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兄妹の話

 少しの耳鳴り。少しの痛み。少しの歪み。少しの違和感。

立ちくらみが起きている。座っているのに。ゆっくりと瞼を開いて目の前を見つめる。モヤモヤとした不思議な空間。重なってるようにも、歪な形をするそれらを見て、再びゆっくりと目を閉じた。

頭の奥に微かに感じる痛み。


「……っ」


 唇を噛み締めてその痛みに耐える。辺りの花畑を楽しむ余裕すらない。強くない痛みは精神を壊すほどにおかしくなる。

平衡感覚が狂いだし、スカートの裾を握りしめる。

地面の冷たさは体の温もりを奪っていく。座っているせいか、下半身が特に冷えていく。


「ふんふんふんー」


 遠くから何かが聞こえてきた。楽しそうな感じで、不思議な声で辛かったものが消えていた。

雲に隠れていた太陽が顔を出してきて、花畑も土も温めていく。

再び目を開くと、見えるものは何も変わらないが朝露に照らされたキラキラとしたものだけが変化だった。

ゆっくりと宙に向けて両の手を伸ばした。何かに触れるつもりは一切なかったけれど、何となく伸ばしたくなった。

鼻をくすぐる甘い香りが風に乗って香水のように自分にまとわりつく。


「どうしたの」


 不思議な歌は唐突に言葉を発したのだった……。




 ゆっくりと声のするほうに手を伸ばした。ふわふわとした温かく心地のよい何かに触れた。

指先でそれを探っていると、目の前の触れていたものから声がした。


「くすぐったいよ」

「……あ、人? 小動物かと思いましたわ」


 両手で包み込むようにしていると、自分の手の高さから体躯が小さいことに気付く。年下の女の子、情報はそれだけ。そして先ほど歌を歌っていた子だと気づいた。


「目が見えないの?」

「違うの。見えるけど、ごめんなさいね」


 ぺたぺたと判断するために触れる。声と感触からして幼く女性ということは理解できる。けれど、もっと情報が欲しかった。自分に対して警戒をしない人、触られても嫌がる様子のない人、どこまで踏み込んで良いのか探るため。


「?」

「病気でね、時々発症するの。いつもは何ともないんだけど、距離感が掴めなくなるの。物が歪んで」

「それは大変。不思議の国のアリス症候群みたいね」

「何のことかな?」

「いや、こっちの話だよ。本当に大変だ。物が小さく見えたり大きく見えたりするの?」

「それはないけれど、ただ物が近く見えたり遠くに見えたりするの。歪んで立っていられなくなって」

「症状的にはやっぱりそれっぽいけど。今、立てない?」

「うん」

「その頻度って多いの?」

「少ない方よ。だからたまに外出するのだけど、こうして立てなくなることもあるの」

「……話すの、邪魔?」

「そんなことないわ。話してくれると、気が紛れるから」


 触れていた手を下ろして膝の上へと乗せた。時々辛いのか眉間にシワが寄る。目の前にいた少女は少し困惑したように悩み出した。初めて聞いた単語にこちらも驚き、もしかしてお医者さんなのかと思ったけれど、小さいだけじゃなく、子どもだと思った。


「汗、拭いてあげる」

「……ありがとう」

「家近いから来る? もちろん君が立てるならばの話だけど」

「……そうね。ここにいても休めないもの。お願い出来るかしら?」

「いいよ!」


 本当は立つのも辛いところだった。けれど、外もだいぶ冷えてきた。それにここが安全とも限らない。立ち上がるのを手伝ってもらい、ゆっくりと寄り掛かりながら招かれるために家へと向かった。


 それと大差のない時刻、一人の男が狩りをしていた。大きな木の弓の弦を引っ張り、緊張と紙一重までに伸びきっていた。そして、獲物が視界に入って動かなくなった瞬間に矢は解き放たれた。


「ひゃっはー!」


 ふと聞こえた音に獲物は逃げ出し、矢は木の根元に突き刺さった。チッと舌打ちをすると矢を回収しに向かった。

そして見たことのない変なものを見つけ手に取った。それから先ほど邪魔をした声が出ている。


「何だこれ。なあ、これのせいで失敗したっち……あれ?」


 後ろにいたであろう人物を見たが、そこには誰もいなくてすぐに違和感に気付いた青年は顔を青くさせて走り出した。未だに鳴り続ける不気味な笑い声と共に……。


「ユメリー!」


 行動範囲はそこまで広くないと思っていたのに、その探す範囲では見つけられなかった。ユメリという人物は想定よりも遠い範囲にいるのだと思い、安心と不安が入り混ざる不思議な感情に支配された。


「ひゃっはー」

「うるさいっち!」


 止め方が分からず捨てようと思ったが、ユメリという人物に見せたいという気持ちもあり持ち続けていた。その行動のお陰で幸運を掴むことになるのだった。


「見つけた!」


 がさがさと草木が揺れる音がして思わず弓矢を構えた。出てきた男は広い場所に出てホッとしたが、すぐに武器を構えられてることに気付き両手を上げて体を硬直させた。


「お、俺は怪しくない!」


 言語は理解できるようだ。武器を身に付けてる様子もない。何より子どもだ。だいたいユメリと大差ないくらいの年齢だろう。

敵対心がないことを理解し、すぐに武装を解除した。


「……その、それ」

「?」

「その持ってるの」

「おまえのかっち?」

「は? 舌打ち!?」

「舌打ちじゃないっち」

「じゃ、なにその語尾」

「我が一族の成人は付けなければならないっち」

「……ああ、伝統ッスか。その携帯電話、俺の姉ちゃんのもので」

「姉?」


 狩りの邪魔はされたがすぐにユメリがいないことを知らせたこの喧しい物、けーたいでんわ、という不思議な物はこの少年の姉の物らしい。

持っていても仕方がないし、早く静かにしてほしいから返すことにした。


「ありがとうございます。姉ちゃん、これ森の中で落として。俺が森の中を捜すことになって」

「偉いっちな。姉のために。待て、この辺りに家があるっち?」

「ああ。今、お世話になってるとこッス」

「……我の妹が行方不明となったっち」

「わ、って。ばあちゃんみたいな方言だな。妹? こんなとこで迷子って大変だな。ここらは粗方探したし、家に来てるかもしれないな」

「我の妹、病気なんだっち。どこかで倒れてたら……」

「姉ちゃん、誰かに遭遇するチャンス異様に高いんだよな。チート級。もしかしたら姉ちゃんが保護したかもしれない」

「分かったっち」


 何を言ってるのか分からなかったが、あれを探し回った彼が分からないのなら別方向から調べる必要がある。




「それは大変でしたね」


 少しだけ落ち着いてきた。温かい部屋に美味しいお茶で疲れが消えていた。そして何より少女のくれた甘いお菓子が凄く美味しくて止められそうにない。


「都でその病気を聞いたことがありますが、治療法までは」

「そっか、スルーフ。ミリアでも無理かな」

「……ミリアですか。万能ではないので」

「そっか。残念だ」


 自分のことのように一生懸命に考えている少女があまりにも優しくて涙が浮かびそうになる。


「そういや自己紹介まだだった。あたし、レモン」

「スルーフです」

「……ユメリです」

「コ○リ?」

「どこのホームセンターだよ、姉ちゃん」

「あ、お帰り。ライム」


 タイミングを計ったように帰ってきた誰か。親しげで、しかも姉ちゃんと呼んでいたから姉弟なんだろう。


「ユメリ!」

「お兄ちゃん!」


 聞き慣れた声がして、すぐに抱きしめられた感触。勢いがありすぎて仰け反ってしまった。


「あれ、お客さん増えた」

「やっぱ姉ちゃん連れてきてたな。ほら、ケータイ」

「あっ、ライくん見付けてくれたんだ。ありがとう」

「いや見付けたのは俺じゃなく、この人。しかもアラーム煩かったぞ。お陰で見付けたようなもんだけど」

「えっと、ありがとうございます」

「いや、こちらこそ妹を保護してくださりありがとうございますっち」

「舌打ち!?」

「兄弟揃って同じことを……」

「なんか一族の成人だけがこの語尾使うらしい」

「へぇ、大人が集まった時が楽しそうだね」


 レモンは楽しそうにしていた。だいぶ視界が安定してきたため、みんなの顔を良く見たいと思い立ち上がる。そして一人一人、顔を触った。


「おっ?」

「我の妹は触るのが癖だっち」

「わ……。ほぅ、方言っぽいな。相手を、な、って言う?」

「言わんっち」

「残念」

「何が残念だよ」


 レモン、弟のライム。二人は姉弟なだけあり同じ骨格を持っている。でも不思議なことにライムの方が年上なのにレモンが姉ということ。

スルーフはフードを被っているが、顔を触らせてくれた。無駄な脂肪がなくシャープな顔立ち、肌触りが良く肌が綺麗なようだ。




「あ、我の名前忘れてたっち。アメリだっち」

「かわいい名前だなぁ。深夜に放送してた昔の映画の主人公を思い出した。あっちは可愛い女の子だったけど」

「空想好き、だっけか。俺、あの時子どもだったから理解出来なかったな最後まで」

「あたしも分からなかったなぁ」


 アメリとユメリは、ライムとレモンが話してる内容は理解出来てないが、スルーフもまた分かってないようなので気にしないことにした。


「それにしても、小さいのに姉とは。聞かない方が良い事情っち?」

「説明しにくいだけ。ただ、あたしが縮んだだけ」

「……レモンも病気なの?」

「ううん。ユメリって何歳? あたし十代半ばよりちょい上。ライムは十代半ば」

「ライムと同じくらいね」

「……アメリさん、だいぶ年が離れてるッスね」

「呼び捨てで構わないっち。確かに年は離れてるな。我は三十を過ぎてるからっち」

「この世界ってあまり年齢に上限ないのかしら」

「ただ単に今も仲が良いだけじゃ」


 アメリが三十を過ぎてることにレモンもライムも驚いていた。少しだけ若く見えるため、村でも人気があると鼻高々だったりする。

ライムやレモンみたいに近い年齢の家族がいるのも憧れるけれど、病気持ちの自分を大事にしてくれる兄が凄く好きだった。


「二人の家はここから遠いの?」

「この辺りには狩りの来るだけだから、確かに近くはないっち。二人だけの家族だから、出来る限り一人にはしたくないっち」

「優しいお兄さんだね。かっこいいし、美男美女の兄妹は目が幸せになれそう」


 そういうレモンやライムだって綺麗な人だと思える。髪も綺麗な黒色で深い闇を想像させる。自分たちの明るい茶髪とは真逆だった。


「座ってはいかがでしょう。今、お茶を淹れますから」

「すみませんっち」


 またスルーフの美味しいお茶が飲めるとユメリは嬉しそうに微笑んだ。そしてレモンから貰った甘いお菓子を一粒あげた。

そのお菓子を口にしたアメリは美味しいと同じ笑顔を浮かべていた。その幸せな空間はきっと誰にも邪魔はされないだろう。


 不思議な、きょうだい、の出会い。謎だらけで、比較的、ご近所さん。数少ないお友達になれそうな、そんな予感がしていた。


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