第二話 皇都 宵闇邸
今度は私とシンヤの出会いを...その前に大事な人を紹介しなくちゃいけないわね。真希にとっても関わり深い人だと思うわ。ユリウスおじ様よ。
おじ様は私のお父様を友人としても戦友としても頼れると大変気に入っていたわ。でもお父様は腐れ縁で嫌だと言っていたけれど、私の婚約者にユリウスおじ様の息子であるシンヤを選んだのだから本当に嫌いなわけではないと思うの。
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人工の太陽の光りと暖かさの届く皇都へと向かう道。皇都に近付けば近付くほどにその道は鋪装されて広く綺麗になっていく。今日からちょうど1週間後に6歳の誕生日を迎える下位皇族のカーネ家の娘であるレイナ・カーネは父親のレオナードに連れられて生まれて初めて領地を出て皇都へと向かっていた。
魔力を原動力にした黒塗りの魔動車に乗り、運転は使用人ではなく父親であるレオナードが自らしている。彼曰く使用人や護衛を何人も付けるのは性に合わないらしい。それにレオナードは皇族の護衛や皇帝の直接の命令を遂行する皇都騎士団に属し、陸番隊の隊長を務めている実力者でもあるため護衛など自分には必要ないと考えている強者でもあった。
「おとうさま!あれすごく大きいね!」
レイナははしゃぎながら助手席に立ち、窓から顔と手を出して少し遠くに見えてきた皇都の出入り口の1つである大きな門や街を護るように囲む高い壁を楽しそうに指差しながら見ていた。そんなレイナにレオナードが運転をしながらも気付くと片手をハンドルから離してレイナを軽々と持ち上げて助手席に座らせた。
「大人しく座っていろ、レイナ」
レオナードの顔も声色も相変わらず不機嫌そうで恐い...だが、生まれてからずっと見慣れて聞き慣れた父親の制止など聞かずにレイナはまた立ち上がり、今度は膝立ちになって窓の外を見た。カーネ家が統治する領地よりも明るくて建物も人の賑わいもよく見ることができる。それにやはり、暖かい。
「レイナのこん...“こんにゃくしゃ”と会えるの?」
まだ5歳という子供のレイナには“婚約者”の発音は難しいらしく、レオナードも一瞬だけその言葉を理解するのに時間が必要だった。
レオナードはレイナに“婚約者”だと言葉を教え直して、自分にとって子供の頃からの腐れ縁でもあるユリウスの顔を思い出して嫌そうな顔をしてから先程のレイナの質問に答えた。
「お前の婚約者の名前はシンヤ・アース。ユリウスの息子だ...確か歳はお前よりも1つ上だったはずだ」
「シンヤ・アース?ユリウスおじ様はカッコいいからきっとイケメンだね!」
今回、レイナが皇都に来ることになった理由を作ったのは他でもない彼、ユリウス・恭夜・アースだった。“レイナの誕生日パーティーとシンヤとの婚約の発表を是非とも俺の家でやろう!”と...先月、ユリウスはレオナードのところに押し掛けて話していった。それにユリウスはよくレオナードに会いに家に来るのでレイナもなついていたが、婚約者であるシンヤ・アースにはまだ会ったことが無かった。
そんなことを思い出してレイナが元気よく笑顔でそう言うと、レオナードはいつも不機嫌そうな恐い顔がさらに嫌そうに歪んでいたことにレイナは気付かずにまた目新しい外を見ている。
「ユリウスが格好いいか?どこが良いんだあいつの」
「おとうさまと違って優しそうに笑うところ!」
レオナードを振り返ることもなくレイナはそう言い放つと、もうおとうさまと話すのには興味が失せたと云うように、道の先に見え始めた皇都にさらに目を輝かせていた。
「どこも明るくて、あったかい!」
自分達の住む、カーネ家が治める領土とはやはり違う。いろいろと違いすぎて、一番はやっぱり人工の太陽が明るくて暖かい。彼の神、太陽神がいた頃は国のすべてを照らし、守護し、月の一族と戦うために力を貸していたらしいがレイナはその時代を知らないため比べることはできない。
「おとうさま!あれなあに?すっごくすっごく、大きい...」
車の中からあれこれと指を指してレイナは父親に何度も何度も聞いている。レオナードにとっては魔動車を運転しながら、そして右も左も上も下も大小さまざまな初めて皇都に来た娘の目に映る建物も人も、法則性もなく何でも聞いてくる。周りの安全確認もしつつレオナードはレイナの“すごく大きい”というヒントからその物を探した。
レイナの指を指す方向には大きな門がそびえ立っている。
「あれは皇都に入るための一般人用の検問所の門だ」
レオナードがそう答えると今までその門の方へ向かっていた魔動車は進む方向を少し変えた。すると、レイナの視界にはその大きな門の少し離れた場所に隠れるようにしてあった別の門が姿を現した。
今ほど父親から説明を受けた大きな門には皇都の中に入ろうと大勢の人や魔動車が最後尾がまったく見えないほど長い長い列を作っている。本来ならその列に何時間も並んで検問を通るのだが、レオナードは皇都騎士団の陸番隊の隊長であり下位皇族でもあるために一般とは別の検問所を使うことになっている。こちらは身分のある人間から通すため一般の検問所と比べて人数も少なければ門の装飾もいろいろと豪華だ。
「キラキラしててきれい...」
思わずレイナは上を見上げて呟いた。また助手席に立ち上がるので、レオナードはまた力ずくでレイナを座らせる。そんなことをまた何回か繰り返しているとその装飾の豪華な門をくぐり、数人の警備の者達がいる。彼らは皇都騎士団の下にある部隊で同じく皇帝の指揮系統に属する皇都軍である。その皇都軍人達は騎士団の陸番隊の隊長であるレオナードの姿を見付けるとすぐに姿勢を正して敬礼した。
「お疲れさまです、カーネ隊長!」
「ああ、ご苦労」
本来ならいろいろとやることがあるだろうが、レオナードはほぼ顔パスで検問所を通り抜けた。皇都の中に入ってもやはりレイナを楽しませ、興味をそそられるものが多くあった。さらにレオナードが運転する魔動車は皇都の中央へと進んで行く。
その間もレイナの興味は尽きること無く、レオナードを容赦なく質問攻めにして椅子の上に立ち上がっては何度も座らされていた。気が付けば道の少し先に皇都軍により厳重に警備された屋敷がある。レイナの住む家よりも大きくて広い、それに何より綺麗に花が咲き誇る背の高い生け垣やその生け垣の狭めのすき間から奥に見える庭にレイナはとても惹かれた。
「これ、お花?すごくきれい...」
レイナが魔動車の窓から覗いているとレオナードは慣れたように屋敷の入り口を警備する皇都軍の男に声をかけて門を開けさせた。そのまま屋敷まで続く道を進み、屋敷の玄関の前まで来ると魔動車を止めた。
するとタイミングを見計らったように屋敷の玄関の扉が開き、中から笑顔でこの屋敷の主であるユリウス自らが出てきて出迎えてくれた。
「よく来たなレオナード!我が信愛なる同士よ」
「よせ、俺はお前が嫌いだ。それにお前がいきなり言い出したんだろう、レイナの誕生日を皇族の婚約発表何て言うゲスなパーティーにしやがって!お前の息子の誕生日にでもすればいいだろう!!俺だってレイナのためにいろいろとだな...」
ユリウスを睨み付けるようにレオナードは魔動車から下り、さらに不機嫌そうに毒ついて自分とは対照的な顔をしているユリウスに言い放った。ユリウスもまたニコニコと笑いながらいつもより不機嫌な顔のレオナードの肩を叩いて話を続けている。
そんな2人を少し見詰め、いつものお父様達だと思いながらレイナも魔動車を下りた。そして、2人の話はまだ続くだろうとも思ったため先程から興味をそそられている花壇に駆け寄った。
「やっぱり家の庭にあるのと違う?」
花壇の前にしゃがみ込み、レイナはまじまじと綺麗に咲く花達を見詰めた。
やはり、皇都には人工の太陽の光が届く。カーネ家の領土には花々を綺麗に咲かせるほどの太陽の光は届かないために、レイナにとって明るい場所で色鮮やかに咲いた花を見ることは初めてのことだった。
もう口喧嘩みたいになっているいつもの2人の声も気にならなくなるくらいに、レイナは食い入るように花々や木々を見てこの屋敷の庭を楽しんでいた。
「レイナ、そろそろ気がすんだか?」
いきなり頭に重たい何かがが乗ったかと思えばレオナードの低い声が聞こえた。気付けば辺りは濃いオレンジ色が強くなってきているらしい...それに、ここはどこだろうか。目の前にある花壇も噴水も、魔動車を下りた所にあった物ではない。ユリウスおじ様の屋敷を勝手に歩き回って、いったいどれくらいの時間が経っていたのだろうか。
レイナは“うん”とレオナードを見上げて頷いた。まだ見ていたいが仕方ない。ここはユリウスおじ様の家なのだから、お父様に迷惑をかけるわけにもいかないことはレイナも理解しているつもりだ。それに今回はカーネ家の娘としてあり得ない振る舞いであるのだから。
「ごめんなさい、おとうさま...」
「俺もユリウスも気にしていない。それにすぐに帰るわけではないんだ、また明日も見ればいい。宵闇邸の庭は王族の所有する屋敷の中でも別格の庭だからな」
レオナードはそう言いながらレイナを抱き上げてユリウスのいる屋敷の方へと歩き出した。レイナは頷いて父親の服にしがみつきながら笑顔で笑った。
ーーーああ、こういう時のおとうさまはすごく大好き!