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「いつもありがとうございます」
若い女性が礼を述べる。
「いえ、こちらこそ毎度ありがとうございます」
彼女はいつも週末になるとこの店にやって来る常連だ。
この店に来るなり、毎回決まってリラックス効果のあるトレントの樹液が入ったアロマオイルを買っていく。
なんでも彼女の夫は仕事で平日は遠くの街へ行っており、週末になると帰って来るので、家で疲れを癒してほしい、ということで毎週これを買っていくのだそうだ。
「それでは、またお願いしますね」
「ええ。いつでも」
日が傾き始めている。そろそろ閉店時間か。彼女が今日の最後の客だったな。
ドアにかかっている札を「開店中」から「閉店」に変え、家に戻り、椅子に座ってすこしだけぼうっとしてみる。ふと、思いついたことがある。
「クエストに行こうか」
「今からですか?もう日暮れだというのに」
口を挟んでくるのはうちのうるさい使い魔だ。主に家事をやっているが、そのせいなのかお前は母親か、というほどに口を挟んでくる。
「ああ、今からだ。ダメかい?」
「いえ、もう慣れました。どうせ大事に至ることもないですし、行くなら行きましょう」
どうも呆れられたように言われたが、そんなのはどうでもいい。お許しが出たんだ、さっさと行こう。
片手に先端に高価そうな玉のついた杖を持ち、茶色のフード付きローブを羽織り、ドアを開ける。この杖とローブは姉からのお下がりだ。両親は僕が物心つく前にはいなかった。周りの人たちは死んだっていうが、姉だけはそんなことはない、と言って魔法を勉強し始めた。そして何年か経ったある朝、彼女は僕の前から姿を消した。両親を探してくる、という書置きがあったので旅に出たんだとすぐに分かった。そのときに僕が貰ったのが、このローブと杖と、そして使い魔のジャッカルだった。
「ご主人、馬車をお使いになられますか?」
「そうだな、クエストにもよるけど一応準備はしておいてくれ」
「了解しました」
そのまま二人でギルドへと向かう。
僕がこうやって冒険者をやっていけるのは姉のおかげだ。なぜなら僕の魔法は姉から教えてもらったからと言ってもいいからだ。この世界では冒険者養成学校を卒業していないと冒険者の資格を取ることはできない。全くの素人を戦場に駆り出したところで、すぐ死んでしまうのがオチだ。そのため、学校を卒業はしているものの、大体は姉の教え方が影響している。
「さて、どのクエストをやろうかな」
ギルドへと入ってすぐ目の前にコルクボードがある。ここにクエストが貼られるのだが、、。
あるクエストはほとんどがここから数時間かかる火山だったり砂漠だったり。とても日帰りで行けるような場所ではない。
「うーん、、マシなクエストがないなあ、、、。うん?」
一つ、街のすぐ近くの草原が目的地のクエストがあった。内容は「ゴブリン10頭の討伐」、、、。
まさかの依頼内容に隣にいるジャッカルに目を向ける。
「さ、さすがに同胞との殺し合いは気が引けるよなぁ、、。うん、今日はやっぱりやめにs」
「私は構いませんよ」
・・・マジかこいつ。自分の仲間を殺すことにためらいはないのか。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫です。私のことはお気になさらず」
「じ、じゃあこれうけるぞ?」
「どうぞ」
コルクボードから依頼書をはがし、入って右側の受付の職員たちへ依頼書と自分のステータスが書いてあるギルドカードを渡す。
「エドワードさん今からクエストですか?強気ですねー」
「ま、まあな」
先ほどの会話が聞こえていたのか、クエスト内容には触れず、少しの確認の後、すぐにギルドカードを返される。
「それではお早目に帰ってきてくださいね。お気を付けて」
「分かってるさ」
少々不安は残るが、ともかくクエストは決まった。あとはこれを素早く攻略するだけだ。
馬車で揺られること数分、目的地の草原に到着。ここは岩がせり出し、モンスターの死角となるためベースキャンプ、もとい馬車置き場となっている。設備はなく、ただ身を隠せるだけの場所となっている。
「では私はここで馬車の準備をしておりますので、ご主人は先に行って下さいませ」
僕はジャッカルの言葉に頷き、そのまま岩場の外へと歩く。正直そっちのほうが無駄に気を遣わずにすむ。ジャッカルもそれを思って言ったのかもしれないが。
少し歩くと、向こうに数頭のゴブリンの群れが見えた。目を細めてよく見てみると、1,2,3,4、、、5頭いるらしかった。その程度なら大丈夫だろうと、わざと大きな足音で近づく。
「ギャギャッ!!」
「ギャッギャッ!」
数頭のゴブリンが叫び、敵の接近を伝えているそうだ。
しかしすでにこちらの間合いだ。立ち止まり、手に持った杖を正面に構え、無防備に突っ込んでくるゴブリンたちを対象に魔法の詠唱を始める。
ゴブリンたちの足元が淡く光り始め、ゴブリンたちも自分の置かれている状況にやっと気づいたらしかった。しかし、そのときにはすでにこちらの詠唱は終わっており、
「プロミネンス!!!」
ゴブリンたちの足元から巨大な火柱が上がる。当然中にいたゴブリンたちは焼き尽くされ、生存者は一人もいない。
これで5頭。あと5頭倒さなければならない。日はもうかなり傾いている。早く見つけなければ。
ジャッカルとも合流し、残りの捜索を続ける。もうあたりも暗くなってきたころ、
「5頭!あそこに5頭のゴブリンがいますよ!」
暗くてこちらからはよく見えないが、少し離れた場所にいるらしい。
しばらくしてこちらの目が慣れ、よく見えてくるようになる。
「あそこだな。よし!」
先ほどと同じように杖を正面に構え、魔法の詠唱を始める。
「ちょっと待って下さい!あそこに人が!」
「本当か!?それなら、、、」
こちらはすでに詠唱を始めてしまった。今更中断はできない。ならば、、
「ジャッカル!奴らを人から遠ざけてくれ!」
「了解です!」
野生のゴブリンは使い魔のゴブリンを嫌うらしい。であればジャッカルでゴブリンをある程度操作できるだろう。
予想通りゴブリンたちはジャッカルを執拗に追っている。ジャッカルの合図に合わせ、こちらも魔法を放つ準備をする。
「今です!」
ジャッカルが片手に持っていた魔法が入った瓶を後ろの集団に投げ入れる。魔法の効果が発動し、その場に沼を作り出し、ゴブリンたちの足を奪う。
「喰らえ!アトミックインパクト!!」
動けないゴブリンの集団の中心で地面に大穴を空ける程の大爆発が起きる。ゴブリンたちはその爆発に巻き込まれ、一頭残らず吹き飛んだ。
「よし。それでどこに人がいたって?」
「確かそこに、、、。いました!」
そこには少女が倒れていた。ワンピースに身を包み、長い黒髪を持った、可憐な少女だ。腰にはポーチが提げられている。
「旅の途中だったのでしょうか」
「さあな。とりあえず街に連れて行こうか」
もうすでに日は沈み、辺りは真っ暗になっている。公的な施設に送るには少し遅い。とりあえず今日は家の使っていない部屋に泊めようか。そのあとのことは明日考えればいい。幸い、食料はまだたくさんある。
・・・・というのが、昨日の出来事だ。
そして、その少女は今、僕の目の前で意味不明なことを言っている。
「えーと、弟子にして欲しい、て言ったかな?」
「はい!どうか!!」
頭を深々と下げたままで、必死に懇願してくる。
ジャッカルは既に食器を洗いにキッチンへ向かっていた。この状況に手を貸してくれる者はいない。
「・・・ちょっと待ってくれ。わざわざなぜ僕の元で?故郷の学校のほうが詳しく教えてもらえるんじゃないのか?」
「両親が魔法の勉強をすることを許してくれなかったので、誰かに教えてもらうしかないと思い、ならば世界一の魔法使いとして名高いあなたに教えを受けようかと」
魔女の里だというのに魔法の勉強を許してくれなかったのか。何か色々ありそうだけど、今は追及しないでおこう。
「なるほどね。僕は50人ほどの弟子を集め、その全てが辞めていった魔術師だ。それでもいいのかい?」
この国で冒険者となる方法は冒険者養成学校を卒業することの他に、公式に師弟関係を結び、弟子が師匠からの「お墨付き」をもらうこと、がある。これにより資格試験の受験資格を持ったことになる。
まぁ、ほかの優秀な魔術師のほうがいいと思うんだけどなぁ。僕も昔は弟子を持ち、その全てがきつい、と言ってやめていったのだ。無論それを承知で言っているのだろうが。
「もちろんです!」
ようやく顔を上げ、こちらを真っ直ぐに見つめてくる。とてもかわいいと思う。恐らくだが、リリィは魔力で自分の魅力を底上げしている。魔力をそのように自由自在に操るのはとても高度であるが、魔女の里出身となればない話でもない。
「・・・はぁ、分かった。君を弟子に迎え入れよう」
「ホントですか!!!?ありがとうございます!!!!」
また深々と頭を下げる。そんなに嬉しいものなのか、、。
「ところで、住む場所とかは決まっているのか?」
「あ、、、、」
決まってないのかい、、、。
「・・・しかたない。家の使ってない部屋を貸してやるか」
「うぅ、、、。色々とすみません、、」
申し訳なさそうにうつむく。それほど迷惑なことでもないのだが。むしろ部屋が埋まるので助かる。
「いいよ。僕に弟子入り志願なんてしばらくぶりだしね。その代わり、だ」
「はい?」
今までちょくちょく気にしていたことを、彼女に頼むのも気が引けるが。
「君、メイドをやってくれないか?」
ちょくちょく気にしていたこと、それはジャッカルの背の低さだ。高い棚に手が届かず、僕が手伝うことも多い。なので、僕の他に人がいてくれれば良いと思っていたのだが。
・・・リリィは怪訝そうな顔をしている。多分、僕にそういった趣味があるんだと思っているんだろう。
「・・・メイド、ですか?あんまり特別なことはできないですけど、、、」
「普通に!普通にジャッカルの手伝いをしてくれ!そういうのは求めてないから!」
やっぱり誤解してた。メイドという職業はだんだんと過去のものとなっている。だからこその結果なのだが。
「よし!じゃあこうしよう!君はこの家の一室を使っていいこととする。食事もつけよう。受講料もいらない。その代わり、君にはメイドとしてジャッカルの手伝いをやってもらう。魔法の材料の調達だったり、掃除とかだったり、大したことじゃない。これでどうだ?」
悪くないはずだ。それどころか破格の条件だと思う。こんな好条件を簡単に出してしまう自分が恐ろしいとまで思う。
「まあ、それなら。大体雑用って感じならむしろ喜んでやらせてもらいます」
うん。こちらもさっきは言葉が足りなかった。ちゃんと説明して、わかってもらえたようで何よりだ。
「うん。それなら結構だ。それでは早速、君に使ってもらおうと思う部屋に案内したいと思うんだが、いいかい?」
「もうですか?ちょっと待って下さい」
そう言って布団から降り、ベッドの下に置いてある靴を履き、テーブルに乗っているポーチを持つ。
「準備はいいかい?それじゃあ行くよ」
ドアを開け、家の中を案内する。トイレの場所とか、お風呂の場所とか、僕とジャッカルの部屋とか。そして、最後にリリィの部屋。
「ここが、今日からの君の部屋だ」
その部屋は、比較的殺風景な我が家の中で、ひときわ異彩を放っている部屋だった。
「なんか、ここだけ妙にかわいいですね。お姫様の部屋みたい」
「分かるかい?ここは実は姉さんが使っていた部屋なんだ」
白を基調とした、落ち着いていて、クローゼット多めの部屋。女の子の部屋、というとこんな部屋を指すのかもしれない。
「エドワードさん、お姉さんがいらっしゃたんですね。いいんですか?そんな部屋を僕が使っても?」
「別に構わないさ。もし姉さんが帰ってきたとしても怒られるのは僕なんだし」
「そうなんですか、、って、あれ?お姉さんってまだ生きてるんですか?」
「生きてるわ!縁起でもないこというなよ、、。」
「す、すみません。とてもしんみりと話すものですから、、、」
確かに少し哀愁漂う感じで言った気が、、、しないな。全然、普通の流れで言ったぞ。
「まあ、僕の姉さんの話は置いといて。リリィ、君、服持ってきてないだろ?」
彼女の持ってきたポーチはあまり大きくない。入らないだろうと思ったのだ。
「確かに持ってきてないですけど、それが何か?」
「やっぱりか。ここに姉さんが着ていた服があるから良かったら使ってくれ。サイズは合うはずだ」
「え、いいんですか?ありがとうございます!」
「ついでにメイド服も入ってるはずだから、仕事の時はそれを着てくれな」
「あ、はい、、」
メイド服そんなに嫌か。
ともかく、捨てるに捨てれなかった姉さんの服と、空き部屋ひとつが埋まった。ついでにかわいい魔女の弟子も。才能はあると思う。魔力を自由に操作するのは一筋縄ではない。学校で魔法を教える教師でもできない者がほとんどだ。それをあの状況でやってしまうのだから只者ではない。
何はともあれ、僕の魔法使いとしての新たな道の幕開けである。
ドアを開け、リビングに戻ると、食器を洗っているジャッカルを見ずに椅子に腰かける。
「さて、今度は逃げられないようにしないとな!」
「ご主人、そこだけ聞くと前科ありの誘拐犯みたいですよ」
くそみたいなタイトル付けました。そん時思ったことそんままのタイトルです。
最近いきなり暑くなりましたね。夏バテに気を付けながらのんびり引きこもっていきましょうね。ちなみに僕は最近親知らずができまして、歯茎に刺さってめちゃくそ痛いです(どうでもいい)。
次回ではリリィの冒険者登録、そしてついに初クエストの予定です。あくまで予定なんでもしかしたら違うかもしれないです(尺の都合上多分そうなります)。