鉱山奴隷と千人力,
岩山の小さな坑道入り口から重たい足取りで出てきた鉱山奴隷は、監督者たちにせきたてられ、中心の広場に集合する。
鉱山監督者は、これから面白い見せ物が始まるという。
そして広場の中央に、頑丈な鉄の車輪と鉄板で覆われた大罪人を乗せた護送馬車が止まると、整列した奴隷たちの前で刑務官が罪状を読み上げた。
「奴隷ども静かにしろ、俺の話をよく聞け!!
この馬車の中に捕らえらた女は、大罪人シルバー姫。
自分の義妹であるオレンジ姫を暗殺しようと企てた毒女だ。
よって第二王子との婚約は破棄、大貴族の地位を剥奪され罪人として辺境鉱山送りになった。
刑期は八十年、鉱山奴隷として働き、自分の犯した罪を償わせる」
「シルバー姫って名前は聞いた事ないが、オレンジ姫はサルファー王子の恋人じゃないか。
大貴族のお姫様がこんな地獄に連れてこられるなんて、よほど王子に憎まれたな」
「第二王子の不興を買って鉱山送りになるのは、今年で何人目だ?」
鉱山奴隷たちがザワザワと騒ぎ出すのを、刑務官はつまらなそうに一瞥すると、いよいよ護送馬車から大罪人シルバー姫が下ろされる。
「シルバー姫は馬車の中でずっと倒れて動かなかった。
まさか死んでないか?」
「死ぬわけないだろ、相手は元大貴族の魔法使いだ。
魔力を封じられているらしいが、一応気をつけろ。
寝ているのなら、鞭で叩いて起こせ」
そして護送馬車のカンヌキが外され、分厚い扉が開くと、そこから眩い光が溢れ出す。
罪人を引きずり出そうと身構えていた刑務官たちは、そのまばゆさに思わず目をつぶった。
「うわっ、まぶしい。
魔力を封じたはずなのに、下らない小細工をしやがって。
早くここから出てこい、シルバー姫!!」
「待ってください、今出ます」
その声は、まるで鈴を転がしたような美しい音色。
銀色の光を放つ長い髪に片袖の破れたドレスを着た、天使のように可憐な娘が姿を現した。
サルファー王子に切り落とされた髪は、常人の十倍の生命力で床につくほどの長さに伸びた。
その美しさに広場に集まった鉱山奴隷や監督者は、思わず息を飲む。
シルバー姫は足首に繋がれた鉄球の存在を感じさせない軽やかなステップで馬車から降りると、微笑みを浮かべながら優雅に会釈した。
「な、なんだ貴様は。
この五日間、まともに飯も食って無いのに、そんな元気なんだ。
まさか魔法を使ったのか……調べてやる!!」
刑務官はそう叫ぶと、シルバー姫の細い腕を掴まえて引き寄せようとしたが、体はピクリとも動かない。
それに気づいたシルバー姫の方から、刑務官に歩み寄った。
刑務官は制服の胸ポケットから、奇妙な文様が刻まれた片眼鏡の魔力測定器を取り出すと、シルバー姫の魔力を確認する。
片眼鏡から覗く魔力のオーラは色が透明から黄色に、オレンジから赤、そして金色に変わるほど魔力量は多い。
「確かにシルバー姫のオーラは透明で見えない、完全に魔力は封じられている」
「大貴族だった私は、人の十倍の生命力を持っています。
だから五日間絶食しても、私にとっては半日絶食した程度でしかありません」
そう答えたシルバー姫を見て、刑務官は思わず後ずさる。
この世界を支配する大貴族なら、普通の人間より生命力があっても不思議ではない。
しかしこの娘は魔力を封じられている。
魔力を使えない魔法使いなら、なにも恐れる必要はない。
「なにが大貴族だ、驚かせやがって!!
頭を下げろぉ、今日からお前の身分は人間以下の鉱山奴隷だ」
刑務官は怒鳴り声を上げながら、持っていた杖をシルバー姫の頭めがけて振り下ろす。
それを見た鉱山奴隷たちが乾いた悲鳴が漏らし、そして次の瞬間……。
刑務官の杖が手元から粉々に砕け散り、その勢いで後ろに倒れると尻もちをついた。
杖で殴られたはずのシルバー姫は、頭に蝶が止まったようにしか感じず、目の前で無様に尻もちをつく男を無言で見つめる。
(困ったわ、手を差しのべてあげたいけど、今の私の腕力では腕を握り潰してしまいそう。
この人に言われたとおり、頭を下げればいいのね)
そしてシルバー姫は、優雅にドレスの裾を摘むと洗練された仕草で男に頭を下げた。
地面に座り込んだ刑務官はシルバー姫の持ち上げたドレスの足元が見えて、足枷の鉄球が指の形に窪んでいるのに気づいた。
これまで何十人も魔力持ちの大罪人を見てきた刑務官は本能的に、目の前にいる可憐な娘が実は恐ろしい化け物だと認識する。
「ひいっ、俺に近寄るなぁ!!
今貴様の額に、鉱山奴隷契約の印が出現した。
その額の印が消えるまで、地獄のような鉱山で働くんだ」
シルバー姫は自分の額に触れると、カサブタのような手触りがする。
そしてシルバー姫を遠巻きに眺める、みすぼらしい服装をした男たちの額にも、奇妙な星型の印が入っていた。
「ちょっと待ってください。
私はここでどれだけ働けば、罪が許されるのですか?」
「お前の罪は強制労働八十年だ。
一日も休まず鉱山で働けば、八十年後には罪を許される。
生命力が人間の十倍あるから、簡単にくたばらないだろう」
刑務官はシルバー姫にそう言い捨てると、罪人護送馬車に飛び乗り慌ただしく去った。
広場の中央に立ち尽くしたシルバー姫を、緑の制服を着た鉱山監督者たちが取り囲む。
そして派手な衣装を着た恰幅の良い男が、数人の兵士を連れて現れた。
王城で捕らわれ、ドレス姿のまま辺境の鉱山まで連れてこられたシルバー姫を見て、男は嬉しそうに笑う。
「胸くそ悪い刑務官が、やっと帰ったか。
俺はこの鉱山の領主、鉱山貴族ニッカルだ。
まさか大貴族のお姫様を、こんな間近で見ることが出来るとは驚いた。
天使のような姿をした第二王子の元婚約者様が、実は自分の妹を殺そうとした悪女とは、人は見掛けによらないものだ」
「それは濡れ衣です、私には身の覚えのない罪です。
そう言っても誰も信じてもらえませんが……」
シルバー姫は控えめに、とても小さな声で答えた。
その様子を見た鉱山貴族は、娘が恐れおののいていると勘違いする。
「アンタは今日から鉱山奴隷だ。
ここでの仕事は簡単、袋に石を詰めて運ぶだけだ。
一日のノルマは三十袋、奴隷契約の印があるから数は誤魔化せないぞ」
そして鉱山貴族は小さな子供が一人すっぽり入りそうな大きな袋を、シルバー姫に手渡した。
貴族ニッカルの側にいた兵士が、黒い石を両手で抱えて持ってくると、シルバー姫の間の前でドスンと落とした。
監督者たちは、大きな袋を抱えたシルバー姫の姿を舐めるように眺めている。
雪のように白く細い腕をしたシルバー姫は、石を持ち上げられなくて狼狽えるだろうと思っていた。
「袋に石を詰めて、運ぶだけでいいのですね」
シルバー姫はそう言うと、男が両手で抱えた重たい石を片手で軽々と持ち上げる。
うっかり力を込めて掴むと、石を砕いてしまいそうだ。
そしてシルバー姫は周囲に転がる石を慎重に拾い、生卵を扱うように優しく袋の中に詰めた。