呪い屋の話
百合属性
前に魔法使いが話していたように、力を持つ物に影響を受け渦に巻き込まれた。そして今度は一人ではなくライムも一緒だった。
「……なんだよ、これ」
「あー、この感じ久しぶり」
「前にもあったのかよ」
「そうそう。赤堀の森の魔法使いに会ったけれど、今回は違うような……」
辺りを見渡し、今回は森じゃないことを確認する。
「なんか、日本っぽい?」
「確かに。でも、見たことのない建物だ」
自分たちが住む世界っぽいのに、何となく違和感。看板があって、土地名があって、近代的な機械もあって、自分たちは慣れるのに時間は必要ないほど。
「なんか、やっぱり落ち着くな」
「地元じゃないけどね」
「人が多いと、なんか安心する」
「確かに、この雑踏具合、久しい」
懐かしい雰囲気だった。レモンとライムは町行く人たちを見て少しだけ安堵を見せた。
コンビニもあって、スルーフの所よりも落ち着く。
「こう俗世間に触れるのも良いけど、やっぱり働きたくない」
「ござる?! ござる?!」
「姉ちゃん、うっさい。自給自足するのも良いけど、やっぱり働きたくはない」
どんどんと弟のライムがダメ人間へと成長していってる姿を見て、姉レモンは少し泣きそうになっていた。
「ムカつく、あの男! 呪い屋の所に行ってやる!」
「……?」
自分たちを通り過ぎた女子高生っぽい子。早歩きで立ち去ったが、呪い屋という言葉に疑問を持った。
「なんの話だろ。見に行こ」
「……ああ」
聞いたことのない単語に興味を持った。小説のネタになるかもしれないとライムはポケットに入れたメモ帳に触れた。
そして現実なら事案になりそうな、女子高生らしき子をストーキングするという暴挙に走る。
「わあ」
その女の子が消えた屋敷の前に着くと、その豪邸に言葉を失った。日本家屋で古めかしく厳かな雰囲気を纏った光景。
歴史的重要文化財になれそうな家屋は周りの新しい家に囲まれても威厳を保つほど。
「こういう昔ながらのって憧れる」
「寒かったり暑かったりしなかっ」
「……姉ちゃん?」
「無理だ。やっぱり無理! 虫が出てくるでしょ!」
「あー……」
言葉を詰まらせた理由を知ってるライムはこれ以上は何も言わなかった。そして家屋を見上げるように見つめていると、通り過ぎる人たちに不審そうに見られた。
「何かご用でしょうか」
屋敷の中から気配もなく現れた女性に二人は硬直した。その相手は、物凄い美人さんだったからだ。
美しい鎖骨を大胆に開けた洋服はワンピースのように裾が長く、その下は黒色のスパッツのようなレギンスのような厚手のものを履いている。
「……ちっ、生足じゃねぇ」
「ライくん?」
「……なんでもねぇよ」
レモンの声が冷めていた。その変態発言をするのは私だとばかりの顔をしている。ジトッとした冷や汗が出るように冷めた目。
雪のように真っ白な肌に、闇の中に溶けてしまいそうなほどの黒く長い髪は耳の下で真っ白いガーゼのような太いゴムで留められていても腰まであった。結構な長さだろうが似合っている。
ただ、難点というか、完璧そうな見た目の欠点というか……胸がなさそうなほどに小さい。
「あの……抱いて良いですか?」
「は?」
「……姉ちゃん、久しぶりに変態出したな」
「ライくんに負けたくない! 一番の変態はあたしの十八番だから!」
「十八番にすんな」
「……ふふ」
まるで漫才みたいな二人に警戒を解いた。突き刺さるような殺気は一般のものとは違うようだった。レモンは気付いてはいなかったが、ライムは気付いていた。
「だってこんな美人、そうそうお目にかかれないよ。和風美人」
「いくら女でも犯罪になるから止めとけ」
「ロリ化は正義!」
「アウト」
「マジか!」
レモンはショックを受けたようで、地面に生えてる謎の植物を見詰めていた。道端に生えてる植物すら違ったもので、毒々しい蛍光色なのは見なかったことにした。
「なんか、すみません。姉が」
「……姉? ここら辺では見かけない方ですね」
「外から来たので、初めての国で」
「なるほど。これからどこかへ行かれるのですか?」
「いや、なんか飛ばされて来て」
「ああそうそう。この辺で魔法とか使う人っています? なんか、その力に引っ張られて転送することがあるみたいで」
「……」
「あ、見に覚えあるみたい?」
「……中へどうぞ。ただ、今は忙しいので客間でお待ち頂けます?」
「うん」
食い気味にレモンは得た知識を披露する。まだ確証はなく、ただの推測の域だったが問答無用と使っていた。そして帰ることなんて考えてはいなかった。
「うひゃあ」
「……ひろっ」
通された客間は畳の間。新品に近い緑色のい草は落ち着く香り。掛軸があるが、よく分からない絵が描かれている。レモン曰く、子どもが描いたような絵らしい。
「良いなぁ、和室」
「横になるなよ、姉ちゃん」
「いい匂いー。ここに寝泊まりしたい。旅館みたい」
仰向けになるレモンにライムは呆れながら窓から外を見る。日本庭園のような手の込んだ庭が見えた。
「やばい、眠い」
「落ち着く香りだからな」
「ちょっと昼寝ー」
「マジで退児化してんじゃ」
ものの数秒で眠りに就き、不眠症の人も驚く早業。ライムはネットを使い画像の収集が出来ないため、和室を絵に書いて思考を刺激させる材料とした。
机の裏を覗いたがコタツじゃないことに地味にショックを受けていた。
「あの家、地味に寒いしコタツ欲しいな。手作り出来ねぇかな。なんか材料、こっちで調達してなんか……、ネットは無理だよな。あ、でもこの世界なら電源の獲得は出来そうだな。ソーラーパネル、又は自家発電。荷物になんなきゃ良いけど」
現代っ子のライムはどうしても携帯電話又は電化製品を使いたいようだ。アプリとして辞書をオフラインでも使えるものが入っているから特に必要。
「ここなら、電子辞書ねぇのかな。あの人に聞いて……うわっ」
ジッと扉から見つめてくる少女。ライムと同じくらいの年っぽくて、少し赤み混じりの茶髪は肩に付かないほどに短い。灰色の瞳は同じ国なのか疑惑を持つほど。
黒色のワンピースに、黒色のカーディガン。全身真っ黒だったが、素足を晒している。
「……生足」
いや自宅だから素足でも問題はないのだが、寒くないのか疑問を持つほど。結構な短めのワンピースは膝小僧よりも上だった。
「……だれ」
ぶっきらぼうな声は低く警戒を丸出しの猫のようだった。
怖いという印象の中に、目鼻立ちがしっかりとしてて可愛いと美人の合間の絶妙なバランスを保っている。
「客です、きっと」
「……」
「あああああああ」
無視されたことにライム小さく呻く。同世代の子に不気味そうに見られるのは耐え難い苦痛だったようだ。
顔を手で覆い女々しく泣いてる風を演じた。
「あら、ここにいたのですか。珠」
「花梨」
声がして、すぐに扉を開いた。そして二人の女性が中に入ってきた。背の高い最初に会った女性が花梨、背が低い女の子が珠という名前らしい。
「あらあら、お休みですか? 今、毛布を」
「あ、良いっす。起こしますから。ほら、姉ちゃん、起きろ」
「げしげし……、もっと愛を込めて……もっと」
「なに寝ぼけてるんだよ、起きろ」
足でお腹をつつくのは姉弟だからこそ出来るものだろう。二人は初めて見る光景のため驚いてしまったようだ。
「来たよ、美人さん」
「おっ、マジか。おはよー」
「……おはようございます。大丈夫ですか? 顔に痕が」
「すぐ消えるよ、若いから」
ゴシゴシと顔を擦るレモン。確かに若いから畳の痕が消えるのも早いだろう。
「自己紹介から? 俺はライム」
「あたしレモン」
「花梨と申します。この子は珠」
「姉妹?」
「いえ。今は同居をしてるだけです」
「今は?」
「姉ちゃん、質問し過ぎ」
「構いませんよ。わたしの仕事の手伝いをしてくれる代わりに、衣食住を提供しています。こちらも質問は宜しいでしょうか」
「いいよ」
「姉弟ですか?」
ごもっともな質問にレモンは包み隠さずに全てを答えた。異世界から来て、お世話になって、色んな人に会ったことを。
「なるほど」
隠さない性格のレモンに花梨は優しく微笑んだ。今までに会ったことのないような天真爛漫な子。
「二人は付き合ってるの?」
そしてとんでもない爆弾を投げ込んでくる子。二人は困惑したように笑うだけで、肯定も否定もしなかった。もし嫌だったのなら即座に否定した言葉を出すのに何も言わないということは、それを嫌だと認識していなかったのかもしれない。
「ライくん、生百合じゃね」
「……まだ微妙なところだな。これから先に期待……ってなに言ってるんだよ」
「ライくん、百合好きだね」
「……姉ちゃんは雑食だな」
姉弟会議をコソコソと行う。友達とも家族とも違う二人が一緒に住むという普遍を覆す行為。シェアでもなく、互いの利益を持つ行為。
「手伝いって、呪い屋とか」
「……なぜそれを」
「さっき女の子来てたでしょ。なんか気になる単語だから遊びに来た」
考えてる最中の言葉をボロッと出すと花梨が警戒をした。レモンがまたしても直球に話すと、その警戒が消える。
「なるほど」
「まじないや、ってなに?」
「知らないならば知らないままの方が良いです。この世界に踏み込まずに済むのなら、真っ白なままで」
「知りたいよー、花ちゃん」
「は、はなちゃん」
「たまちゃんのことも知りたいよ」
「その呼び方やめて。呪うよ」
「珠、だめです」
「のろう?」
「……わかりました。お話致します。ですが、まずはお茶に致しましょう」
部屋から出ていった花梨はすぐに茶器のセットを持ち込んだ。テーブルを囲むように、差し出された座布団に座る。
緑茶が淹れられた湯飲みはウサギが描かれた可愛いもので、飲む前からレモンが興奮していた。
茶請けには煎餅に似たお菓子が並んでいる。ジッと見てると、どうぞと差し出され、食べてみると濃い醤油の香りに満たされた美味しい煎餅だった。
「まず、わたしの話をしましょうか」
湯飲みが全員に渡り、ふぅと息を吐いてから湯飲みの口元を細く長い綺麗な指がなぞる。
柔らかそうというかセクシーなその指先に視線が集まる。
「わたしは、元々、依頼を受けその人の弱味を調べ伝える仕事をしておりました」
「意外とエグい商売を」
「そして珠と会いました。その話は省きますが、彼女は特別な力を持っていました。家を持たない珠に、わたしは衣食住を与え、珠はわたしに力を与えました」
「力?」
「彼女は、呪いを使えるのです」
「まじないってさ、読み方変えれば、のろい、だよな」
「その通りです。呪いをかけることが出来ます」
「……」
怖がるように珠を見つめると、反応をすることはなくお茶をズズッと飲んでいた。
「呪いと言っても、手紙を送ることで発動します」
「手紙かぁ」
「わたしが依頼を承け、手紙を届ける。珠が手紙を書く。そして供給し合っています」
「……供給って、魅惑的な単語。エロい」
「呪いってさ、どのレベルまですんの」
「呪いたい相手がおりますか?」
「いねぇけど、なんか気になって」
「……その方が思うこと全て、ですかね。大なり小なり」
「なるほろ。ふむふむ」
古くから呪いの話があるが、現実味もなく実際に出来ることとは思わないが、こうして依頼を承けるということは認知度はある程度あるのだろう。
この世界で特に恨むほどに悪い人に遭遇してないのが、この姉弟の良いところかもしれない。
「男性的で美的」
「は?」
「これは無視して良いことです」
「だってさぁ、花ちゃんって少し男性的なカッコ良さない? 美人なんだけど凛々しいってやつ」
「えっと……」
「だから無視して結構です」
「なんかね、お姉さまって呼びたくなるほど」
「……」
「……はぁ、バカ姉」
変なスイッチが入ったレモンは周りが冷めてくにも関わらずベラベラと話し始める。花梨は困ったような顔をしていて、ライムは呆れていた。
ジッと睨むような視線を感じ、そちらを見ると珠が冷めた目で見ていて、机の上に置いた手元は紙を弄っているのが見えた。
「珠、やめなさい」
「……」
「ダメですよ、お客様なんですから」
「……まさか、姉貴を呪おうとしてました?」
止められたことに対して、文句を言いたそうな目で花梨を見上げる。少し膨れっ面をしてるような姿を見て、勘の良いライムは冷や汗で呟く。
「やっぱ百合? なんかヤキモチみたい。あれだよね、嫉妬ってたまんない」
「姉ちゃん、黙れ。これ以上問題を起こすな」
「だってほら」
「頼むから静かにして」
「頼まれた! よしっ、ライくんに生まれて初めて頼ま……」
言葉にして惨めさに気付き、レモンは落ち込み窓の外を見つめた。小さな動物が走り回っているのを見てため息を溢す。
「あの」
「気にしなくて良いです。姉が不躾な態度を取り申し訳ないです」
「いいえ。こちらこそ珠が失礼な態度を。ほら、謝って?」
「……」
「珠」
「いやいや、こちらがし出したことだから。謝るのはこちらで」
花梨は優しげな声だが、母親みたくピシリと叱った。その様子を見て自分の親を思い出し、慌ててフォローをした。実際に被害を出したのはレモンの方。
「そうですか。あの」
「?」
「本当に、お姉さん、なんですね」
「そうだけど」
「入り口で話していたことなんですが」
「……えっと、その辺は姉ちゃんの方が良く分かってて。姉ちゃん……、姉ちゃんって」
「ぶつぶつ……姉の本懐が崩壊」
「ダジャレ言う元気はあるみたいだな。説明しろって、姉ちゃん」
落ち込んでいるレモンを見てたが余裕を感じた。本気で落ち込んでいるらしくライムはため息をして、膝を付けたままレモンの肩を叩く。
そして思ったよりも華奢となった姉の背中を見て言葉を失った。
いつからだろう。姉よりも身長が高くなったのは。
「引き寄せられるみたいで、その力に。前にも魔法使いの力に導かれて知らない世界に飛ばされてたの」
「それで思ったのだけど、珠の力が影響してるのかと思ったけど」
「……バカみたい」
「珠」
「引き寄せるほどの力なら、強い魔力じゃなきゃ意味がない。私の力では無理。魔力じゃないから」
「じゃあ、誰の力かしら」
「……どう考えても、あの土地でしょ」
珠は呆れるようにため息をする。少し大人っぽい色気のある息を吐いたため、レモンは再び反応しそうになったがライムに襟首を掴まれたせいで言葉には出来なかった。
「土地?」
「ああ、あそこね。この国というより、この近くにスラムがあるの」
「スラム!?」
現実離れした言葉にライムが反応をした。小説のネタになりそうだと前のめりだ。
「あそこは本当に法も秩序もない場所。行き場所を無くした若い子達が集まってるの」
「ほう」
「あそこだけは、誰も助けてはくれない。危険な場所なのよ」
花梨は切なそうに目を伏せる。その場所の危険性を良く分かることが出来たが、同じような場所で、けど想像もしない状況に言葉を失う。
「そこは魔力に満ちてるの?」
「ええ。それに、魔法使いもいますし」
「魔法使い」
「案内してくれないか?」
「良いですよ」
帰る方法が分かったことで、花梨に案内をしてもらうため出掛けることにした。
「あ、着替えてきますね」
「はい」
「……」
「たまちゃんも一緒に来るの?」
「その呼び方やめて」
「いいじゃん。同じくらいの年齢だし。はい、お友達」
「……友達?」
「そっ。ここ、あたしたちが住む世界に似てるの。それで近い年齢の子、友達が少ないからさ。また会ったら遊んだりしたいし」
「……」
「名前で呼んで? レモンだよ」
「……はぁ。レモン、これで良い?」
レモンの笑顔に懐柔されてしまい珠は諦めたように言うことを聞いた。珠が自分の名前を呼んでくれたことにレモンは更に笑顔を浮かべる。
レモンは珠の手をギュッと握っていただけじゃ物足りなかったのか前から抱き締めた。流石に身長差を埋めることは出来なかったけれど。
「あらあら、仲良しで良かったわ」
「あ、そうだ。この辺りにとか、スラム近くに電気屋とかある?」
「ありますけど」
「姉ちゃん、充電器とか電気回りの何か欲しくね?」
「ああ、うんうん」
「発電機も欲しいしな」
「発電機良いね。でも、お金って共通だっけ」
「共通ではありませんよ、きっと」
「物々交換出来りゃ良いんだが」
「あ、鰹節ありますか?」
「ありますよ。前に景品として当たったものがあるのですが、それをあげましょうか?」
「いいの?」
「ええ。余って使いきるのが難しくて」
そう言ってリビングに消えてからすぐに戻ってくると、紙袋にたくさん詰め込まれた鰹節が入っていた。とんでもない量だとレモンは大変喜んでいた。
「発電機なら倉に入っているかもしれない」
「ほんと?」
「ええ。処分するにも、手間がかかるから放置してて。倉の中にあるもので欲しいものがあったら持っていって良いですよ」
「何から何までありがとうございます」
「こちらこそ、処分に手伝ってくれて感謝します。やっと大掃除が出来そうです」
花梨は清々しい笑顔を浮かべる。万能ポシェットにあの鰹節が消えていったのを見てフリーズしてしまった。
「すごい」
「相変わらず入るな。それチート四次元ポシェットだろ」
「四次元ポシェット!」
「青いタヌキの真似は止めろ、似てないし」
「ぬこじゃなかった?」
鰹節の追加にレモンは大興奮。料理のレパートリーが増えたとスルーフが喜んでいたし、その物を好物とする犬も現れてしまったため余裕に持ちたくなっていた。
四人は大きな古い倉の中に入った。薄暗い中を蝋燭の明かりだけで散策する。
「これなに、小さい」
「ああ、それが発電機です」
「なんだこれ! こんなに小さくて使えるのか?」
「この屋敷の電気を作ることが出来ます。少し片落ちで古いですが」
「この間、新しいの買わされたんだよね。あの野郎」
「あの野郎?」
「機械を売り歩く商人がいらっしゃるのです。珠はその人に風邪の呪いをかけてしまって」
「無駄買い」
「すみません」
騙されたみたいな感じだったのだとレモンたちは悟った。しかも、珠がしっかりとしてて、優しい花梨が買ってしまった。
「それにしてもだ。技術レベル負けまくりだな」
「似てても違うんだね」
「ああ。このサイズだと、懐中電灯か? ラジオとか」
「ケータイなら充電できるよね」
「どの携帯?」
持ち運びが出来るという意味の言葉かとライムは少し考えたが、それ以上は何も言わないため考えを放棄した。
「わあ、可愛いぬいぐるみ」
「ああ、前に景品で当たったのだけど使い道がなくて」
「花ちゃんって、当たりまくり。どっかで引き運率ゲットしたの?」
「どこで手に入るんだよ、そんな素晴らしい才能」
「スピーカーとか?」
「ハウリングで喧しくなりそうだ」
ダルマのような猫のような不思議なぬいぐるみ。丸々としててタオル地が柔らかそうだ。
「レモンにあげますよ」
「いいの? あたし抱き枕欲しかったんだ」
「姉ちゃん、ぬいぐるみ好きだっけ?」
「たぶん」
「なんだそれ」
喜んでいるレモンに花梨は嬉しそうに微笑んでいた。小さな女の子とぬいぐるみ、この組み合わせを見て微笑ましく思えない人はそうはいないだろう。
「電子辞書は流石にないよな」
「すみません、そればかりは。普通の辞書ならあります。弟が使っていた物でしたが」
「弟? いたんだ」
「……ええ。今は遠くにいますが」
「あ、なんか悪いこと聞いたか?」
「あー美人さん困らせたー」
「……悪かったよ」
「いえ。わたしが勝手に落ち込んだだけですから」
凄く寂しそうに、それ以上に何かを隠したような曖昧な表情を浮かべていたが、その辺を聞く度胸はなかった。
「今は、たまちゃんがいるし寂しくないよね」
「そうですね」
レモンの一言に空気が穏やかに変わった。花梨は優しく笑い珠を見つめた。この穏やかな空気にレモンもまた嬉しそうに笑った。
まるで春の柔らかな気温と太陽の元で、気持ちの良い風に吹かれ、昼寝をしてるかのような心が落ち着く優しさ。
「この雰囲気ぶち壊して悪いけどさ、もっと貰えるもん貰って良いか? 今住んでるとこ、森の中で、周りに何にもないんだよ」
「それは不便ですね。持っていけるものならどうぞ」
「それにあれだよね。ここ、あたしたちの住んでたところに似てるから気持ち的に落ち着くよね」
「……ここに住まわれたらどうです。ここなら帰る目処もつくかもしれませんし」
「……うーん。それはそれは」
「良い考えだが」
「今お世話になってる人がいるんだよね。その人に悪いし」
「それなら仕方がありませんね」
「気持ちは嬉しいんだけどね」
もしもスルーフに会っていなくて、この世界に来ていたならお世話になっていただろう。そしてゆるふわな百合が見られていただろう。決して自分は中に入って参加をするという気持ちはない。見るのが幸せなため、参加の気持ちは一切ない。
「大量大量」
「ふう、だいぶ片付きました。これで今年の掃除は楽になりそうです」
「後は高そうなものだし、古めかしいものばかりねー」
「こういう時でしか入らないので、どう片付けるか楽しみです」
「姉ちゃんのその万能ポシェットには助かるな。重くないか?」
「ぜーんぜん?」
「へぇ、ほんと便利」
欲しいもの全て万能ポシェットに吸い込まれた。流石に無理だろという大きな物まで消えていったため本当に四次元になってるんじゃないかと思うほどだ。
「おう、図鑑発見」
「弟が使っていたものだけど、どうぞ」
「植物図鑑、助かるんじゃね? 地域違うと種類が変わりそうだけど」
「でも、この花は見たことがある。同じかも」
「図鑑セットか。国語辞典に生き物図鑑、歴史図鑑。色々あるな」
「この紙は?」
「さあ。使い道のないただの紙だと思いますけど」
「あ、じゃあ俺にくれない? 小説書くのに使えそうだし」
「小説を書かれるのですか?」
「まだアマチュアだけど。提出したこともないし」
「そうなんですか。出すならば、この地域にも出版社がありますから、挑戦してみては?」
「もし書いて、ここに来ることがあればそうします」
図鑑セット、何キロもありそうなほどに重たいものも軽々と万能ポシェットの中に詰め込んだ。
そのめちゃくちゃな入れ方にライムは呆れていた。
「そろそろ行くか。スルーフも心配するだろうし」
「そうだね。あっ、ねえねえ、ここってオタク文化ある?」
「ありますよ?」
「よしっ、アニメ専門グッズもあるってことだな。あはは、新しいジャンル切り開けそう」
「帰るのが優先だからな」
「ライくんだってゲームしたいくせに」
「それは……」
「まあ、でも今度でも良いね。気紛れの空間移動さん」
「ほんとに」
本当に空間移動は気紛れ過ぎる。その気配を見抜くことすら出来ないため難易度だった。
貰えるものを奪取し尽くし、柑橘姉弟はウハウハしたまま屋敷を出た。
「金持ちなんだね」
「直球過ぎやしないか、姉ちゃん」
「この仕事で成り立ってるんですよ、わたしたち一族は」
「なるほどね。人の恨みは尽きないから」
「そうですね」
「上に立とうとすれば下から憎まれ、下から上を見ようとすれば釘を打たれる」
「……それが世の常です」
憎しみを晴らすことを仕事とし、生きるために、維持するために捧げる。それはどんな生活なんだろう。どれほど地獄を味わい、人の汚さを見続けるのだろう。
「業が深すぎるな、人って」
「小さなお子さんが達観すると不思議な感じですね」
「中に大人が入ってる着ぐるみみたい」
「中に入ってるのは変態だけどな」
ぼんやりと先を歩くレモンに花梨と珠が反応をしたが、ライムだけは冷静に返した。
「ここがスラムです。危険地帯で、何が起きても自己責任です」
「見るからに廃れてるな。まるで、この空間だけがシャッター街だ」
「元々は、この地区の繁華街だったんです。周りが発展していくにつれて、衰退していきました」
言葉通りのシャッター街。昭和時代の趣きを残したまま、ここだけ時間が止まってしまったような感じだ。
「行き場を失った輩が集まってます。治安はもちろん最悪です」
「きっぱりと。まあ、構わないけどな。その方が楽しい」
「ライくん、意外と戦闘狂?」
「ちげーよ。イベントがなきゃ退屈だろ」
そして四人は歩き始めたのだった。静まり返り、人の気配はするが、これといって目の前に出てくることはなかった。
「……とは言ったものの、誰にも会わずに不思議な場所につきました」
「困りましたね。ライムさんの活躍見られませんでした」
「……別に良いけどな。何事もなければ。で、目的地はここか?」
「そうです。この世界では魔法使いという存在は、ないものと認知されてるんです」
「それはこっちとも一緒ね」
「人知れず、世を生きてる魔法使いもいる。それが彼女たちなんです。迫害を受けないように、こっそりと一族が生きてます」
「魔女か」
「そうですね。その呼び方が合ってます」
古びた洋館の前に着いた。ひび割れの窓が物騒さを醸し出していたが、それよりも寒そうだと思った。
「……でも隠れる気、全然ねぇぞ」
看板がぶら下がっていて、魔女の絵の下に、witch houseと書かれていた。隠すつもりのないその見た目に、強さを感じた。
「彼女は変わり者ですから、先に言っておきます」
そう言って扉を開けて中に入った。後を追うように珠、ライム、レモンと中に消えていった。
最後に入ろうとしたレモンはふと後ろを見たが、もちろん誰もいないため、すぐに歩き始めた。
薄暗い部屋の中は、電気が通ってないらしく、機器には埃が被っていた。
花梨は迷うことなく奥の部屋に向かう。たくさんの部屋があって見て回りたいと思ったが、迷子になるといけないと思い寄り道はしなかった。
赤い絨毯は少し土足のせいか土汚れ、ボロボロとなったカーテン、使われてない暖炉、枯れた花、食器の入ってない食器棚。ホラーゲームに出てきそうな要素ばかり。
「この部屋からあまり出ないんです」
花梨はドアをノックした。そのドアだけは綺麗に磨かれていて、金のドアノブも鏡のようにきらびやか。そして中から可愛らしい女の子の声がした。
扉を開いて中に入ると、社長がすわるようなオフィスデスクと椅子があって空間が異質だった。
その椅子に座っている少女。灰色のローブに、艶々しい金色の髪がツインテール。
「絶対、ツンデレ属性!」
「……おいおい」
「何の用?」
「この二人が、よその国から飛ばされて来たらしく」
「……ふぅん。魔力の恩恵を受けやすい体質なのね、その子」
「あたし、園子じゃないよ」
「名前言ったんじゃないし。面倒な子、嫌い」
「嫌われた!?」
「……当然だろ」
相変わらずのレモンにライムはフォローすらしない。
薄い青色の瞳に、リンゴのように真っ赤な唇。ライムに近い年齢だろう。
「マイナスなのに恩恵なのか」
「そうそういるもんじゃないしね」
「確かに騒動に巡り合わせるのがバカにならないほど多い」
恩恵の意味を考えてから合ってるのか分からなくなった。テーブルの上で手を組む。白魚のように綺麗な指先。ハーフなのか、純血なのかは分からない。魔女の時点で純血なのかもしれないが。
「帰せるよね。魔女さんらしいし。前に魔法使いに帰してもらったことあるんだ」
「……あたしにケンカ売ってるの? 帰せないワケ無いじゃない」
「……うわあ、高圧的」
「すぐにでも帰してあげるわよ!」
レモンが言うようにツンデレっぽいが、ただしデレを見せる機会なんてない。
テーブルに手を付いて立ち上がる姿は、沸点が低そうだ。身長も低めで少し上目遣いされてるような気がしてライムはどぎまぎした。
美少女だから動揺する気持ちも分からないでもない。
「ソフィ、二人を無事に帰してくださいね」
「言われなくても分かってるわよ。そんなの簡単だし。それよりも、花梨とどんな関係なの、この二人」
「お友達です」
「ふぅん。変な関係じゃないのなら問題ないけど」
「……ふむ」
花梨と魔女ソフィは知り合いらしく、しかも、ただ事じゃない雰囲気だとレモンはニヤリとした。
その言葉だけじゃ真意は分からないため、ライムは無言を貫いた。
「三角関係といったところか」
「なに言ってるのよ、このばか」
「変な関係って、何なんだ」
「そりゃあライバルじゃないかって」
「なんのライバルよ。あたしは別に……花梨のことなんて」
「……むしろ、花梨にライバル心を持ってる」
「え?」
「昔からの知り合いで、仕事の奪い合いになってる。花梨の依頼人を潰そうとしたりしてるから」
「……あー、そうなんだ」
予想外にドロドロしてると思ったが、花梨とソフィの関係を見てると天敵だとは思えない。悪い関係ではなく、ソフィは花梨個人に対して嫌いではないんじゃないか。
「ソフィは、わたしに変な虫が付かないか心配なんですよ」
「なっ、なに言ってるの。あたしは別に、あんたがどうなろうと」
「……どうでも良いから、早くしてよ」
「たまちゃん、ヤキモチの巻」
「……ちがう」
やはり花梨に対してのソフィは好意を持ってるのかもしれない。そしてそれに珠がイライラしてるようで、三角関係が悪化しそうだ。
「とにかく、帰してくれよ。ケンカなら俺たちが帰った後で」
「ケンカなんてしていませんよ。ではソフィ」
「分かってる。二人とも、その魔方陣の上に立って。あと姉の方、中心部に」
「どうして、あたしが姉だと?」
「一回も、姉だなんて」
「あたし魔女だもん。気付かないとでも?」
「じゃあ、どうしてこのファンタジリアに来たのかも分かります?」
「あんたたち姉弟には不思議な力を感じるわ。それ以上は自分で探すべき。さあ、遅くなる前に帰りなさい」
「じゃあね、花ちゃん、たまちゃん」
「ありがとうございました」
「こちらこそ楽しかったです。また、会いましょう?」
「……友達なんでしょ。来たのなら連絡くらい入れて」
「うん!」
花梨と珠の言葉に、レモンは嬉しくなった。距離が縮まないと思っていた珠の言葉が一番嬉しかったりする。
ソフィがレモンたちの前に立つと、両手を向けた。そして呪文のような言葉を呟くと、室内にも関わらず、風が吹き付けた。
窓を見ても閉まってるし、ひび割れもない。温かい優しい風が体を包む。
「ソフィ、あたし今度来たらもっとお話しよ? 友達になりたいし」
「っ!!?」
消える瞬間レモンが叫ぶと、ソフィは頬を赤く染めた。言葉を失い動揺するように目を揺れ動かした。
ここまで分かりやすく赤くなってくれると言った甲斐があるとレモンも喜んだ。
「……帰ってきたか」
「うん。お友達いっぱい出来た」
「機械を手に入れたのは俺の中でラッキーだったかな」
「ライくん、嬉しそう」
「これでも現代っ子だからな」
懐かしく帰ってきたと思えるようになってしまったスルーフの家。扉が開き、驚いたようで家主が息を飲み込み、口元だけしか見えないが上がる口角。そして、
「おかえりなさい」
優しい声で出迎えてくれる。ここも居心地の良い大切な場所。
自分たちには必要のない、ノロイの言葉。大好きな言葉が詰まっている。
この話は別の作品として書いてみたいと思ってはいるものの、なかなか筆が進まない