第二十三話 始まった地獄の宴
地獄の宴が始まったのだった……
堤下班長は
俺達に腕立て伏せをさせていた。
「いーちっっ……!」
堤下班長が数えたと
同時に俺達も一緒になって
数えながら腕立て伏せを始めた。
だが、始めたのはいいが
その両腕が重かった。
なぜなら、何分間も同じ姿勢で
耐えていたからだ。
「はい、にーーぃっっ!
さーーんっっ!」
間髪を置かずに次々と
回数を呼び上げていく堤下班長。
「にーーぃっっ、
さーーんっっ!」
重たい腕を使って必死に
腕立て伏せをする俺達。
「しぃーーーー!
ごーーっっ、ろーーくっっ!」
徐々にペースを上げて
数えていく堤下班長。
「しちっっ、はちっっ、
きゅうっっ……!」
「……!!!」
堤下班長はちょうど10回目を
数えようとしたその時、
異変に気づいたのだ。
「おら、でぶっっ!
何、サボっとんねん…っっ!」
小太りの一班の北野と
言う同期に話しかけた。
北野は高卒で18歳。
身長は168㎝。
性格は陽気だがあまり自分からは
喋らないので無口だと
皆からは思われている。
また、容姿は顔がふけているため
皆からは22、3歳くらいだと
思われているのだ。
「うっっ……。」
苦しそうにうつ伏せに倒れこむ北野。
「おぇぇぇっっ……!」
北野は地面に向けて唾を吐き出した。
北野が嘔吐する所を見ていた
堤下班長は北野に対してこう言った。
「お前、弱いんじゃあぁぁっっ……!」
「お前みたいなもんは、はよ辞めろ!
いらんねんっっ……!」
堤下班長は吐き捨てるように
北野に対してそう言い放ち、
また全体を見渡すように
俺達の周りを周り始めた。
その様子を見ていた皆は
北野に対してこう言った。
「お前、頑張れや!」
「はよ、顔をあげろっっ!」
「俺だってしんどいねん!」
そう声をかけられた
北野だったがやはり、
体が言う事を聞かないのか、
体を地面につけたまま咳をしていた。
「はい、こいつが倒れたから
最初からやり直し!」
北野が倒れこんだ時、堤下班長は
北野を指を指して二十回ほど
数え終えた腕立て伏せの回数を
1から数え直すと言い始めたのだ。
「はい、いちっっ!
にぃぃっっ、さんっっ!」
堤下班長は1から数え始める
と素早く数え始めたのだ。
「うっっ……!」
「くっっっ……!」
俺達は苦しそうにそう声を出した。
そんな俺達を無視するかのように
次々と回数を呼び上げていく堤下班長。
「よんっっ、ごっっ、ろくっっ……!」
「しちっっ、はちっっ、
きゅうっっ……!」
素早く回数を
呼び上げていく堤下班長。
しかし、俺達は堤下班長が
数える腕立て伏せに
付いていけるはずもなく、
その様子を見かねた
堤下班長は俺達にこう言った。
「お前ら、」
北野が地面に倒れこんだ
すぐ後に同時に次々と地面に
膝が着いて四つん這いになったり、
手が痺れてきて前に倒れこんだり
となっていった。
「うっっ……!」
「うぅぅっっ……!」
「くっっ……!」
倒れこんだと同時に
苦しそうに声を
出し始める同期達。
「はい、こいつらが
倒れたから最初からやり直し!」
堤下班長は倒れこんだ
同期達に指を指して
また十回ほど数えていた
腕立て伏せの回数を
1から数え直すと言い始めたのだ。
「はい、いちっっ!
にぃぃっっ、さんっっ!」
堤下班長はまた、1から
数え始めると素早く数え始めたのだ。
「休むなよ!
お前ら、顔あげろぉぉっっ!」
班付達にも熱が入り、
俺達にそう声をかけ始めた。
「うっっ……!」
「うぅぅっっ……!」
「くっっ……!」
その班付達の声も空しく、
俺達には届かなかった。
いや、届いてはいたが、
もうそれに答える元気はなかったのだ。
「ふんばれ、ふんばれぇぇーー!」
「俺もしんどいんじゃあぁぁーー!」
「早く、顔あげろぉぉーーっっ!」
上岡、辻、新山の二班を
筆頭に堤下班長の腕立て伏せを
必死に耐えながら
腕立て伏せの姿勢が
崩れている周りの同期達に
声をかけていた。
「腕立て伏せも出来んのか?
お前らは!?」
「また1から数えてほしいんか?
あぁぁん!?」
堤下班長は怒った口調で
腕立て伏せの姿勢が崩れている
同期達を見て俺達にそう声をかけた。
「うっっ……!」
「うぅぅっっ……!」
「くっっ……!」
俺達は腕立て伏せの姿勢を
維持するのに辛そうにしていた。
その様子を見かねた
堤下班長はさらに
怒鳴るように俺達にこう言った。
「はよ、答えろやぁぁーーっっ!」
「……!!!」
堤下班長の
その口調にびびる俺達。
すぐさま、俺達はこう答えた。
「で……出来ますっっ!」
なんとか腕立て伏せの姿勢を
維持しながら必死にそう言ったのだ。
「ほな、最初からそうせぇぇやっっ!」
堤下班長が俺達に言葉に
そう返答するとまた数を数え始めた。
「よんっっ、ごっっ、
ろくっっ……!」
「しちっっ、はちっっ、
きゅうっっ……!」
間髪を置かずに
数え始める堤下班長。
「じゅう、じゅういち、
じゅうに、じゅうさん……!」
順番に数えていき、五十回
数えて誰かが倒れてはまた1から。
百回数えて誰かが倒れては
また1からと何十回も往復していった。
何十回も往復していくと
18時、19時、20時と
だんだん時間が過ぎていき、
終わり等、見えなかったのだ。
当然、外は暗くなっており、
各区隊の内務や取り締まりが
助教達の靴磨きをしたり、
他区隊の同期や助教達が
煙草を吸ったりするため、
屋上にぞろぞろと上がってきていた。
屋上に上がってきてすぐ右横に
俺達が腕立て伏せをしていたため
一人、一人、また一人と必ず
こう言っていたのが聞こえていた。
「え……!?
まだ一区隊、やってんの!?」
他区隊の同期や助教達が
必ず俺達を見てこう言っていたのだ。
それもそのはず、終礼が
終わってご飯をすぐ食べ終えてから
その腕立てを行い始めてから
もうすでに三時間ほどぶっ続けで
腕立て伏せを行っていたからだ。
そんな地獄の腕立て伏せにも
終わりはやって来た。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。」
息を切らしながらなんとか
腕立て伏せの姿勢を取ろうとする俺達。
「お前ら、後、百回
前向いた状態で腕立て伏せ
やったら終わりや!」
「もし、また失敗でもしたら
夜中、叩き起こしてでも
やらせたるからな!?」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。」
疲れが限界を通り越していた
俺達にはもはや、
堤下班長の普通のトーンで
話しかけていた言葉では
俺達には届かなかったのだ。
堤下班長はそんな俺達を
見かねた事を見逃すはずもなく、
ぶち切れてこう言い放ったのだ。
「返事せぇやぁぁっっ!
かすっっっ!」
「………!!!」
「は、はいっっ!」
意識が朦朧とした
俺達は慌てて大きな声で返事をした。
「はい、いちっっ!
にぃぃっっ、さんっっ!」
そんな緊迫した空気の状況で、
急に堤下班長が回数を数え始めたのだ。
「……!!!」
俺達は慌てふためきながらも
必死で堤下班長の数える
腕立て伏せに付いていった。
「よんっっ、ごっっ、
ろくっっ……!」
「しちっっ、はちっっ、
きゅうっっ……!」
「くっっ……!」
「うっっ……!」
両腕だけではなく全身がもはや、
これが本当に自分の体なのか?
と思うほど、体が重すぎて
普段の腕立て伏せが出来ずにいた。
「まだ、十回もやってへんぞ!?」
「なぁ、お前ら?
へぼいんじゃあぁぁ!?」
「くっっ……!」
なんとかくらいついて
前を向こうとする俺達。
「最後って言ってやってんのに、
百回も出来んのか!?」
「なぁ?
……なぁって?」
「答えろやぁぁ!?」
もう、答える事さえも
ままならない俺達だったが
なんとか腕立て伏せに
くらいついていこうと
必死に前を向く俺達。
俺達は堤下班長の方を必死に
向いたこの数秒間、
この一瞬だけは綺麗に揃っていた。
「……!!!」
堤下班長は少し驚いた表情で
ほくそ笑むと俺達にこう言った。
「やめぇぇーーーーっっ……!」
「その場に立てぇぇーーっっ!」
堤下班長は俺達に腕立て伏せを
させるのに満足したのか、
腕立て伏せをやめて俺達に
その場で立つように言ったのだ。
「……!!!」
一体、何が起こったのか、
理解が出来ない俺達。
「お前ら、終わりたくないんか?」
「その場に立てぇぇーーっっ!」
堤下班長が俺達にこう言った。
堤下班長の言葉でようやく
気が付いた俺達は慌てて立ち上がった。
だが、両手両足が痺れていたため、
すぐに立ち上がる事が
出来なかったり、立てない者がいた。
「大丈夫か?」
「しゃあないなぁ、早く立てよ!」
なかなか立ち上がれない
同期達を見かね、
早く立ち上がっていた
何人かの同期達がそう優しい言葉を
かけながら同期達を立ち上がらせた。
堤下班長は俺達のその姿に
納得したのか、こう号令をかけた。
「半ば、右向けぇぇ~~右っっ!」
堤下班長は大きな声で
俺達に号令をかけた。
俺達はなんとか半ば右に向いた。
「お前ら、最後やぞぉぉ!
前、見ろよぉぉ!」
へとへとになった俺達の様子を
見ていた一区隊の班長、
班付き達が俺達にそう声をかけた。
俺達はなんとかへとへとに
なった体に鞭を打ち、
立ち上がると必死の思いで
前を向いた。
この時もふらつきそう
になりながらも、
この一瞬だけは皆揃っていた。
「よし、急いで清掃準備!
別れっっ!」
堤下班長は自分の腕時計を
見てからそう言って俺達を別れさせた。
「別れます!」
俺達は大きな声でそう返事を
すると我先にと階段を
降りていき、一目散にトイレに
駆け込んだのだった……
腕立て伏せの回数だが、
失敗した腕立て伏せを合わせると
軽く八百回はやっていたはずだ。
もちろん、正規の数え方ではないが
それほどこの地獄の腕立て伏せは
今でも頭に焼き付いて
夢に出てくるほど
自衛隊生活の中で辛い
出来事の中の一つなのだ。
第二十四話に続く……




