鉱山奴隷の『細腕姫』,
岩を砕く爆音と、立ちのぼる砂塵で周囲の視界は奪われる。
そして砂塵が収まり視界が開けると、巨岩のあった場所にボロボロのドレスを着た美しい娘が立っていた。
それは千年前に、巨岩を砕いて現れたという巨人王の伝承と同じ。
銀色に光り輝く長い髪をなびかせる娘は、この世で一番硬いと言われる白金石の化身が地上に姿を現したかの様に見えた。
「な、なんという美しさ、まるで月の女神のようだ。
君が俺を助けてくれたのか?」
シルバー姫に声をかけた仕立屋カーバンは、闇夜のような黒髪に鼻筋の通った顔立ち、石榴色の瞳をしていた。
彼はシルバー姫が子供の頃読んでいた絵本の中に出てきた、勇者と共に魔王を討伐した憧れの賢者そっくりで、低く落ち着いた声色に思わず体を強らせる。
これまでシルバー姫は恋を知らす、親の決めた許嫁の第二王子に嫁ぐのが、大貴族である自分の務めだと信じていた。
学友が恋に夢中だった頃、彼女は義母の暗殺から逃れるのに必死で、他人に関心を持つ事すらなかった。
そんなシルバー姫が、許嫁の王子に捨てられ、大罪人として連れてこられた鉱山で運命の相手と出会う。
茶色い髪の従者は助け出された主人にしがみついて号泣しながら、シルバー姫を紹介した。
「ううっ、旦那様、よくぞご無事でしたっ。
こちらのシルバー姫が、旦那様を助けてくださいました」
「俺は彼女が岩を拳で叩き割ったように見えたが、まさか女性の細腕で岩を砕くなんて無理だ。
そうか、彼女は高貴な身分の魔法使いなのか」
シルバー姫の発揮した千人力の腕力を目の前で見たカーバンさえ、あまりに桁外れの力で、とても人間業とは思えなかった。
シルバー姫は悲しそうな顔で首を横に振る。
「いいえ、私は地位をはく奪され魔力を封じられた大罪人です。
こちらにいる従者の方に頼まれて、貴方を助けました」
「えっ、魔力を封じられたって、まさか腕力だけであのデカい岩を砕いたのか?
それに君が大罪人って……」
カーバンに見つめられたシルバー姫は、自分のみすぼらしい姿が恥ずかしくなり、その場にしゃがみ込んだ。
狭い岩穴をくぐって汚れたドレス、そして足首には大罪人の証しである大きな鉄球が繋がれている。
「すみません、御方のお顔を見たら、なんだか胸が苦しくなって。
それにこの姿で人前にいるのは、恥ずかしいです」
顔を真っ赤にして座り込むシルバー姫の姿に、保護欲をかき立てられたカーバンは、彼女に自分のマントを羽織らせた。
「どうやら君は、とても訳在りのようだ。
俺は命を救ってくれた君の力になりたい」
***
広場周辺にいた鉱山奴隷たちは、興奮しながら情報交換をする。
「おい、嘘つくんじゃねえ!!
大貴族のお姫様が、巨人王の盾で落石をくい止めただと。
この盾は男二百人がかりで、やっと運べるモノだ」
「いや、本当だ。俺の目の前で細腕姫が盾を持ち上げるのを見た。
しかも細腕姫は、大岩に押しつぶされた馬車の中から人を助け出したんだ」
「細腕姫様は、助けた都の仕立屋と一緒に鉱山貴族の屋敷にいる」
鉱山奴隷たちは、これまで大勢の自称腕自慢を見てきた。
しかし美しい銀髪に透けるような白い肌、華奢な手足をしたシルバー姫が見せつけた千人力は全くの規格外だった。
細い枝のような腕で巨人王の盾を掲げ、大岩を粉々に砕く剛腕は、人ではない別のなにかだ。
しかし大罪人のシルバー姫を、大っぴらに崇め称えることは出来ない鉱山奴隷たちは、敬意を込めて『細腕姫』と呼ぶようになる。
その後シルバー姫は仕立屋カーバンと一緒に、鉱山貴族ニッカルの屋敷に招かれた。
カーバンは若干片足を引きずりながら、客間の椅子に腰掛ける。
背が高く肩幅があるカーバンは、黒髪で石榴色の目をしたミステリアスな雰囲気が漂うハンサムな青年だった。
マントを羽織ったシルバー姫は、自分の千人力で館の豪華な椅子を壊すのを恐れて、その場に立っていた。
「そういえばカーバン様は、岩に挟まれた足の手当をしなくても大丈夫ですか?」
「俺は自己治癒魔法を使えるから、骨が折れてなければ、どんな怪我でも一日で治る。
俺と一緒にいた二人の方が、大怪我をしていたな」
「旦那様が穴の中から大声で助けを求めたから、あの二人も生き延びたのです。
そしてシルバー姫がいなければ、旦那様の命もありませんでした。
シルバー姫には、なんとお礼を申し上げれば」
「私は亡き母から、草民に慈悲の手を差し伸べなさいと教わりました。
それに今の私は……大罪人です。
罪人に頭を下げる必要はありません」
「そう言うわけにはいきません、何かお礼をしなくては。
シルバー姫様、とりあえずこのドレスに着替えてください」
従者はそう言うと、馬車から投げ出されて無事だった衣装箱から一枚のドレスを取り出した。
狭い岩穴の中を這ったシルバー姫のドレスは土で汚れ、ボロ布をまとった状態。
しかし仕立屋のドレスを見て、シルバー姫は顔をしかめる。
それは王宮で開かれた第二王子の誕生会でありシルバー姫断罪の時、義妹オレンジ姫が着ていたドレスと同じデザインだった。
「申し訳ありません、私は……このドレスに袖を通したくありません」
「どうしたんだ、シルバー姫。
これは俺が半年かけて仕立てたドレスだ。
闇夜花を煮詰めて何度も染めた、この世に一つしかない青紫色で、シルバー姫の銀色の髪がとても映えると思う」
「でもこれは、私を罠にはめた義妹のドレスと同じです。
オレンジ姫のドレスは、目が覚めるような鮮やかな朱色をしていました」
当時の事を思い出したシルバー姫は、羽織ったマントを破かないように摘むと、流れ落ちる頬の涙を拭った。
そのシルバー姫の姿に、何か思い当たったカーバンは思わず立ち上がる。
「まさか君の妹は、第二王子の恋人オレンジ姫か?
そういえば妹が姉から婚約者の座を奪ったという噂が流れていたが、何故姉がこんな場所で奴隷になっている!!」
「あっ、旦那様。いきなり立ち上がったら挫いた足が」
立ち上がった瞬間、よろめいて椅子ごとひっくり返りそうになったカーバンを、従者が間一髪で支える。
カーバンが自分以上に怒っている様子に、シルバー姫は驚いた。