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「私をあなたの弟子にしなさい」
アリスと名乗る少女は凛とした顔を崩さず、とんでもないことを口にした。
「そ、そんなこと、、」
「どうですか?エドワード先生?」
たまらず言い返そうしたが、アリスはこちらの言葉を遮り、自分の話を進めていく。
質問された師匠は、俯き、頭を抱えて考えていた。そして、しばらく経った後、頭を上げてアリスに答える。
「・・・申し訳ありませんが、あなたの要求は飲めません」
師匠は先ほどと同じようにしっかりとアリスの目を見据え、答える。
アリスは表情は崩さず、しかし大きく目を見開き、驚きを露わにする。
「あら、どうして?ここまでの好条件、どこに行ってもなかなかないものよ?」
「すでに先客がいるのです。すみませんがどんな条件を提示されても、新しく弟子を取るつもりはございません」
さっきの怯えたような態度はどこへ行ったのやら、アリスと同じように凛とした態度で応対する。
先客、という言葉に反応し、アリスは恐らく初めて僕を見た。物を鑑定するように目を通し、しばらくしてから、ふん、と鼻で笑った。
「こんなのがあなたの弟子?こんなのに使っていいほど、あなたの才能はありふれたものではない。早急に弟子を検討しなおすべきです」
「そんな、、、!」
「その必要はありません。今回の弟子が持つ才能はなかなかのもので、肉体強化などの魔力の扱いに長けています。そもそも、すでに師弟契約を結んでいるので変更は容易にはできませんよ」
反論しかけた僕の言葉を引き継ぎ、師匠がフォローしてくれた。まだ会って一日経つかというところなのに、良い関係を築けているらしい。何より、その証拠に師匠がフォローを入れてくれたのがうれしかった
「あなたに弟子が来ない理由は知っています。やる気のない弟子が嫌いなんでしょう?それで今まで弟子入りを断っていたとか。そこの弟子が、いつか故郷に帰ると言い出すかもしれないですよ?それでもよろしいので?」
「そういうことで言えばあなたも例外ではないです。ただ、ここにいる弟子は魔女の里からはるばる徒歩で来たのです。その行動には当然決意が伴いますから、私は弟子を信用に足ると思っています」
「へぇ、魔女の里から徒歩ねぇ」
確かに里から徒歩はきつかった。正直帰ってしまおうかと思ったが、故郷の父母のことを考えると戻るに戻れなかったのである。
それと、実は最初から最後まで徒歩で歩いたわけではないのだが、、。
何にせよ、アリスは少し驚いた様子で頷いているので今は黙っていることとする。
「分かりました。その決意に免じて今回は引きましょう。ですが諦めたわけではありませんので。また後日うかがうことになるでしょう。では」
諦めてくれたようで、アリスは乗ってきた馬車に戻ろうとする。その途中に振り返り、今度は師匠ではなく僕を見た。
「一応、あなたの名前も聞いておきましょう」
「リリィ、、、アグノス、、です」
「リリィ・アグノスね。待ってなさい。その席は必ず奪って見せるから」
その言葉を残して馬車に乗り、アリスは去っていった。
「何だったんでしょう、さっきの」
アリスが去ったことを確認し、僕はそんなことを聞きながら家まで歩き始めた。
「おや、君はドゥバンセール家を知らないのかい。1000年程昔、この国の建国に関わる大戦争で大きな功績を残した兵士に、レオン・ピオルという者がいたんだが、ドゥバンセール家は彼を初代とする一族だ。その大戦争での功績が認められ貴族の身分を与えられた。今では国の政治を任せられることもあるほどの上流貴族だ」
「それほどに、、、」
普通にびっくりなんだけど。要するに王の次に偉い人ってことなんだろう。「なんでもする」ってのはそういうこと本当のことなのか。
「というと、プレシードって結構すごいところだったり、、、?」
「君の言うすごい、が何なのかは分らんが、、、。まぁ都会ではある。建国時の首都だったんだからな」
やっぱりなんかすごそう。子供並みの感想ですまないが、いまだ見たこともないことも多い。いろんなことを学んでからはそれなりの感想が言えるようになるんだろうか。、、と、一つ言い忘れるところだった。
「ああ、そういえば。ひとつ言わなきゃいけないことを思い出しました」
「ん。どうした?」
「僕が魔女の里からずっと歩いてきたみたいになってますけど、そんなんじゃないですからね」
「・・・・・・は?」
思った以上に呆けた反応する。思わず笑ってしまいそうになった。
「ふふっ、えーとですね。途中まで飛んで来てたんですけど、箒が折れちゃって、、、」
「飛ぶ!?君、飛べるのかい!?」
「ええ、まぁ、はい。箒とか杖とか、とりあえず跨げるものがあればそれに魔力込めて浮かせるだけなので」
昔、練習するときにはそこらへんの木の枝を使ってたっけ。
「そんなこと言って、あなたくらいなら箒とか無しでも飛べるんじゃないですか?」
「確かに飛べるが、、。さすが魔女の里出身だな。本来であれば上級になって習得できるものなんだが」
これもやはり高い魔力適正によるものなのだろうか。なんてことを話してる内に家が見えてきた。中からは夕食のいい匂いがしていた。きっと準備の真っ最中なんだろう。
そんな感じで、僕の弟子入り生活一日目は、幕を閉じた。
翌日、僕と師匠はルアルの街のとある店に来ていた。
目的はもちろん、昨日ギルドに向かう途中で言っていた通り僕の装備だ。昨日は簡単なクエストで危険なことは少なかったが、この先そのようなことは少ないだろう。
ドアを開け、店の中に入ると如何にも魔法の研究者、と言った感じの男が店のカウンターにいた。その後ろには杖や杖より少し短いステッキと呼ばれる魔法使い専用武器が所狭しと置いてあった。
「おや、どうしました?エドワードさん。また魔法の情報交換ですか?」
見知ったように話しかけてきた。どうやら師匠とこの男は仲がいいらしい。
「おっと、可愛らしい子を連れて、、。弟子かい?」
「そうなんですよ。今日はこの子のために装備を探しに来たんだが、初心者にぴったりのものはあるかい?店主さん」
「あらら、本当に弟子なのか。ちょっと待っててくれ、、、」
そう言って店主と呼ばれた男は店の奥に入っていった。
「師匠、あの人は?」
「彼はこの店の店主のルシ。魔法研究家で時々意見交換をするんだ」
「ふーん」
「あったあった。これとかどうですか?」
ルシさんは何本か武器を持って店の奥から戻ってきた。
「駆け出しの方が好んでお求めになるのはこんなものですね。駆け出しなもんで懐も寂しいものが多いので安いものが多いですが」
「構わないさ。修行のためだったらそっちの方がいい。そうだろう?リリィ?」
師匠の言葉に無言でうなずいた。武器のおかげで強くてもそれは本当に強くなったわけではない。故郷に帰るのならちゃんと魔法を身に着ける必要がある。
「お弟子さんが良いというのならランク実績相応のものを提供いたしますね。そうですね、、、マナクリスタルを使用したこの杖などどうでしょう?」
ルシは持ってきた武器の内、先端に宝石がついた杖を僕に手渡した。
杖は、初めて持つから良く分からないが、特に持ちにくいというのはない。おまけに宝石は僕が杖を持つと淡く輝きだした。それが美しく、少しの間見入ってしまう。
「マナクリスタルが光っている、、、。きっとすごい才能を秘めているんですね」
「当たり前だ。魔女の里出身なんだぞ。魔法についてはほかの追随を許さんさ」
「ほう、魔女の里とはね。今回は期待できるんじゃないか、先生よ」
「からかうなよ、、、。今までのこと、僕としては結構ショックなんだからな」
こちらが杖を眺めている間、二人は子供を眺めるように話している。
まぁ、確かに僕は魔女の里出身ではあるが、特に魔法に長けているという印象はなかった。それゆえ、師匠の驚きにはこちらも驚かされていた。だが、ほかの弟子と比べれば里では平凡の方だった僕も、とても優秀になるらしい。それなら、師匠にショックを受けさせるようなことは、、、、そういえば師匠は何にショックを受けていたんだろう?契約を切ることは師匠にとってもダメージがあるものなのだろうか?
・・・うん、あとで聞いてみよう。少しデリカシーに欠けるかもしれないが本人聞くのが一番早い。仲良くなるにはお互いを知ることが一番早いからね、うん。
「どうだい?気に入りましたか?」
さっきまで師匠と話していたルシさんは、こっちに視線を向け話しかけていた。
「はい!特に何の不自由もなく使えそうです」
試しに魔法を使うように少し杖を振ってみる。その間、ルシさんは他人の子供を見るように微笑んでいた。
「リリィ、杖はそれでいいのか?」
「はい!」
「それじゃあルシ、これをもらうよ」
「ほい!まいどありー」
「次は服が欲しいんですけど、何かありますか?」
「服かー。ちょっと待っててくださいね、、。」
再び店の奥に戻っていくルシさん。それを見送りながら、少し気になることを師匠に聞いた。
「ルシさんと師匠はどんな関係なんですか?」
「ただの研究仲間さ。大した仲じゃない」
そっけなく答える。もしかしたらあまり良い出会い方はしてないのかもしれない。
「ありましたよ。これこれ」
そんなことを話しているうちにルシさんが戻ってきた。手に持っているのはマント付きのワンピース。配色は全体的に青っぽい。それと同じ色のとんがり帽子。如何にも魔法使いって帽子だ。
「すまない。今はこの種類しかないんだ。サイズはあっていると思うけど、どうだい?」
「いえ、これでも全然魔法使いっぽくていいじゃないですか」
実際そう思う。駆け出しの女の子の魔法使いらしさが出ていて可愛らしい。
「それでいいのかい?ほかの店を見なくてもいい?」
「はい、これは僕の直感が、買え、と言ってます」
「ほう。本当にそう思っているなら一経営者としてとても鼻が高い」
師匠の問いに断言すると、ルシさんが素直に喜んでくれた。それを見ると、こちらもうれしい。
「まあ、それならいいか。では、これを」
「お買い上げありがとうございます!」
少々フライング気味なありがとうを聞いた帰り、気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば師匠は弟子に対してどんなことでショックを受けていたのですか」
「どんなことって、、、聞いたこと無いかい?」
「・・・いえ、まったく」
「そうか、、、」
少し嫌なことを思い出すように、俯きがちになって口を開く。
「僕は良く弟子から契約を切られることが多いんだ。そのときが一番ショックなんだ」
ふーん、そうなのか。と思ったがひとつ気になる言葉が聞こえた。
「切られる?切るのではなく?」
そういうと師匠はとんでもない、というように返事を返す。
「そんなことはない。こちらの教え方が悪いのか、毎回切られるんだ。おかげで一回も『お墨付き』を与えれたことがない」
「そ、そうなんですか?初耳です。僕は師匠がもっと厳しくて弟子との契約を簡単に切ってしまう人だと思っていたのですが、、」
「どうしてそうなるんだ、、、。そういえば、昨日のアリス嬢も言っていたな。『弟子入りを断っているんでしょう?』って。彼女も君と似たようなことを思っていたのかな?」
・・・思っていたでしょうね。だって僕もそれなりには師匠について調べてきたのにほとんどが厳しいとの意見だったんだから。
「というか、その言い方だと自分が契約を切ったことは一回もない、と言ってるように聞こえるんですが」
「何を言ってるんだ。その通りだ。一回も僕から契約破棄を提案したことはない」
「・・・・・・・・・え?」
「ん?」
少しの沈黙の後、ようやく言いたいことが整理できた僕が口を開いた。
「・・・要するに、師匠は今まで弟子の方から契約を破棄され逃げられていた、といった感じですか?」
「まぁ、、、そんな感じだ、、、」
なんてことだ。つまりこの人は教え方が厳しいがゆえに付いて来れなかった弟子を蹴落としていたのではなく、教え方に個性がありすぎて付いて行けなくった弟子が自分から辞退していた、という情報とはまるで違う人だったということだ。
はぁ、情報の回収にもっと力を入れていれば、、、。
「・・・どこで情報を仕入れたのかは知らんが、僕は君が思っているほど良い師匠ではないかもしれない。ただ、世界一の魔法使いの異名は、自分で言うのは少し恥ずかしいが、本当のことだ。だから教えられる内容については期待してくれて構わない」
そういえばそうだ。この人は名高き魔術師、エドワードなのだ。この国最高峰の貴族が求めるような、そんな魔術師なのだ。だったら、ほかの弟子がみんな辞めて僕だけがいる状況はむしろ感謝するべきなのでは?と、思うことにしよう。損はないはず。
「だから初対面であんなことしても、弟子入りを承諾してくれたんですね。ん?でもそうなると、、、」
その点に関しては本当に助かった。もし情報通りだとしたら絶対そこらへんで野垂れ死んでいた。素直に感謝。
だけど、そうなるともう一つ、分からないことが出てくる。
「君も不思議に思うだろう?『誰がこの情報を流したのか』とね」
やはり師匠も気づいていた。それもそのはず。僕だけならともかく、アリスまでもがその情報に騙されている可能性がある。あんな上流貴族が少数のデマに引っかかるはずがない。つまり騙されているならこのデマは少数ではないはずだ。まだ確証は持てないがこのデマは世間に広まっているかもしれない。
「まぁこのことは家に帰ってからゆっくり考えよう」
「そうですね。あーお腹すいた」
気づけば既にお腹が鳴るほどに日は高くなっていた。しばらく歩いていた帰路を少し速めに歩き始め、家へと向かった。
「師匠!ジャッカルさん!見てください!どうですか?」
家に帰り、日が暮れ始めたあたりで、自室で今日買った装備一式を身に纏い、師匠とジャッカルさんがいるリビングへ行ってみた。2人は話し合っていたが、こちらに気づくと話し合いを止め、こちらに向き直った。
2人の前で服がよく見えるように、スカートの端を持って見せてみると、2人からおー、という声が上がった。
「いいんじゃないか?いかにも魔法使いって感じでかわいいと思うぞ」
「ご主人に同じです。よく似合ってますよ」
二人から素直な賞賛を頂き、かわいいと言われ慣れて無い僕は少し恥ずかしくなった。
「えへへ、、、。と、ところでお2人は何をお話しされていたんですか?」
「ルシの店から帰るときに話したろ?誰がデマを流してるかって」
「ああ、、、そんなことも言ってましたね」
テーブルを挟んで向かい側にいる2人はジャッカルさんが大きな2つの箱型の機械を使い、その隣で師匠がのぞき込む形になっている。
「それでどうだい?ジャッカル」
「今マギネットで調べていますので、しばしお待ちを」
マギネット。それは様々な機構を技術によって構築した機械と、その機械同士を魔術でつなぐことによって情報の受け渡し、保存、共有に至るまで、様々な操作を可能にしたハイテクノロジーでハイマジカリーな機械だ。魔術と技術の融合、ということで互いの頭文字を取り、「魔」「技」ネット、としたという噂もある。
僕の家にももちろんあったが、親の管理下にあったため友人や学校のものを使うことが多かった。師匠の情報を調べる際には友人のものを貸してもらい、最低限の情報は仕入れたつもりだった。
「大体わかりました。見た感じではあなた方の見解は正しいでしょうね。その証拠にご主人がスパルタだと勘違いされてる書き込みがとても多いですね」
師匠が隣からディスプレイをのぞき込む。僕も身を乗り出して画面を見てみる。
そこに映し出されていたのは、『エドワード先生がスパルタだった件について』とか『エドワードは本当に鬼畜なのか』という書き込みがあった。そのほかにもそれに類似した書き込みは多くされており、いかに世間の勘違いが広まっているかがわかる。
「ご覧のとおり、世間の勘違いはかなり広まっています。ですが、ひとつ気になる書き込みがありまして、、、こちらなのですが」
ジャッカルさんが画面に映し出した書き込みは、『エドワードの弟子は嘘だったのか』というもの。
「これは、、、?」
「契約破棄当日に、元弟子の書き込みに対しての反応をまとめたものですね。このページから元弟子の書き込みへ飛べるので拝見させてもらいましょう」
ジャッカルさんは慣れたようにマギネットを操作する。書き込みがあるのはとあるSNSらしい。開いてみると、数行のメッセージと、多くの返答が返されていた。
「内容を読ませていただきます。『エドワードとかいうやつマジ無能。世界一の魔術師とか名乗ってるくせにあの教え方はないわ。一回学校に戻って勉強し直してこいって言いかけた。みんなも気を付けて。あいつ肩書だけでたいしたことないから。』とのことです」
「うぐ」
元弟子からの辛辣なメッセージのせいで師匠がテーブルに突っ伏してしまった。とてつもないショックを受けてしまったらしい。そりゃまぁ、こんなボロクソに言われれば、、、ね。
「ほ、ほら!今は僕が弟子ですし!故郷に帰るつもりもないですし!あまり気に掛けないでください!」
「心配には及びません。この方は、貴族のご令嬢でありながら魔術の基礎を教えようとすると、『そんなものは必要ない』と言って契約を破棄する方でありますがゆえ」
僕とジャッカルさんでしっかりとフォローを入れつつ、ジャッカルさんは次に返信を見ようとする。
「それよりも、ご主人への批判よりもほかの方のコメントが気になります。お二人にも見てもらいたいのですが」
そう言って画面をこちらに向けてくる。僕とジャッカルさんのフォローにより精神的ダメージが和らいだ師匠は顔だけを画面に向け、恐る恐る見てみる。
「えーと、なんだこれ?」
「延々と、、、批判コメントが並んでいますね、、、」
そこにあったのは、上は宮廷直属の上流貴族から下は田舎の村民に至るまで、ありとあらゆる身分の者からの元弟子への批判だった。当時のマギネット所有者全員がコメントしているのではないか、と思うほどのコメント数である。しかもその中に元弟子を肯定する意見は一つもない。
気になるどころか、いいんじゃないか?師匠の無能発言を否定してくれる者がこんなにいるのだから。
「何が気になるのですか?」
「普通こんなSNSだと否定コメントと肯定コメントはどちらも一定数あるはずなんです。そうでなくても、ここまで大量の意見が一致するなんてあり得ません」
「要するに誰かがコメントを操作している、てことだな」
「ええ、ハッキングか、それとも運営の賄賂か」
「そうなんですか。でもそんなことをして何がしたいんでしょうか?」
話を聞いていると、コメントの操作もタダではないらしい。であればそれなりの理由があるはず。あるはずなのだが、ここで行われていることは印象を変える程度。教え方が下手という印象か、教え方が厳しいという印象か。どちらにせよ、たいして影響はない。
「私にもわかりかねます。まず紛れもない事実としてハッキングや運営への賄賂などは犯罪です。こんなことができるのは、技術の習得の環境が整っていたり、財力に余裕のある貴族の方たちでしょう。しかし政権を任されることもある貴族たちにとって、犯罪が世間の目に留まり評価が下がるのは避けたいことです。こんな些細な印象操作のために、評価を捨ててまでやることではないと思うのですが」
やはりジャッカルさんも同じことを思っていたようだ。
「師匠はどう思います?」
「ん?ああ、コメントのことか」
ゆっくりと上体を起こし、一息ついてから口を開いた。
「結論から言うと、犯人はだいたいわかっている」
「ホントですか!?」
「ああ」
机に飛び乗り、説明をお願いする。
「そういう君だって既に気づいているんじゃないか?」
「え?いや、全く」
「よく考えてみるんだ」
そうは言われても、やはり思いつかない。
「まず、教えれない教師と厳しい教師、どちらも人は来ないだろうが、、印象を操作して得する人は誰がと言われれば、、、」
「弟子、、、ですかね?、、、あ!」
「気づいたか?君もよく知る人物だ」
「分かりました!あの人ですよね。アリむぐっ!」
いきなり師匠に口をふさがれた。その状態のまま師匠は耳元でささやいた。
「それ以上は言うな。後が怖い」
何が何だかわからないけどとりあえず頷いておいた。
「よし。それでいい」
何か悪いことに賛成してしまった気がする。本当にこれでよかったのだろうか。と思ったらさっきまでマギネットをいじっていたジャッカルが動き出した。
「ちょっといいですか?何か聞かれては困ることがあるのですか?」
「い、いや?そ、そんなことはな、ないぞ?」
ああ、なるほどなぁ。そういうことか。あの場にジャッカルさんはいなかったんだっけ。
「そうなのですか?あなた方が納得できた一方で、私は何もわからないのですが。召使として、私も知っておく必要があると思うのですが」
「その必要は、な、無いと思うぞ?だってほら、まだ確証もないし、几帳面なお前なら会った瞬間に攻撃する可能性もあるだろ」
「その心配はございません。そこまで好戦的ではありませんし、そもそもこの程度の印象操作、報告するだけで十分でしょう」
「だったら僕が報告しとくよ!心配すんな!だからお前は安心して、、、」
「そろそろ教えてはくれませんか?夕食の準備もしたいので。このままではあなたの食事はございませんよ?」
「うぐっ」
まだ何か言いたげだった師匠は、夕食を人質(?)に取られたことでようやく折れたようだった。
師匠はアリスに会った経緯と何が起こったのかを洗いざらい喋った。一通りを理解したジャッカルは呆れたように首を振り、
「全く。そんなことで私が怒るわけがないでしょう。むしろ、私はそのアリスさんと契約を交わしていたらそれこそ怒っていましたね」
「え、そうなのか?」
「当たり前でしょう。はるばる魔女の里から来てくださったのにその努力を無下にするのは人でなしにも程があるでしょう」
「はぁ」
「面倒なことはするな、とは言いましたがこれは仕方ありませんね。相手が相手ですが今回は許しましょう ジャッカルは台所へ行き、夕食の準備を始めた。説教を回避できた師匠は僕の元へ向かい、ひそひそと話し始めた。
「た、助かった、、、」
「ジャッカルさんって怒らせるとどうなるんですか?」
「うちの食事はジャッカルが管理してるから、下手をすると食事抜きになるぞ」
「え、、、」
師匠があんなにおびえていた理由が分かった、、、。あれはこちらの生死を握っているといっても過言ではない。いや、ほんと。
「分かってもらえてよかったですね、、」
「ほんとだよ、、」
「ところで、アリスのことはどうするんですか?」
「まだ確証が持てない。あとで無実が証明されたときに困るのは我々の方だ。手は出さない方がいいだろう」
「というと、報告しないということですか?」
「そういうことだ。あとでジャッカルにも伝えておく」
「分かりました」
そんなわけでとりあえず、僕たちはこの情報ねつ造の謎について考えることをひとまず終了することにした。その夜、僕は明日のお店の仕事について、基本的なことを教えられた。接客の仕方や商品の値段、大体の効能、そして配達の仕方などを教わった。師匠曰く、こういったことも一流になるために必要なことらしい。実践を通じて勉強していった方がいい気もするが、ここは師匠の言うことに素直に従うことにする。
ともあれ、明日から本格的に弟子としての仕事が始まることになる。
頑張ろう。皆に認められるような魔法使いになるために、、、。