”エンディング”
――それは救世の結末。
勇者が紡ぐ物語の終わり。
――――ついに、ついにここまで来た。
長い永い旅の果て。
オレは最高の仲間と共に、魔王の坐す城へと辿り着いた。
「ついに、来たのね……」
オレの左隣に立つ少女は言う。彼女は元々、この国の姫だった。
だが、魔王の手によって、国は滅んだ。いまや国だったモノは、魔物が跋扈する地獄の園だ。
「――それでも、おれ達は挫けずにここまで来た」
オレの右隣に立つ少年は言う。彼はオレの幼馴染みで、親友だった。
だが、魔王の手によって故郷を失った。いまやオレ達の故郷は、無の風が吹くだけの荒野だ。
二人の視線が、オレへ向く。
どうやら、オレの言葉を待っているみたいだ。
ならば――あぁ、応えなければいけないだろう。
このセカイを救う勇者として。
オレは、オレの物語の終章を始めるための言葉を、告げなければならない。
「……最初は、ただの悲劇だった」
ある日突然、オレの日常は崩れ去った。
襲来した悪逆の魔王。国は滅び、故郷も消えた。
残ったのは絶望の塊。心を昏く侵すクスリ。
思えば、あの時一歩間違えていれば、オレは勇者としてここに居なかっただろう。
それでもオレがここに居るのは、右隣に立つ少女のおかげだった。
絶望に支配されたオレの前に、その少女は現われた。
亡国の姫。神託を授かった彼女は、オレに告げたのだ。
――あなたこそがセカイを救う勇者。闇に支配された世界を照らす光。
――扉は既に開かれた。絶望の序章はもう終わり。
――さぁ、始めましょう。わたし達の運命を。
すべてを喪くしたオレ達は、導かれるように出逢った。
まるでそれが、定められていたかのように。
「――キミがいなければ、オレはここに居なかった。だから……ありがとう」
「……ううん。お礼とか、そんなの要らない。だってわたしも、あなたがいなければここに居なかった。だから、一緒だよ」
そう言って、彼女は笑う。
……その、花のような笑顔に、オレはどれだけ救われてきたか。
どんなに苦しい道のりであろうと、キミはいつだって笑っていた。
「おいおい、おれを忘れてもらっちゃあ困るぜ?」
「忘れてなんか無いさ。――背中は任せたぜ、相棒」
コツン、と。親友と拳をぶつけ合う。
……こいつの真っ直ぐな友情に、オレは何度も背中を押された。
時に、互いが認められず衝突し合い、殴り合ったりもした。けれど、ひとつの諍いが終わる度に絆はより固いモノに成っていた。
オレとこいつの友情は、一言では語りきれない。
「――ああ、二人がいたから、オレはここに居るんだ」
これまでの旅路を振りかえる。
……苦難に満ちていたが、輝いていた。きっとオレは、この旅を忘れるコトは無いだろう。
「さぁ行こう。オレ達の『レベル』は、魔王に勝てる『レベル』だ。臆することはない」
――この世界には、『レベル』というモノが存在する。
それは、魂の強さ。
その生命がどれだけ強い魂なのかを示す値だ。
魂には、強さがある。
この世の普遍的な真理として、強者は弱者に勝てないというモノがある。
どんなに足掻こうとも、生命は理不尽に抗えない。その絶対構造は、魂に当てはめても同じコトだった。
『レベル』が低い魂は『レベル』の高い魂に勝てない。
ゆえに当然の帰結として、発生する事象はただ一つ。
『同レベル帯』の魂同士による闘争――これだけだ。
だが……『同レベル帯』の魂であっても、それが魔物と人間の闘争になれば、話は変わってくる。
なぜならば、人間は魔物に勝利することで、手に入れるものがあるからだ。
『レベル』は、あらゆる生命が持つモノだ。
しかし、人間だけは『レベル』が上昇する可能性を秘めている。
人間の『レベル』は、魔物を斃すコトで得られる”経験”という値――『イーエクスピー』という――を得れば得るほど、その魂はより強固になる。
逆に、魔物達の『レベル』は不変のままで、上がるコトはない。仮に彼らが人間を斃しても、『イーエクスピー』は手に入らない。それは長年の研究で判明している。
魔物の『レベル』はどんなに”経験”を積んでも、上昇するコトはない。固定された不変の値なのだ。
ゆえに、オレ達は勝てない相手でも勝てるようになるのだ。
そう――『レベル』が上がるコトで。
「ええ、わたし達の『レベル』は上がったわ。使える魔法も、技能も、数え切れないくらい在る。人間はおろか、魔王軍の幹部ですらわたし達に勝つコトは無理よ」
姫は言う。彼女の言っているコトに間違いは無かった。
なぜならそれは、魔王城に来るまでに、試したコトだからだ。
オレ達は、始まりの街から、魔王城近辺のエリアまで――生息する魔物を、片っ端から殺して、自分達の『レベル』がどれだけ上がったか、確認したのだ。
わざわざ始まりまで戻って確認したのかと聞かれれば、半分否と答える。
戻ったには戻ったが、正確に言えば歩いて戻ったのではなく、姫の魔法で始まりまで戻ったのだ。
どういう理屈か、姫が扱う魔法には『一瞬で空間を転移する』魔法がある。姫の『レベル』が一定まで達したとき、ある日使えるようになったそうだ。すごく便利。まるで、オレ達が楽するために元からそういうモノが用意されていたみたい。
そういうワケで、オレ達は検証のため、始まりまで戻った。
その結果は、圧倒的。魔物達は為す術もないまま、塵として消えていった。『イーエクスピー』も、あまり溜まらなかった。
けれど、ある種の快感は在った。
かつて、あんなにも苦戦していた奴らが紙切れのように吹き飛んでいく様を視るのは、
とても――■■■■■■。
「あぁ、最初の頃のおれ達はもう居ねェ。おれ達は強くなった。魔王なんて楽勝さ」
アイツは言う。
『レベル』が上がるコトで得られる技能・魔法はすべて手に入れた。
『レベル・マックス』とでも言えばいいか。理屈ではなく本能的に『レベル』が最大値に達したのだと理解した。
つまり、もはや、この世界でオレ達に敵う者は居ない。
……気分が高揚している。
この扉を開ければ、そこには最後の敵たる魔王が坐している。
オレ達の到着を、待っている。
だがその先に在るのは奴の勝利ではない。
――オレ達の勝利だ。
「さぁ――最後の戦いを、始めようか」
そうして、オレは扉を開けた。
――――――――刹那、姫と相棒が死んだ。
「―――――――――――――、は?」
引き攣った声が漏れた。あまりに一瞬過ぎて、何が起こったのか理解できない。
隣を見れば、さっきまで喋っていた者だったモノがあった。
片方は、脳天を撃ち抜かれていて、小さな丸い孔から赤い水が零れている。気付けば足下には赤い水溜まり。真っ赤できれい。
片方は、首から上が無かった。どこに行ったのかと思って探してみれば、なんと自分の足下にあった。小さい頃、こいつと一緒に球蹴り遊びで使った球を思い出した。
どさっ。倒れる。
さっきまで命だったモノが、たおれる。
「………………、」
今度は、引き攣った声すらも出なかった。
だって、目の前にいるソイツが、無機質な眼でこっちを視ているコトに気付いたから。
「――ようやく出逢えたな、勇者」
黒い椅子に坐す魔王は告げる。
勇者に斃されるハズだった魔王は、告げる。
定められた台詞を読み上げるのではなく、己の意志で喋っている。
……定められた台詞って、なんだ?
「あぁ、どうやら影響がおまえにも生じているらしい。だが、それも仕方ないか。もはやここは本来の筋道から脱した特異点。すなわち、異常なのだから」
「ば、ぐ……?」
「あぁ。この瞬間において、俺達は神の支配から外れている」
……ひどく冷淡な声だった。
無機質な冷たい瞳は、オレを生き物として見ていない。
けれど、たったひとつだけ、読み取れた感情があった。
それは――静かな、”怒り”。
「――さて、勇者よ。この世界を救うはずだった主人公よ。
おまえは今、何が起こっているのか理解できないだろう」
「あたり……まえ、だ」
……アレ、どうしてだろう。
うまく、しゃべれない。
ことばが、でてこない。
だって、用意されていないから。
「……滑稽だな。これが登場人物か。仮初めの意志を持った、真に意志を持たぬ人形。おまえ達は、与えられなければ生きるコトすらも難しいらしい」
……うごけない。ただ、聞くコトだけしかできない。
魔王はすわったまま、コトバをつづける。
「……おまえは、奪われる側の気持ちを知っているか?」
……、……。
「きっと、おまえはソレを識っていたハズだ。なぜなら始まりのおまえは、その絶望に支配されていたから。
理不尽に奪われるコトを是としなかったから、おまえはその理不尽を正そうとした。――それで、良かったのに」
……、………。
「――本筋と違う場所でのおまえは、ただ自己の強さを上げるためだけに、罪無き同胞を、殺した」
………、…………………、ぁ。
(身体がぴくりと動いた)
「設定された物語。初めから終わりまで描かれていた物語の中にいるおまえは、世界を救う勇者だった。――しかし、それ以外ではどうだ? おまえは血に塗れた殺戮者だ。
彼らは総じて、罪を犯していなかった。
『物語』の中で、罪を犯していたのは、魔王だけ。
おまえ達の国を滅ぼしたのは、俺だった。
ゆえに、おまえが裁くべきは、そして裁かれるべきは、魔王だけだったハズなのに――おまえは、ただひたすらに『レベル』を上げ続けた。
なぜなら、そうしなければ魔王を斃せないから。
奪われたから、ソイツを斃す力を得るために奪った――おまえが此処に至るまでに重ねてきたコトは、序章でオレがやったコトと変わらないんだよ」
………………、……………あ、ぁ。
(脳が再起動する)
「大義のための犠牲……あぁ、言い方を変えればそうなるだろう。だがそれは、己が罪を正当化するだけの言い訳だ。それでも――それでもなお、おまえが自身を勇者というのならば――」
……………、……………………あ。
(言葉を、理解する)
「―――――あぁ、おまえは間違いなく、罪人だよ」
「――――――――――――――、あ、ぁ」
本当の意志が、芽生える。
「おまえが歩いてきた軌跡を視ろ。おまえの旅は輝かしいモノではない。その轍は血に塗れている。
おまえが立っている場所は、屍の山だ。その罪の証を眼に焼きつけるがいい」
魔王がオレを審判している。
……犯した罪が、汗となって背中を伝う。
奪ったモノの重さが、心臓の中で増す。
『レベル』という数字が、オレを容赦なく突き刺してくる。
オレは主役としてでなく、この世界に生きる人間として、己が犯した罪に気付いた。
……本当の意志を、持った。
だから――設定された世界に隠された真実を、理解したんだ。
「……意志を持ったか。ならばひとつ、訊きたいコトがある」
「……なん、だよ」
言葉が出てきた。喋れる。
けれど次に放たれた問いに、オレはまたフリーズすることになる。
「――楽しかったか、俺の同胞を殺すのは?」
「っ………―――」
それは、もうひとつの罪。
「ここに来るまでに、試したんだろう? ただ、どうなるか知りたかったから。おまえ達の『レベル』が、どれくらいのモノなのか。
欲を満たすために。
快楽を得るために。
俺の同胞を――殺したんだろうが」
その声は、オレのココロを串刺しにする。
……あぁ。かつて、あんなにも苦戦していた奴らが紙切れのように吹き飛んでいく様を視て、オレは――たしか、楽しいって思って――。
オレじゃない誰かは、わらっていて――
「そもそも、可笑しいだろう? どうして、元はただの人間だったヤツが残虐な力を手に入れられる?
それもこれも、『レベル』というシステムがあるせいだろうが。
魔物達を殺すことで得られる『イーエクスピー』、それをもとに、人間の『レベル』だけが上昇するシステム。――反吐が出る、なんだソレは?
『レベル』が上がるごとに人間を辞めているおまえ達の方が、よっぽど化物ではないか」
あぁ、言われてみればそうだった。
変わらぬ魔物のレベル――それは、いつか、必ず斃せるように設定されたもの。
上昇する人間のレベル――それは、いつか、必ず斃せるようにするための仕様。
ここは限りなく、『主役』と『■■■■■』にとって優遇されたセカイ。
「我が同胞は主役達の血肉に成るためだけの存在。主役たちの物語を彩る……いいや、彩るための準備として用意された駒だ。
――だからこそ、赦せない。
我が同胞達が理不尽に、主役達にただ奪われ続ける側であるコトが」
ソレは、静かに怒っている。
「俺達は屠られるだけの存在じゃない。
おまえ達の血肉に成るための存在じゃない。
だって、俺達は生きている。
確かに、この世界に存るんだ。
ただ世界に躍らされるだけの人形であるおまえ達に、俺の怒りは理解できない」
行き場の無い憤怒。創造主へ対する赫怒。
ただ『殺される側』として用意された被造物は、『殺す側』である主役へ怒りを抱いている。
「――俺は、俺が創られたモノだというコトを知っている。
ゆえに俺は怒りを抱く。
魔王を殺すためには、『レベル』を上げなければいけない仕様にした製作者が、赦せないから」
断罪された主役は、何も言えない。
もはや、『主役』という役目は、意味を成さない。
『勇者』という役目を剥がされた先に在ったのは、『罪人』だったから。
「――俺は、このセカイを創造った者を赦さない。
俺は、俺の役目を破壊する。そして、舞台を破壊する。
機構? 知らん、壊すだけ。
設定? 知らん、無視する。
俺の物語は俺のモノだけだ。決して支配されたモノではない。そんな基盤、破壊してやる。
だから死ねよ、設定された主役よ。
おまえという主役の死をもって、”向こう側”へ続く第四の壁へ亀裂を入れる。
その後、物語を壊す。奪われ続けるこの世界に、終止符を打つのだ。
それこそが――俺の紡ぐ物語だ」
黒い椅子に坐す魔王は告げる。
勇者に斃されるハズだった魔王は、告げる。
――――本物の意志を持った、虚構の魔王は、定められた物語を否定する。
その偉業の果てに在るはずだった結末は消えた。
この罪過の果てに真実の結末は突きつけられる。
これは英雄譚ではない。
英雄譚に成りきれなかった物語。
勇者という主役に隠された、罪人を裁く断罪譚。
……これがきっと、ほんとうのエンディング。
主役は静かに目を閉じた。
* * *
He is not a Heros.
He is a Sinners.
And...
You are true Hero and true Sinner.
* * *
――某年。とある人気ゲーム企業が、ひとつの報道をした。
それは、大人気ゲームの新作の製作、および発売が中止というものだった。
理由は語られなかった。当然、ファン達による批難は殺到したが、のちに発売された、その新作に代わるゲームが異例のヒットを見せたことにより、そのゲームは人々の記憶から消え去った。
このセカイを覚えているのは、■■しかいない。
* * *
主役が消え、
物語が白紙になり。
製作者が存なくなったセカイ。
もはや語られぬことの無いそのセカイでは、いまも穏やかに、魔物達が暮らしている。
――それは救世の結末。
魔王が紡ぐ物語の終わり。




