刑期八十年の意味,
シルバー姫とティンが屋敷から出て行ったあと、ひとり残されたカーバンは貴族ニッカルの執務室に招かれた。
「ワシはいずれ辺境鉱山を王都と同じぐらい、いや、それ以上栄えさせるつもりだ。
だから優秀の人材はいくらでも欲しい。
最近は都合がよいことに、王族や法王に逆らった連中が罪人として送り込まれてくる」
そう言って指さした先には、額に奴隷の印が記された屋敷の執事が控えていた。
驚いた事に貴族ニッカルは、鉱山に連れて来られた政治犯を屋敷の使用人にしている。
「ニッカル様は、シルバー姫を気にかけている様子でしたが」
「あの細腕姫も鉱山の仕事で使えなければ、屋敷に引き取ってワシの子供たちに礼儀作法を教えてもらおうと考えていたが。ヤツが毛嫌いして困ったもんだ」
「ヤツとは、さっきの眉無し側近ですか?」
「そうだ、アイツは中々の切れ者で鉱山関係の仕事を任せているが、親が没落貴族で選民思想が強すぎて、鉱山奴隷を毛嫌いしている」
どうやら眉無し側近はニッカルが引き受けた鉱山奴隷、バリバリ仕事のできる優秀な執事たちにライバル心を燃やしているらしい。
「ニッカル様、シルバー姫は自分のところで引き受けます。
俺の従者のティンは、人ではないモノの調教に長けていますから」
「それではカーバン殿には、ワシの可愛い六人の天使、娘たちのドレスを作って貰おう。
最近妻も一回り肥えて、着られる服がなくなってしまったのだ。
さぁ、天使たち、カーバン殿にご挨拶するのだ」
貴族ニッカルが楽しそうに手を叩くと、廊下の向こうから賑やかすぎる笑い声と足音が聞こえ、まん丸と太った5、6歳の幼女たちが転がるように走ってくる。
カーバンの横幅二倍以上ありそうな、ふくよかすぎる奥方が突進してくるのを寸前で避けた。
「な、なるほど。俺をここに置きたい理由がよーく分かりました……」
その後カーバンは、奥方と六人の子供たちを相手に、ドレスのデザイン画を一晩中描かされる事となる。
貴族ニッカルの屋敷を出ると、精霊族ティンは広場の西側に建つ高級旅館を滞在場所に決めた。
そして案内された最上階の特等室は、広い応接室に寝室が二つあり、バルコニーの外から鉱山が一望できた。
ティンはシルバー姫をソファーに座らせると、甘い香りの紅茶を運んでくる。
紅茶を一口飲んだシルバー姫は、大きくため息をついた。
「ああ、なんて良い薫りの紅茶でしょう。
王都での騒動から五日ぶり、やっとまともな飲み物を口にしました」
「えっ、もしかしてシルバー姫はこの五日間、飲まず食わずだったのですか?」
「大罪人として馬車に乗せられて、それから五日間気を失っていました。
でも私は常人の十倍の生命力があるので、あまり空腹を感じません。
それに義母の毒殺を気にしないで飲める紅茶は、なんて美味しいの」
心底嬉しそうに答えるシルバー姫は、どれだけ修羅な人生を歩んできたのか、ティンは背筋の寒くなる思いがした。
しかし無暗にシルバー姫を同情してはいけない。
今この魔法千年王国で、彼女以上の腕力を持つ人間は存在しないだろう。
戦士1000人分の腕力とは、軍の大隊一個分に相当する。
思案する精霊族ティンの眼か緑から赤く変化して、自分の魂の奥底まで覗かれる感触にシルバー姫は体を強張らせる。
パリンっ
緊張感でうっかり指に力を入れてしまい、ティーカップの取手を割ってしまった。
「す、すみません。ティンさん」
「私こそ、無遠慮に見てしまい申し訳ありません。
シルバー姫の使う食器は丈夫な金属製に……。
いいえ、シルバー姫は力の加減を覚えた方がいいでしょう」
ティンの言葉に、シルバー姫は不思議そうに首を傾げる。
「それからシルバー姫が鉱山でどのように働くか、是非見せてもらう必要があります。
この部屋は旅館の最上階、バルコニーから鉱山がよく見えます」
「つまりティンさんは、バルコニーから鉱山で働く私を観察するのですね。
でも私は今まで働いた事がありません」
「シルバー姫、貴女がとても従順なのは、今の立場に絶望しているから。
貴女の額に刻まれた鉱山奴隷の印は刑期八十年。
正確には一年360日の八十年分、働く必要があります。
しかし千人力を持つ貴女が360人分の腕力を発揮すれば、たった一日で一年分の働きをしたことになります」
魔力を失った代わりに千人力の腕力を得たシルバー姫だったが、大罪人に身を落として諦めていた。
額に記された鉱山奴隷印はどの奴隷より濃い赤で刻まれ、透けるような銀色の髪の隙間からはっきりと見える。
だがティンの言葉は、シルバー姫の心に希望の光を灯した。
「それは本当ですか?
千人力で八十年の刑期を減らすことが出来るなら、私は早く自由になりたい」
「ええ、魔法契約は労働日数ではなく、労働力で判定します。
それにはまず、シルバー姫が自分の腕力をコントロールする訓練が必要です。
ですから鉱山奴隷の仕事は、そのドレスを着てください。
労働に向かないドレスなら、力の加減を意識しやすくなるでしょう」
そしてティンの瞳が鋭く光り、口元が嬉しそうに釣り上がったように見えた。
シルバー姫は幼い頃礼儀作法を指導してくれた厳しい女教師を思いだし、慌てて背筋を伸ばした。
***
鉱山の外れにある身元のしれない怪しいモノたちが集う酒場で、三本目のボトルを空にした眉無し側近がクダを巻いていた。
「チクショー、俺様は成金田舎貴族よりずっと名家の出だ。
地位を剥奪された大罪人娘を厚遇したら、いずれ王族に睨まれて自分たちも同じ目に遭うというのに、低能の田舎貴族はそれが分からない!!」
グチを言い続けながら机に突っ伏した側近の隣の席に、見知らぬ男が座る。
「その話、詳しく聞かせてもらおう。
そして我々は、お前の味方になるぞ」
声をかけられた側近が顔を上げると、席の周囲を灰色マントを着た男たちに取り囲まれていた。