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プロローグ

「ひーまー。ねぇ、弟くん、暇なんだけどー」

「足をぶつけるな、愚姉」

「ねぇ、脱いでー」

「脱がねぇよ! 変態」

「じゃあ、一緒にお風呂入ろうよ。小さい頃はいつも入ってたじゃん」

「日が高い今は嫌だし、いつの話をしてんだよ。俺はもうガキじゃないから」


 穏やかな休日の午後。ソファーに座りながら読書中の弟の脇腹を足でつつく。蹴ってるので痛いのもあるが、姉が短めのスカートを履いてるためチラチラと危険なところにヒヤヒヤとする。

だが、姉弟のためそれにどぎまぎとすることはない。


「テレビ見てろよ」


 絶賛放映中のクレイアニメ子猫のタップダンスを一瞥してから再び本に視線を戻した。同じく視界の微かに映した姉はすぐに弟の鎖骨を眺めた。シミ一つない白い肌は、陶器のようで、水が溜められそうな鎖骨はくっきりとしている。


「はぁ、セクシー」

「次に変なこと言ったら、姉ちゃんの弱点言い触らすからな」


 何という可愛い反抗なのでしょう。その行為は姉をニヤニヤを倍増させるだけでした。高校生の姉はニンマリと、中学生の弟を見つめ、妄想の日課へと励んでおりました。


「あたし、ライムがいれば何もいらないわ」

「俺は、レモン姉ちゃんいなくとも何も変わらない」


 橘 レモン。橘 ライム。柑橘姉弟と呼ばれる二人は何も変わらない日常を送っているはずでした。特に変わった出来事も、おかしな行動も、していないはずでした。

だからこそ、原因を探す方法の術はなかったのかもしれません。



「ふぁ……。ねむーい」

「寝れば?」

「じゃ、じゃじゃーん」

「万能ポシェット」


 ソファーの枕代わりに使っていた橙色の小さなポシェット。リンゴのアップリケが付いた世界に一つだけのもの。色褪せて少しだけ汚くなってはいるものの、まだ使えそうなほどしっかりしている。


「レモンだから」

「どう見てもリンゴです。ありがと以下略」

「黄色のフェルトなかったんだよ。ってか、物持ち良すぎ。何年前だよ」

「ライくんが小学生の時だね。懐かしいなぁ。家庭科の授業の裁縫の延長であたしのプレゼントを代用したよね」

「代用って。普通に姉ちゃんのために作ったんだから正式なプレゼントだと思うけど」

「へへへ。いっぱい入りますなぁ」


 女の子らしいソーイングセットから、ハンカチ、ティッシュという王道のものから、缶のキャンディやレーザーポインター、携帯電話、イヤホン、充電器、保存食、治療道具、毛糸、かぎ針、メモ帳、サキイカ、除菌ジェル、蓄光マニキュア、蓄光テープ、雨合羽、耳かき、綿棒、爪切り、旅行用ボトル(シャンプー、リンス、洗顔、洗剤)エトセトラ。

どう見ても、全部は入らないだろうポシェットに入れ込んでいる。


「生活できる物を入れ込んでるな」

「小さい頃に、迷子になっても大丈夫なように必要なのは詰め込んだの」

「……昔から論点がズレてるよな。サバイバルに使えそうなのはないな」

「サバイバルナイフあるよ」

「あるのか」

「ナイロンの袋もあるし、水をろ過する機械もある」

「何でもあるな」

「店はないけど」

「あったら、こえーよ」


 そこまで詰め込むと望みのものを出す時に手間が掛かりそうだ。けれど、レモンは即座に、言葉にしたものをポシェットから出していた。


「ん?」

「なんか、一瞬暗く……」

「いやん。こわぁい」


 まるで急に夜が訪れたように、暗くなる室内。レモンはこれ見よがしにライムに抱きついている。その様子をライムは呆れた様子で見下ろしていた。

流石に急なことのため、読んでいた本”これで君もベストセラー作家に”をソファーに置いた。


「揺れては、いないよな」

「揺れてはないけど、ちょっと外の様子を見てこよ」

「そうだな。なんか、さっきより暗いし」


 薄暗くなった室内で、二人は立ち上がり、おずおずとリビングを出て玄関に向かう。レモンはちらりとソファーを見下ろして、もぞもぞと行動を起こしてからライムの後を追いかけた。

靴を履いて外に出ると、二人はその様変わりした様相に言葉を失うのだった。




「あれ?」

「……なにが」

「んっと……、んっと……、住宅街よね」

「たしか、そのはず……。って、え? 姉ちゃん?」

「ふえ?」

「……なんか、ちっこい」


 随分と舌足らずで話す声が高いと振り返ると、そこにいたのは背が縮んだ、アルバムで見たことのある姉の姿だった。

周りの住宅街が今や消え、たくさんの木に囲まれ、森なのか林なのか微妙に見分けつかない場所にいた。


「わあ、若返った。やったね」

「喜ぶなよ、ここどこだよ。俺ら、関東住みだよな。しかも、比較的、都会だよな」

「ライくん、どーよー」

「動揺もするさ」

「いつもならクールで感情表に出さないのにー」

「……ってか、家も消えたぞ」


 間違いなく自宅から出てきたはずなのに、その自宅も消えてしまった。お隣さんも、ご近所さんもいなくて、さわさわと葉が擦れる音と、心地よい風、緑の香りが現実を知らしめる。


「どうしよっか」

「本当に、どうする」

「んー。胸がなくなったの、困るなぁ」

「困るのそこかよ」

「だってお姉さんの色気武器に出来ないし」

「……武器にすら出来てなかったけど」

「にゃんだと?」

「とにかく、森から抜けよう。変な動物がいても困るし」

「そだね」


 本当ならばそこから動かない方が良いのかもしれないが、自宅の消失、森の中という危険度の高い場所よりも、開けた場所に行った方が良いと思った二人は明るい方へと歩き始めた。


「ライくん、歩くの早い」

「……そっか、歩幅小さくなったのか」

「つかれたー。ライくん、おんぶして」

「仕方ないな」


 だいたい小学生の低学年くらいまで背が縮んだだけじゃなく、見た目もどこかロリっぽい。


「はあはあ。ライくん、いいにおい」


 どうやら性格はそのまま変わりないようで、幼児化又は退化したわけじゃないようだ。

変態なところは変わらず、平常だった。


「ん?」

「……わ、わわ。犬がいっぱい」

「あれは……犬っていうより、魔物」


 取り囲むように犬が集まってきた。もしかしたら、魔物の巣に入り込んでしまったのかもしれない。


「わんわん。お手しないかな」

「そんな悠長なこと言える状況じゃないみたいだ。下手したら、俺たちが晩ごはんになるかもな」

「お肉ないよー。贅沢な肉もないよー」

「ロリ化してるし、美味いんじゃないの」

「ライくんに食べられるなら、本望だけどさ、わんわんなら却下」

「姉ちゃん、サバイバルナイフあるんだよな」

「うん」

「それ貸してくれ」

「おっけー」


 ポシェットに入っているサバイバルナイフをライムに手渡しをすると、鞘を外し、自分を守るように構える。




「うう、意外に怖い顔」


 魔物は急に顔を変えるように剥き出しの歯を見せて、グルグルと呻いている。歯には赤いものがあり、血のようにも見える。

よだれがポタリと地面に溢れていて、いかにも空腹だと説明しなくとも分かる。


「姉ちゃん、しっかり掴まってて」

「うぃ!」


 ライムは攻めの行動よりも、回避を優先とさせて、逃げることを重点的に走り出していた。


「わ、ライくん。いつの間に逃げるの上手くなった?」

「いや、なんか、目が……良くなってる気がする」


 どうやらライムは反射神経と動体視力が上がってるようだった。全く怪我をすることもなく、魔物から離れていく。


「走るのも早い」


 四足歩行の魔物を後ろに置いていくほどに足が早い。魔物にもそう怪我をさせることなく、もう姿も見えず、追い掛けるのを止めたようだった。


「……疲れた」

「人並みに疲れるのね」

「姉ちゃんは俺に背負われてるだけじゃん」


 疲れたのかライムは地面に座り込んだ。レモンもライムの首に後ろから手を回しながら地面に膝を付ける。

地面を蹴るような、踏み込む音が背後から聞こえ、レモンは振り返った。


「なんかアサシンがいる」

「は? 魔物の次は暗殺者かよ」

「真っ白けー。驚きの白さ! ってな」

「洗剤かよ」


 ようやくライムも後ろを見た。レモンが言うように、変なことを言ってるんじゃなく、現実だったと再び前を見た。

白いローブに白い髪。顔はフードを深く被っているせいか分からない。


「こんなところに子どもが。何をしているんです」


 穏やかな低く優しい声。トゲがないため、敵対心はなさそうだと気付いたが、怪しさプンプンのため警戒は怠らない。


「迷子だと思うよー?」

「迷子? それは困ったことです」

「ここ、どこなんだ」

「ここは、ファンタジリア。未開の森の最南端です」

「……意味わかった? ライくん」

「……ファンタジーもの、書きたいと思ってたんだよなぁ」

「物書きの性分が始まった。えっとさ、説明省いていいー?」

「省かれても困りますが……。詳細は、家で聞かせてもらいます。どうぞ」


 遠くのほうで雷鳴が轟いていた。このまま、ここにいて良いことはないと思った二人は二つ返事で了承し、変な人の自宅へと招かれたのだった。




「……なるほど」


 白い人は話を聞いてから噛み砕くように頷くと、少し顔を下げた。どうやら考え事をしてる様子。現実離れした状況に納得はしてないのだろう。時折、窓の外を眺め物思いにふけていた。


「ふける、と言えば、老けてるー」

「姉ちゃん、それ失礼だから」

「だって白髪だよ?」

「すみませんが、はくはつ、です。それに、生まれた時からこれです」


 酷い言い様に流石にツッコミをする白い人。フードからちらりと見える白い髪は艶があり手触りが良さそうだ。しかも首を見ればハリのある肌で若そうだ。


「スチームパンクの世界なら良かったけど」

「なにそれ」

「蒸気機関が動力だった19世紀頃を舞台としたSFやファンタジーだよ。歯車とか」

「あー、あれね。確かに良い雰囲気。あの世界観に、異色としてアリスが立ってる絵とか見てみたい。蒸気社会をパイプの上から見下ろしてるみたいな」

「面白い発想だな」

「色合いとして茶色が多い世界に、鮮明な色が入るの好きだなー。真っ赤とか、真っ青とか」


 二人は考え事をしてる白い人を放っておいてファンタジーの話をし始めた。


「やっぱここ、ファンタジーだよなぁ」

「たぶんね。見たことない魔物。見たことのない道具があるもん」

「……失礼ですが、先ほど姉ちゃんと発しましたけれど」

「ああ、なんか、ここに来た時に縮んだ」

「そうそう。若返ってしまってねぇ、おほほほ」

「住むところがないのでしたら、うちに住みますか?」

「おっ、まさかのお誘い。こちらとしてはこれ以上ないほどのチャーーーンス!」

「アタックじゃないからな」


 手をグッと握り、机の上で隠しもせずに拳を握った。嬉しそうに喜んでいる姉を牽制するのはクールな弟。


「なんで、優しくするんですか」

「そりゃあ、あたしの美貌とライくんに惚れたのよ!」

「どちらも有り得ない」

「……なんだか、ユニークな二人ですね。ここは人里離れた一軒家です。他に住める場所はないので、放っておくわけにもいきませんよ」

「ほほほほ。それは良いことだ。お返しに体で……?」

「どこに魅力があるんだ」

「全身よ!」


 イスの上に立ち上がり仁王立ちをするが、ライムの座高と大して変わりない。完全な幼児体型で服もピッタリとなってる辺り、誰が採寸を合わせてるのかと不安を煽った。

「ねえねえ、スルーフ」

「何でしょう、レモン」

「お外に出ても良い?」

「ダメです。危険なんですから」

「ケチー。オカンー」


 不思議な日常が始まり二日目。互いにどんな性格なのか把握しつつある今日この頃。

家事の何でもをこなし、行動の一つ一つが母親のような白い人スルーフ。種族が何なのかはまだ聞いていない。


「外って、なにがキケンー? そんなの聞けん。なんちってー」

「……人食い植物、人食い動物、巨人、ドワーフ、盗賊、山賊エトセトラ」

「わあ、盛り沢山」

「そうです。たくさんですよ」

「あたし、妖精に会いたいな」

「ほとんどがイタズラ妖精ですけどね」

「スケベな!?」

「なに喜んでるんだよ、姉ちゃん」

「あ、ライくん。どこ行ってたの?」

「本がないから、つまらないんだよ。物書きを夢見てる俺としては、プロット書きたいけど、コツが掴めねぇから」

「この本?」

「あ゛」


 外からやって来たライムはレモンがポシェットから取り出した本に驚いていた。またしてもサイズが合わないのはこの際気にしないほうが良さそうだ。


「家を出る前に目についたから、持っていっちゃえって」

「……この時ばかりは、姉ちゃんのめちゃくちゃな行動に感謝するよ」

「えっへん。あたしはいつも偉いのだ」

「その慢心さは嫌いだけどな」

「うっわ」


 急な冷徹さにレモンはガクッと頭を下げたのだった。ショックを受けてるのは間違いなく分かる。

その行動はいつものこととは知らず、スルーフは……。


「大丈夫ですか? どこか具合でも」

「スルーフさん、気にすることないから」

「そうですか? あ、呼び捨てで構いませんよ」

「わかった。スルーフ」


 中学生のライムより少し高めの身長のスルーフは軽く頭を揺らした。年齢が分からない以上、年上かどうかも分からない。



「どちらが攻め?」

「……?」

「気にするな。時々発症する病気だから」

「病気……。ここらに医者はいないので、発作が起きると大変です」

「そこまで気にするほどじゃない」


 レモンの言葉に、スルーフは不思議そうに頭を傾げる。見慣れてるライムは頭を抱えていた。この世界だとレモンのキャラクターは受け入れられるのか心配だった。


「スルーフ遊びに来たわよー」

「あれ?」


 木の扉を壊す勢いで開けて入ってきた女性。耳が尖っていて、スタイルの良さに落ち込んでいたレモンが凝視する。布生地が少なく胸の谷間が見える。肩からショールのように羽織ってる虹色の薄い生地が綺麗だった。


「ん? 見慣れない子たち」

「ちわーす」

「……エルフ?」

「はっ……。どうしよう」


 エルフが頬に手を当てて興奮するように声を震わせた。きゃあ、と黄色い声を上げてる時点で、レモンはどうなるのか予想がついた。

ドタドタとライムに近寄ると、前から抱き締めた。


「誰なの、この子。かわいい」

「かわいいは事実だけど、あたしのだからあんまり近付かないで」

「違うし」


 姉に抱き締められることには慣れてるが、異性に抱きつかれることに慣れてないライムは少し困惑気味にレモンを否定した。

エルフは可愛い見た目で、ピンクという現実離れしたものでも似合うほどに目鼻立ちがしっかりしてる。


「ライくん、下心わくわく?」

「姉ちゃんと一緒の変態にするな」

「いやあ、良いお尻してるよね」

「うひゃあ。な、ななな」

「姉ちゃん、いくら同性だからって……触るのは」

「こう良い太ももだし」

「なに、この子ども」

「……俺の姉ちゃんです」

「ええっ!? 小さいわよ?」


 触られることにも動揺していたが、今抱きついている人物よりも小さな子どもが姉ということに驚きが隠せない。


「ミリア、二人は僕のお客様なんですよ。どうも異世界から来てしまったようで」

「異世界? 深き森の魔女がしでかしたことかしら」

「そこまでは……。お姉さんと弟くん、お姉さんのレモンが小さくなってしまったみたいです」


 エルフのミリアとスルーフは知り合いらしくライムから離れて並ぶ。スルーフより少し低めの身長だがバランスは良さそう。

スルーフの容姿は拝めないが、雰囲気では美男美女のようにも見える。



「いつも静かなスルーフ家が賑やかになったのね」

「そうですね、楽しいですよ。それで本日は何用でしょう」

「ほら、これドワーフに修理を頼んでいたでしょう?」

「包丁……。わざわざ届けてくださりありがとうございます。新しい包丁が欲しかったんです」

「お礼はスルーフの美味しい食事でね?」

「畏まりました」

「……色っぽい展開はなしかぁ。確かにスルーフのご飯は美味しいけど」

「姉ちゃんは煩悩の塊」


 スルーフの作るご飯は口に合って美味しいと思えるほど。ただ見たことのない食材に、食べたことのない料理に感動を覚えるほど。お礼は体で、というレモンのセリフは一切出ることはない。


「……」

「沈黙の時の姉ちゃん、めっちゃ怖いんだけど。何をしでかすつもり」

「べーつーにー? 太陽とこんにちわしてこよっと」


 少しの間、沈黙となっていたレモンはふと立ち上がって部屋を出ていった。騒がしく暴れる子ほど静かにしてる時が恐ろしい。

けれど、穏やかに静かに自分の時間を潰せるならと構わないことに決めた。

ソファーに座り、この世界の絵だけしか載ってない本を眺める。言葉は読めないため、こういったものしか見ることが出来ない。


「切れ味が良さそうです」

「試し切りとか止めてよね」

「しませんよ、そんなこと。ああ、そうです。二人が怪我をしたり病気になることもあるかもしれません。治癒術のあるミリア、すぐに来られるようにお願いしたいのですが」

「わかったわよ。弟くんなら無償でも構わないけどね」

「レモンもお願いします。あれ、レモン……は?」


 レモンのことを話していると、部屋の中を見渡すとライムが読書をしてるだけで、一番の騒動を起こす元凶がいないことに気付いた。


「ライム、レモンは?」

「姉ちゃんなら太陽浴びてくるって外に」

「一人で!?」


 幼児化しているレモンは今まさに無力化している。元々、都会っ子であるため、森の中が得意な訳でもないし、バトル慣れしてる訳でもない。ライムみたく戦闘能力が高まってる訳でもない。


「……すみませんミリア、僕はレモンを探しに行って来ます」

「え、あ、うん」


 慌てるようにスルーフは家を飛び出した。残されたミリアはライムの隣に座り、腕にしがみつこうとした瞬間、ライムが立ち上がった。


「ったく、面倒起こして」


 文句を言いながらライムもまた外に出ることにした。ソファーに本を置き、サバイバルナイフをスルーフお手製のホルダーに入れてあるのを確認しつつ早歩きをしている。



「うへえ、そんなことあったのね」

「……もそっ」

「うんうん、それは大変だね」

「……これは一体」


 スルーフがレモンを見つけた時には異様な光景が広がっていた。家を軽々と超すほどに高い身長の巨人と水辺の岸で座りながら会話をしている。

キラキラと太陽に反射した水面が風に揺らいでいる。


「凶暴と言われている巨人とレモンが仲良く話して……。何てことでしょう」


 縄張りに入るとどんなものでも容赦のしない巨人と、幼児化したレモンがピクニックという光景に見える風景を作り上げていた。

スルーフは今まで見たことのない状況に頭を押さえる。負けるなスルーフ、くじけるなオカン、戦え執事。


「あ、スルーフ」

「なに、してるんです」

「巨人さん、お腹空かしてるみたい。だからキャンディあげたの」


 にっこにことした素晴らしい笑顔を浮かべレモンはポシェットから出したキャンディを巨人に渡している。

レモンが持つとサイズは大きく、巨人が持つとサイズが小さくなっている。絶対に空腹は満たせない。


「餌付け出来るんですか……」

「美味しいもん」

「バリッ」

「あー、噛んじゃダメだってばー。レロレロとセクシィに舐めるんだってー。もう、ずっと噛んでるんだよ? この子たち」

「そのサイズ、きっと舐めるのは無理ですよ。第一、会話が出来るんですか?」

「出来るわけないじゃん」

「だって話をしてるじゃないですか」

「話なんかしてないよ?」

「……頭が痛くなってきた」


 てっきり話が出来てるのかと思いきや、全く通じてないということにスルーフは頭を押さえていた。

そして更にレモンの側に座り込んでいるものを見て頭痛の種が増えた。


「あの……、それは」

「ん? あれ、いつの間にか一緒にいた。ワンワン! はい、鰹節」

「あの、かつおぶし、とは一体?」

「鰹節は鰹節さ! 食べてみ?」

「……いた、だきます」


 小袋に入った鰹節の封を開けて、先にスルーフにあげてからワンワンにもあげた。そして、それからこの好物は猫だったかしら、と思ったが、ワンワンも好んで食べてるため気にすることは止めた。


「あ」

「あ、とは? これ美味しいですね。な、何かいけない物でしたか?」

「この子、あたしたちを襲ったワンワンだ。そっくり」

「……一緒にするなよ」

「ん? スルーフ、なにか言った?」

「いえ。それよりも襲った……?」

「あんな下等生物と一緒にするな」

「……やっぱり声がする。下から? ワンワン、喋れるの?」

「オオカミが話すことはありませんよ」

「オオカミ! ワンワンだけど、ワンワンじゃないのね」


 鰹節を食べて尻尾をポンポンと猫のように床に叩きつけていた。うっとりと幸せそうな目をしてるが、声がするのはそこしかない。



「オオカミさん、鰹節おいしい?」

「……」

「何このツンデレ。かわいすぎー」


 そっぽを向き、声で返事をすることはなかったが、尻尾をレモンの膝の上に乗せている。モコモコとした毛並の尻尾は狸のかと勘違いするほどだった。


「綺麗な藍色の毛並。何だか、オオカミって感じじゃない」

「そうですね、珍しい……。いや、それよりずっと外にいるのは危険ですから帰りますよ。ライムも来ましたし」

「……姉ちゃんー? どこにいるんだよ」

「あっ、ほんとだ。ライくん、こっちだよ」


 ライムの自分を捜してる声が聞こえてレモンもすぐに反応をした。目がキラキラとさせて声がする方を見ていた。すぐにライムの姿が見えて、走って来る様子はなかった。


「……この間の犬じゃん」

「犬じゃないし」

「……ねえ、ライくん。声が聞こえた?」

「何がだ?」

「なんでもなーい」


 ライムには聞こえてないと分かり深くは問い詰めなかった。そしてその声の主がオオカミのものだと分かった。

自分にだけ聞こえるのは近いからか、それとも特殊な能力からか。


「んじゃ、帰りますか! じゃあね」


 オオカミを一撫ですると立ち上がる。ふとオオカミがレモンの顔を覗き込むように見上げてからすぐに離れた。


「うおっ、でか。なんだこれ」

「巨人です。レモンと親しく話してることに驚きなんですけどね」

「……巨人と仲良く? 姉ちゃん、変なのに好かれちまったな」


 三人はそれぞれの話したいことをぶつけていた。ペチャクチャと雀のように言いたいことだけを伝えて、聞く人がいなかった。さすがにそれじゃいけないと思ったスルーフは聞く側に回ることにした。


「あ、あの鰹節ね。出汁に出来るんだよ」

「だし?」

「汁に旨味が出るの。あたしを煮込んだら旨味が出るよー」

「豚の出汁か」

「ライくんのバカー!!」

「先に言い出したのは、姉ちゃんの方だろー?」


 ライムは先に走り出していて、その後を小さな足で必死に後を追いかけている。その姿が姉弟が逆転していて、スルーフは口角を上げたような……気がした。



 コツコツと時計の秒針が進む。十二と六の数字がキラキラとしていて基盤がオパールのような独特な光沢の素材だった。


「おや? お客様のようですね」


 窓の外は真っ暗で明かりが月だけのため閑散としていて怖々とした雰囲気だった。

そんな中での来客、ライムはプロットをメモしていて、レモンは変わらず時計を見つめている。


「ずいぶんと可愛らしいお客様ですね……って、え?」


 スルーフの焦りの声にレモンが振り返った。そしてその光景を見つめてすぐに固まった。


「ライくん、いつの間にそんな可愛い恋人作ったの? いいこと? あたささが恋ひつくま先に、やめれ!」

「姉ちゃん、なに言ってるんだよ。俺もこいつ知らないし」


 テンパり過ぎて言葉を正しく発していないレモン。腕にしがみつく少女を見下ろしてライムは冷静に答える。艶のある藍色の長い髪が、開けたままの扉から風が吹き付け揺らしている。

レモンより少し身長が高いが、小学生の高学年といったところか。


「……? あ、間違えた。あんたじゃない。においが似てるからややこしいよ」

「勝手に抱きついてきて、勝手に怒られたんだけど」


 美少女はバッとライムから離れると顔をじっくりと見つめ、少し低めの声でぶつくさと文句を言ってから立ち上がった。パンパンと紺色のワンピースの裾を叩いて埃を払うと辺りを見渡した。そして目的の人物にターゲットを移すとタックルをするように飛びかかった。


「ぐっ……」

「やったね。百合だよ」

「……ライくん、キャラ崩壊」

「仕返しだ。スルーフ、これに見覚えは?」

「いえ……初めてです」


 扉を閉めながら初めて会う人物に首を傾げながらライムに近寄ってきた。小学生くらいの女の子二人が抱き合ってる姿を友情と捉えるか、いかがわしい感情で見るかは自由だが、当の本人は首を絞められているため倒れる寸前だった。




「……ぎぶ」

「あっ……」


 ようやく離れると床に倒れるレモンを膝立ちで見下ろす少女。腰までの長さの藍色の髪は絹のように肌触りが良かった。

意識の隙間に、どこかで見たことのある色だと思ったが酸欠気味の頭では何も浮かばなかった。


「ふんふん」


 鼻をヒクヒクと動かしてレモンの匂いを嗅ぐ少女。マニアックな趣味だとライムはその姿をメモをした。ついでに小さい頃から得意だった絵で二人をスケッチしてみた。

どこをどう見ても、色っぽい話の百合に見える。少女が攻めでレモンが受け。押し倒してるようにも見えるからそうにしか見えない。


「……もしかして、オオカミ? 鰹節欲しいの?」

「うん。欲しいの」


 可愛らしくおねだりをする姿はレモンが言うようなオオカミには思えない。スルーフもライムも少女がオオカミだと思ってもいなかったため信じてはいなかった。


「第一、オオカミ男……って女いるのか?」

「あまり聞きません」

「だよな俺も聞いたことない。いや、なくはないんだけど、話としてマイナーな方かと思ったんだ。メジャーなのは映画とかでオオカミ男だし」

「メジャー? マイナー?」

「えっと、王道かそうじゃないかってこと。有名か無名かとか」

「なるほど」

「ここって、訳が分からなくなるな。単語があったりなかったり」

「満ちたりー、飽きたりー」

「なんですか、今の」

「気にしたら負けだ」

「そう、ですか」


 会話に参加出来てないレモンは退屈だと言わんばかりにギャグをぶっ込んできた。けれど、これといってツッコミをされないから更に落ち込んだ。

しょぼんとしたレモンは再び鰹節を少女にあげた。はむっとユラユラと動く鰹節に苦戦をしながらくわえた。


「……むぐ、おいしい、これ」

「でぃすいず鰹節」

「かつおぶし」

「いえす、鰹節」

「もっと食べたい」

「だーめ。食べ過ぎ体に良くない」

「もっと」

「だめだってばー」

「もっと、もっともっともっともっと」

「力つよーい」

「これ以上はダメです」


 さすがにスルーフが止めに入った。少女を抱き上げるように持ち上げた。軽かったのか、ひょいと持ち上がった体躯に スルーフは首を傾げた。


「きみ、女の子じゃないですね」

「!!」

「男の娘かぁ」


 体の線からかスルーフは性別がすぐに分かり、女の子だとばかり思っていたライムが驚き、レモンは男の娘ということに軽く落ち込んでいた。それを払拭するように妄想のネタになると興奮し始めた。


「ライくんと男の娘……いいね」

「良くないから」

「まず話を聞きませんか?」


 二転三転とする会話になりそうなためスルーフは先手を打つことにした。ただでさえ、何日か一緒にいるため二人の性格はよく理解してる。



「きみは湖の近くにいたオオカミなんですね」

「そーだよ」

「男の子ですね」

「そーだよ」

「今人間ということは、オオカミ男なんですね」

「そーだよ」

「レモンのかつおぶしを貰いに来たんですか」

「そーだじゃないよ」


 一音一句同じままで答えていたが、急に会話を切り替えたせいか変な言葉になっていた。そして鼻息をフスフスと荒くして意気揚々と答えた。


「レモン、いい人。だいすき。おいしいのくれる。あいしてる」

「……オレ、ニンゲンダイスキみたいな」

「うーん」

「どうしました、レモン」

「なんかねえ、オオカミとして聞こえた声が違うような。もっと低かった」

「きのせい」

「うん。やっぱり気のせいだ」


 あの時の声がしたため本人と認識した。とんでもない愛の告白はなかったことにしてる辺り、図々しいところがあるのかもしれない。


「もう帰る。ママに怒られちゃう」

「オオカミなのに」

「名前、マヨ」

「マヨ?」

「マヨネーズ……なの?」

「姉ちゃん、絶対に違う」

「ばいばい」


 ママに怒られてしまうからと、マヨは人形のまま家を飛び出てしまった。流石はオオカミ、二足歩行でも走るのが早かった。

何が残念って、マヨは一緒に住まないということだった。


「嵐の如く、騒がしい子だったね」

「部屋を散らかさないだけマシじゃね。家を破壊されたら目も当てられない」

「あらし、って?」

「台風」

「たいふ?」

「……姉ちゃん、パス」

「えーっ、自然現象の説明って面倒だよー。ここに存在しないことを説明って一番嫌いなやつ」

「とにかく、強い風が吹いて家とか持ってく危ない現象」

「……二人の住むところは、危険と隣り合わせだったんですね」


 何だか酷く誤解を生む表現をしたような気がしたが、どうせ行くことないんだし、と否定をすることはしなかった。


「いっぱいお客さん、来るね」

「ここまで多いのは初めてですけどね」

「……トラブルメーカー」


 橘姉弟はよその世界に飛んでも順応性の高さからお友達がたくさん出来ていました。

これから先、どんなトラブルを呼び寄せるのでしょうか?


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