逆幽霊部員
私は翼ちゃんに昨日のことを全部話した。
クラスに百合がきたこと、綾斗を見に行って見つかったこと、百合と友達になったこと。
そしてこの変装姿に名前がついたこと。
翼ちゃんは静かに聞いてくれた。
「大変だったね。麗香ちゃん…うーん友美ちゃんて呼んだほうがいいのかしら?」
「あーどうだろ友美の方がいいのかな?」
「じゃあ誰か他にいるときは友美ちゃんね」
クスクスと笑いながら話し合う。
私の本来の性格で話していいのは本当に嬉しくて、翼ちゃんと話してる麗香が本物だし、翼ちゃんには麗香として接したかった。
だから翼ちゃんにずっと友美と呼ばれるのは嫌だなと思った。
それを翼ちゃんは何も言わなくても察してくれる。
本当に天使、いや女神かもしれない。
「話を聞いてくれてありがとう」
「ううん、また何かあったら教えてね。じゃあ絵を描きましょうか」
こうやって話したあとは絵を描いている。
最初は翼ちゃんが描いているのを見ているだけだったのだが、うずうずしてるのがわかったのだろう、一緒に描かないか?と誘われたのだ。
とある理由で躊躇したのだが、絵を描くこと事態は好きだったので、描くようになったのだ。
「今日の題材は何?」
「そうね、このリンゴとバナナなんてどうかしら」
そう言いながら翼ちゃんはバッグからリンゴとバナナを取り出して並べる。
美味しそう。
何を隠そう私はリンゴもバナナも大好きだ。
どちらも切らずにまるかじりするのがいいんだけど、実家で出てくるときは一口サイズに切られてて物足りなく思ったものだ。
「これは終わったら麗香ちゃんが持って帰ってね」
「えっいいの?ありがとう」
私はなかなか食材調達が困難だったりするので、時々こうやって翼ちゃんが助けてくれる。
自分で買い物に行ったり通販で買ったりもするが、買ったものの中身を知られるわけにはいかないから大変なのだ。
私は無駄に注目されるからね。
二人で静かに描きはじめる。
しばらくの間、スケッチをするえんぴつの音だけが美術室内に響く。
おしゃべりも楽しいけれど、この静かな時間も好きだった。
ここに時々他の美術部の人たちが混ざることもある。
直接話すことはないのだけれど、翼ちゃんがうまく言ってくれる。
美術部の人たちは、静かで穏やかな人が多くて私はおおむね受け入れられている。
よく入部届けを出して名前だけはあるのに活動には来ない人を幽霊部員というけれど、私は入部届けは出せない。
だから名簿に名前はないけれど、活動はしている逆幽霊部員と呼ばれている。
入部届けが出せないのは当然本名を書かなくてはならないし、出してしまうと所属していると書類にはっきり残ってしまうから。
そんなことをすればどこからバレるかわかったものじゃない。
そして今まさに描いているこの絵が私の描いたものだとバレるわけにはいかない。
そう、私に絵心はなかった。
となりの翼ちゃんの絵を見るとリンゴとバナナが白黒写真で写しましたかと思うほど精密に描かれているのにたいして、私の絵は小学生かといった出来で。
なんだったら今の小学生の方が上手いかもしれない。
良く言えば前衛的なんだけど、ぶっちゃけ下手くそなのだ。
だけど翼ちゃんは味があって好きな絵柄だと言ってくれる。
ちなみに前世の私も下手だった。
つまりどうしようもない。
「やっぱ翼ちゃんはうまいなぁ」
「ふふ、ありがとう。でもこれくらいだったら他の人も描けるから、個性がなくてつまらないのよ。やっぱり私は麗香ちゃんの絵が好きだなぁ」
「そうかなぁ」
翼ちゃんが少し元気がなさそうな顔で笑う。
翼ちゃんは最近スランプというやつらしいが、私ではなんの参考にもならないためどうすることもできないのが歯痒い。
今日はもう片付けて帰ろうかと話していると、廊下から声が聞こえてきた。
この声は百合だ。
楽しそうに誰かと話している。
相手の声は小さくてよく聞こえない。
だんだん近づいているらしく徐々にはっきり聞こえてくる。
耳をすませてよく聞いてみる。
百合の声はいわずもがな、相手の声もはっきり聞こえた。
昨日あった綾斗だった。
しかもどうやら目的地は私がいるこの美術室のようだ。
どうしよう。
百合はいいんだけど綾斗は気まずい、ひじょうに気まずい。
顔をあわせたのは昨日のほんの少しの間のことだったけど、私の印象は良くなかったように思えた。
また二人っきりらしいところを邪魔したら今度こそ駄目な気がする。
私は咄嗟の判断で翼ちゃんの腕をひっぱって美術室から繋がっている作品保管庫へと転がりこんだ。
あっかばん置いてきた。
しかし取りに行くことはできない。
なぜなら間一髪で美術室のドアが開いて、思った通りに百合と綾斗が入ってきた。