オオカミの話
ソーラーパワーで携帯電話を充電をしながら体操をする。普通の充電器と違い時間がかかるのが難点。どこか科学の発展したところで、発電機でも貰えたら良いのにと、または盗めたら良いのにと都合の良いことを考えていた。
「ラジオ体操第三!」
とは言ったものの体操の仕方が分からないレモンは即興ダンスをしていた。シャドーボクシングのふりをしたり、シャトルラン擬きをしたり、体力を鍛えるようになった。することがないから筋トレしてる時間が長くなり、すぐに疲れる体質が治りつつある。
「筋肉ついたかも。目立たんなぁ」
シックスパックが出来たら楽しいのにと、服の上からお腹を触ってみたが、ぷにぷにとなった肉に違いはない。
「一日ずっと暇だなんて、昔のあたしだったら考えられないなぁ。授業中が退屈でも、放課後は楽しかったし」
あの世界はすることがあって、退屈だったのなら何かをする。それで済むのに、この世界じゃ出来ることが限られている。
本を読むにしても、全部見てしまえばすぐに飽きが来る。元の世界の戻り方を調べるのが有意義だったとしても原因が分からないのだから調べようがない。
「妄想に浸っても長時間は無理だしなぁ。なんかゲームでも持ってきた方が時間潰せそうなのに」
ライムと一緒に遊べたら、またはスルーフと一緒に楽しめたら良いのだけど、そんなものを持ってくる余裕がなかった。せめて家ごと、ここに来てたら色んな物を使えただろうに……。
「あ、でもあれだなぁ。旅をしてみるの楽しそうかも」
色んな国を巡る旅は確かに楽しそうだと感じた。科学発展の地、魔法の地、素朴な地。地球だとネットでどんな世界か分かるし、元々の事前情報もある。
けれど、ここは何も分からない未知の場所ばっかり。
「姉ちゃん、ここんとこ独り言ばっかだな」
「ライくん」
「いやぁ、年かしら」
「なに言ってるんだよ。その成りで。ギャクか?」
「へへ。そういえば、ここんとこ、ライくん、メモいっぱいしてるね」
「まあな。ネタがいっぱい転がってるし」
「……本書いたら?」
「へ?」
「ここで本を書いて、どっかで出版してもらったら? 出版っていう概念があるし。図書館みたいな国があるかもしれない」
「……執筆活動か」
ライムはふとぼんやりと空を見上げる。拓けた地は木が伐採され青空が見える。天気が崩れやすいこの土地でも、天気の変わり目が分かるようになってきた。
スルーフから必要のない紙を貰ったりもしてるから、それで書けば良いんじゃないかと提案した。
「それも良いかもしれないな」
「中学生作家が異世界で文豪になる……前代未聞?」
「さあ、どうだろ。最近はたくさんの設定が転がってるし」
「ふふふ」
メモいっぱいに書き記した内容を知ってるレモンは将来有望な作家になり印税ウハウハというゲスな考え方をしていた。お金が入るのはお前の懐ではない。
「やっぱファンタジーもの?」
「スチームパンクも良いけど、ファンタジーものだと、こう体験してるから書けそうだけど」
「何だっけ、国産ファンタジーってどんな感じだろ」
「国産? 日本生まれ? それとも題材が?」
「題材が」
「……うーん。戦国ものに現実離れした要素を追加したとか。ファンタジーって幻想だからな」
「魔法使う信長? ステッキに乗せるとか、錬金術使う家康とか」
「やめろ」
「スチームパンクとミックスで、蒸気機関車ならぬ、蒸気バイクに乗る信長とか」
「……やべ、かっけぇ。似合いそう」
「やっぱ厨二だぁぁ」
「うっせ」
何だかんだ姉の方が発想力が高めな気がした。よく空想して、どこかに飛んでいってるからだろう。
歴史に疎いからこそ、とてつもないことを言い出しているレモンだった。
「……なるほど、本か。上手になるには数をこなせ、と言うしな。って、独り言移った」
未だに体操をしながらブツブツと独り言を並べる姉を残して森の奥へとやって来た。前に約束したように強くなると決めたため、サバイバルナイフを片手に見えない敵とのイメージトレーニングをしていた。
集中していたせいか、飛び込んできた何かに気付けなかった。
「うおっ」
動体視力が良くなったことが幸いしてナイフがそれに触れることはなかった。お腹に突撃してきたそれのせいで地面に倒れ込んでいた。
「ガルルル」
ハッと気付いたようにライムの顔をジロジロと見つめた後の唸り声。最初に聞こえた声は甘えた時に出るような音だったのに、とんでもないギャップだ。
「……いってぇ。何すんだよ、マヨ」
レモンに着けられたネイビー色のリボンが首輪のように結ばれている。マヨはそれを大変喜び、四六時中着けててお母様に怒られたというのは今回語られることはない。
「ガルルル!」
「また勘違いかよ。匂いそんなに似てるかよ。ってか、なんだそのツンデレ。俺にツン、姉ちゃんにデレって」
「……フーッ!」
「毛立てるなよ。だいたい、なんで俺に厳しいんだよ。比較的、動物に好かれるの俺の方だからな」
「フーッ!」
「……言葉が分かるからか? なんで姉ちゃん分かるんだよ。縮んだからか? あーもうっ、姉ちゃんなら近くにいるから行きたきゃ行けよ」
今にも噛まれそうな勢いのマヨにレモンを犠牲にするためにライムは指を差した。
すぐに飛び降りて、優雅に歩きながらレモンの元に向かうマヨを見てため息を溢した。
「俺、犬も好きなはずなのになぁ……」
ぽつりと寂しそうに呟いたのを聞いたマヨは少しだけ足を止めて振り返った。そして足早に近付くと頬をペロッと舐めて立ち去った。
「……これぞツンデレ」
少しだけ顔を赤くさせたライムは動物の可愛さにやられてしまったようだ。
そして膝に乗せた腕に額を当てて顔を見られないように誤魔化していた。
「レモンー」
「んー?」
「あーそーぼー」
「んー?」
夜になりオオカミ男の娘のマヨは人となった。相変わらず、女物のファッションだこと。
レモンの腕を引っ張り、まるで休みの日に出掛けたくて親に頼み事をする子どもみたいだった。けれど、当のレモンはどこからか出した本を読んでいる。内容はキノコ図鑑っぽい。見たことのないキノコばかりだけど。
「遊ぼうよ、レモン。あの美味しー、かつおぶし、食べたい」
「そっちがメインじゃねぇか」
思わずライムはツッコミを入れてしまった。
自宅で温かい暖炉の前で、どう見ても女の子同士が仲が良い姿を見るとほのぼのとする。どう見ても不審者です、事案です、通報です。
なぜいつもは母の元に帰るマヨが夜になってもいるのかと言えば、
「今日は泊まる、だいじょぶ。美味しいの、貰ってこい」
だそうだ。鰹節を貰ってこいという母もまあ中々の人物のようで、まだ子どもであるマヨもお泊まりの許可を貰ったらしい。
ふと思ったことを思わず口に出していた。
「マヨの母ちゃん、美人だろうな」
「はっ……、ライくんとうとう人妻に走っちゃった!?」
「とうとうって! 俺を何だと思ってたんだ!」
「どちらかと言えば受けかと。たまに攻めのリバ」
「……何語を話してる」
「まあ、そんなことはどうでも良い」
「良くねぇ! いや、無いことに出来るなら別に良いけどな」
「なんでマヨいるの?」
「今さらかよ。一時間はいたぞ」
しかも服を何度も引っ張っている。気付かないなんて、どれだけ集中していたんだ。
「鰹節よこせ、ついでに遊ぼう、だと」
「遊ぶのがついで!?」
「ねこまんま、だっけ? それ食わしたら? 米に似たのあるし」
「地味に体に良くないらしいよ。にゃんこちゃんに。肉食だし、炭水化物はダメなんだと」
「へぇ……。飼ってないからどうでも良いけど」
「マヨにあげすぎは良くない」
「いい!」
「……一応、人型だから良いんじゃね? オオカミでも、オオカミ男の血筋だし」
「オオカミだって肉食っしょ」
「魚は雑食になるのか」
鰹節はもともと海を泳いでいた鰹。魚なんだから肉食は疑問なところだ。というよりも、この世界と概念は一緒なのかも謎だ。
「今日、レモン一緒に寝る」
「目を覚ましたら隣に獣のにおいのオオカミがいるんだね。普通に怖い」
「……普通さ、オオカミ男って満月にだけ反応しないか?」
「この世界に普通はあると思う?」
「ねぇな」
その問い自体が意味のないものとなっていた。これがああならば、という常識すら、ファンタジリアには通用しないものと考えている。
「それより、これの代用品どうしようか」
「帰れたら良いけど、それだったら二度と戻らんでも良いけど」
「はむっ」
「どっかにコンビニあればいいけど」
「あればな」
また小袋から鰹節を出してマヨの前でヒラヒラとさせると、パクっと食べる。
万能ポシェットにまだ残ってはいるが、いつかは無くなってしまうだろう。
「鰹節の切れ目が縁の切れ目ってね」
「希薄そうだもんな、マヨ」
「……レモン、あいしてる!」
「はいはい」
「良かったな姉ちゃん、人生初の告白だぜ」
「前回もされたけどね。しかも人外で年下でロリで男の娘で? ツッコミし放題だ」
告白をされてることを意識しないのは、恋愛感情がないからか、それともその言葉を信用してないからか。
「それで本書くの?」
「一応。ただ辞書とかないから不便だ」
「どうせ言葉が通じない時もあるし」
「そうだよな」
「本、書くの? レモンの偽物」
「偽物だと!?」
「そう書くんだって」
「ここから近いとこ、本いっぱい。学校もある」
「えっ、マジ?」
「天井びっしり本、本の都」
「これぞ本都……なんちゃって」
まさかのマヨからの情報にレモンとライムは驚いていた。図書館なのか二人は妄想に浸っていた。
「かつおぶしーーーー!!」
マヨの言葉に妄想タイムが終了した。まるでイタズラみたくレモンの頬を軽くつねった。
ハグをするように抱きついてきた。そして、やはり平らなものだと変に納得しているのだった。