第三話 ヘタレないでください
以前と同じ場所、同じ光景がクロリアの目の前に繰り広げられている。護衛も聞こえない場所にいるものの、目視できる位置にいる。クロリアの住む屋敷の庭には、またロイルとの時間が流れる。
「ロイル様?次にお会いするのは、学園ではありませんでしたか?」
「え?あははっ。そうなんだけど、クロリアどうしよう!僕新しい婚約者候補を選ばされそうなんだ!」
この王子様は何を言っているのだろうか?
「えっと、ロイル様?それは当然のことですわね?」
「僕王子だもんね!」
「はい。」
「どうしよう!」
そうだったのですか。ロイル様ってちょっと頭が柔らかい方なのか。どうしようって言われても当然のことなんだけどな。
「婚約者候補をお決めになられては?」
「え、どうして?ゲームだと、僕の婚約者は君だろう?」
「それは、ゲームの内容です。私たちは同じ転生者、ゲームの内容にならないように協力したのではなくて?」
「そうだけど・・・。僕結婚とか子供の時に決めたくないよ!」
目をウルウルさせて懇願するロイルのなんとも可愛らしことか。キュンキュンしてしまう。そうだよね。転生者とはいえ、子供だもん。
「そうですわよね。実は、私も新しい婚約者候補を両親が話しているようで・・・政略結婚なんて気が滅入ります。」
「え!?クロリアも!?」
「当然ではないですか。」
なぜか心底驚かれてしまった。
「僕たちって不幸だよね。」
「そうですわよね。」
「はぁ、クロリアが婚約者なら良かったのに。」
「ヒロインに攻略される方はお断りです。」
「ヒロインねぇ~。僕、ヒロインについての知識ないからわからないけど、今知らない人を好きにはなれないからな~。」
「あら?ヒロインについて説明しておきましょうか?」
「いや、いいよ。今聞いても無駄だし。」
「そうですね。」
二人で盛大にため息をついてしまった。
「僕たちが婚約者にならないことで、どこまでゲームの内容がかわるんだろう?」
「さぁ?新たな悪役令嬢が誕生して虐めるか、もしくは強制的に私に罪をかぶせられてしまう可能性もありますよね。」
「なんで!?」
「う~ん。たとえ話です。罪がかぶせられてしまいそうな場合は、ロイル様!私、信じていますからね!絶対にあなたを裏切らないと誓いますわ!」
両手に力を入れて、ロイルを輝く瞳で見つめれば顔を綻ばせてくれた。
「うん!僕もクロリアのこと信じているよ!」
満面の笑顔でロイルが答えてくれた。
「では、ロイル様はご自分で新しい婚約者候補を探してくださいね!私も私をお慕いしてくれる方をしっかりと見極めますわ!」
「え!?」
再度両手に力を入れて頑張る態勢を取ると微妙な表情をされてしまった。
「僕、婚約者なんていらないよ・・・。」
ロイルが目を伏せるようにして長い睫毛を下に向けている。
「ロイル様?でも、これは王族として・・・あ、ロイル様にはヒロインがいますものね。だから、誰かを犠牲にしたくはないと言うことですね!」
「まぁ、それもあるけど・・・。政略結婚なんて、ロクな人いないよ!?クロリアも婚約者探しなんてやめたほうがいいよ。」
「あら?でも、両親を安心させてあげたいのですわ。確かに、まだ子供である私たちには早いので、まだまだ検討してみるだけですけど。って、私のことはいいのですよ。ロイル様はどうなさるの?ご両親は、どうしても今決めろとおっしゃっているのですか?」
「うん。だって今度僕の誕生日パーティーを開くんだけど、あれは簡単に言えばお見合いパーティーなんだよ!?」
「まぁ。転生者である私たちには政略結婚なんて迷惑な話ですよね。」
「クロリアはどうしてそんなに落ち着いているの?」
「これでも不安いっぱいですよ?別に、追放エンドは困るほどのことではありません。なんせ、前世は一般人です。ただ、嫉妬に駆られてヒロインをいじめるような人間にはなりたくありませんね。」
「そっか。そうだよね。僕もクロリアには人をいじめるような人になってほしくないよ!」
「ありがとうございます。では、そろそろお帰り頂けますか?」
「なんで!?」
脈絡のない会話にロイルが驚いている。
「そもそも、極秘で我が家に来ないでほしいのです。私たちは、協力関係を結んでいますが、それは学園に入学後からです。両親に疑われて、ロイル様の婚約者にされては本末転倒です。」
「でも、相談できるのがクロリアしかいないんだ。」
「それもそうですね。」
「やっぱり、僕たち婚約したほうがいいんじゃないかな!?」
「はぁ!?」
クロリアの大きな目がぱちくりしてしまう。
「今後どうなるかわかっている状況で、僕たち二人が簡単に会えないと作戦を立てられない!」
「作戦?」
「ヒロイン退治だよ!」
「ヒロイン・・・たいじ?」
さらにきょとんとしてしまう。
「邪魔なヒロインをどうしていくか今のうちに案を考えるべきだと思う!」
両手に力を込めてロイルは力説してきた。
「え?え?待ってください。ヒロインは、ロイル様の大切な方・・・になる予定の人です。たしか、設定ではとても可愛らしい容姿で誰にでも好かれる“愛されキャラ”だったと思います!」
少しずつゲームの内容を思い出すように、頭をフル回転させてクロリアが答えた。
「そんなの関係ないよ!クロリアのほうが可愛いよ!?」
「え?・・・えっと、ありがとうございます。」
真っ正面から力説してクロリアのことを褒めてくるため、恥ずかしさと嬉しさで顔を赤らめてしまっていた。
そんな恥ずかしそうにお礼を言うクロリアを見て、ロイルも自分の発した言葉を思い出して顔を真っ赤に染めてしまった。
「でも悪役令嬢は幸せになれませんので、お断りします。」
「ええ~。」
「正直、ある意味浮気男ですよね?婚約者がいるくせに“死ね”って思います。」
ある言葉だけは、クロリアが心をなくしたかのように発した。
「待って、クロリア。今・・・死ねという言葉だけ無感情で言ってなかった?」
「ですから、“死ね”って思います。」
悪役令嬢の立場として言わせてもらえば、気に入らないなら婚約者にするなって思うのはしょうがないところだよね。どんなにいい男でも浮気するやつは死んでいいと思う。浮気されると相手の女のほうに目が行きがちだけど、私個人としては浮気する男のほうが罪重い。それでも乙女ゲームにいる男かよって思う。今のロイル様がそんな人ではないことを祈っておこう。私には関係ないけど。
「クロリアのその可愛い顔でその言葉を聞くと怖いね・・・。」
「同じ転生者同士ですし、感情は正直に伝えたほうがよいかと。どうぞ、ロイル様も私に対して悪役令嬢として思うところがあれば言ってくださって大丈夫ですよ?」
「う~ん。僕はとくにないかな~?クロリアが本来どんな悪役令嬢なのか知らないし。それに、こんなに可愛いクロリアを婚約者に置きながら、破棄もせずに他の女の子とイチャイチャしている男は、確かに浮気男だね。」
「ですよね?だから、私はロイル様ルートよりも・・・。」
クロリアは考えるように言葉を続けようとした。
「え、待って!僕のこと推しキャラとかじゃないの?」
「いえ、推しキャラというか・・このゲーム自体そんなに好きなキャラはいなかったような~。でも物語としては好きですよ?」
「複雑だ!」
ロイル様はなぜか頭を抱えていた。
時間になり、ロイル様が使用人たちと一緒に帰っていった。しかし、今回の話し合いで納得がいかないのか表情はさえないようだ。最後に手を握ってまた会いにくるというので丁重にお断りさせていただいた。