3歳から14歳までの基礎教育と、14歳から21歳までの高等教育があるが、その二つは同じ敷地内に別々の建物を持っており、互いにあまり関わりはない。
ルミーぜ家の者は代々ここに通っていた……今は私の妹もここに通っており、休みの時期以外帰ってこないのが実は寂しかったりするのだが。
……兄や妹は秀才で、勉強が本当に好きで得意でもあった。一方私といえば、勉強は兄妹の中で一番できない……………いつも誰かに教えてもらっていた記憶だ。14歳の時に王城に入ってからは、王城内にいる教育係に色々と教わったが、やはり勉学というものは難しい。
どんどん流れて行く景色を横目に昔の思い出に浸っている中、御者とルゼッタ様は楽しそうに話していた。
「こことは街並みもだいぶ違うねぇ。こっちは城下町だから城に合わせた古い建築様式なんだが、向こうはもっと新しい街並みだよ」
「おんなじ国の中でも全然違うんだ!」
そんな会話を聞きながら、心地よい馬のヒヅメの音にうとうとしてしまう。
「お嬢さん達、西の都に着いたよ」
その声に目を開けると先ほどの城下町のとは違い、綺麗に舗装された道路と白を基調とした街が広がっていた。そして膝に重みを感じ、下を向くとルゼッタ様がスヤスヤと眠っている。
「いやぁ2人ともよく寝てたからね。起こすのも悪いかと思って」
御者の優しい言葉に「ありがとう」と礼を言い、トントンとルゼッタ様の肩を叩く。ルゼッタ様はゆっくりと起き上がり、目をしょぼしょぼさせながらも首を振って眠気をなんとか飛ばしている。
「720ユエルになるよ」
私は袋から銀貨7枚と銅貨2枚を渡し、ルゼッタ様と一緒に馬車から降りる。
「女の2人旅は色々危ないこともあると思うから気をつけてね」
最後に優しい言葉をかけてくれた御者にルゼッタ様は言う。
「だいじょーぶ!エレナとっても強いもん!」
御者はそっかそっかと笑うと私の方へ向き、「ちゃんと守ってやんな」と肩を叩かれた。私も「はい」と言ってルゼッタ様と一緒に手を振る。馬車が遠くに走り去るとを見送って、学問の街の一歩を踏み出した。