前編
「すまねえ、前見てなかったわ。お詫びにこれでアイス買ってきな。もっとでっかいのを、もっと積んでもらえ」
街を歩いていると、少女と衝突した。年は幼稚園児だろうか。
爛々と目を輝かせ、3段に積みあがったアイスを満足げに舐めていた・・・のだろう。
そのアイスは、俺の靴に直撃した。
近くにいた母親と思しき女性は怯え切って、ただただ謝罪していた。
仕方あるまい。俺の顔には刃物の傷がついているし、もともと優男といった風貌じゃねぇ。むしろ、「あそこに住んでる人、ヤクザじゃない?」と傷がなかった時から言われ続けていた。
刃物の傷は、家で自炊しているときに、突然電話がかかってきてまな板から目を離したすきに、どこかのピタゴラ装置のような感じで顔に飛んできた包丁のせいだ。別に抗争だとかお礼参りで付いた傷ではない。
そんな風貌の俺に、少女は怯えたような顔をしていたが、お詫びにと金を渡すと、一礼してアイスを2つ購入し、
「おわびに、おじさんのぶんもかってきたよ!いっしょにたべよ?」
と片方のアイスを渡してきた。そして、つり銭もしっかり返してくる。
母親は相変わらずハラハラしている。
ありがたく受け取り食べ始めると、少女は俺の隣にちょこんと座り、一舐めしてはこちらを見て笑う。
小さいものはかわいらしい。いや、ロリコンでなくともそうだろう。断っておくが、別に性的に興奮するわけではない。
アイスを食べ終わる前に、少女は再度俺に謝って、逃げるように去ろうとする母親に手を引かれて帰っていった。むしろ母親の方が失礼なんじゃないだろうか。
俺の名前は平戸正平という。こんななりをしているが、俺の職業は普通のサラリーマンだ。20年勤め、今では主に5人の部下を見る立場になっている。年収は1000万程度(手取り)で、この町の平均よりはかなり高い。使いどころもそこまでないので貯金がたまる一方である。ちょうどこの日は早上がりができ、暇していたので久々に町に出てきた。スーツは半そでだったが、天気が良く気温も高かったので、アイスでも食べようと思ってアイス屋を見ようとした矢先の出来事だったのだ。
普段の3倍出したことになったが、面白かったのでよし。まあ、あんなドラマやアニメでしか見ないようなことが実際に起こるなんてな・・・。