仕組まれた罠と婚約破棄,
その日魔法千年王国の王宮大広間では、第二王子サルファーの誕生祝いと大貴族令嬢シルバー姫との婚約発表が行われるはずだった。
しかし二人の婚約を決めた王様は謎の病で床に伏せ、空の王座の隣に立つ王子は冷ややかな目で兵士に取り囲まれたシルバー姫を見下ろしている。
透けるような白い肌に、降り注ぐ月の光のような銀の髪とコバルトブルーの瞳。
クラシカルな薄桃色のドレス姿がまるで天使のようなシルバー姫に、国王直属の近衛兵は鋭く光る剣先を突きつける。
「お教えくださいサルファー王子様、これは一体どういう事ですか?」
「今さら、白々しくとぼけるつもりか、シルバー姫。
義妹オレンジ姫の殺害を企てるとは、貴様はなんて恐ろしい女だ」
彼女の許嫁であるはずの魔法千年王国第二王子サルファーは、シルバー姫を激しく罵る。
「そんな、私には全く身に覚えがありません」
「オレンジ姫に切りかかった男が、シルバー姫に妹殺害を命じられたと白状した。
証拠はこのナイフとハンカチ、それに数本の長い銀色の髪の毛だ」
サルファー王子の右手に握られていたそれは、ホワイト姫が自宅に保管していた亡き母の形見のナイフだった。
そもそもシルバー姫は、三年前に魔法千年王国宰相を務めていた父親が不慮の事故で亡くなると、義母に屋敷から追い出される形で、全寮制の魔法学園に入れられて外部との接触を断たれる。
「お待ちください、サルファー王子様。
この三年間私はずっと魔法学園暮らしで、屋敷には一度も戻っていません。
義妹のオレンジ姫と顔を合わせるのも、王族方に招待されたパーティだけです」
シルバー姫とサルファー王子は許嫁の約束を交わしていたが、これまで数回しか顔を合わせたことがない。
そして義妹のオレンジ姫とサルファー王子が恋仲という噂がある。
二人の関係は、毎日貴族のサロンや平民の酒場で話題になり、魔法千年王国で知らぬ者はいなかった。
「やっとボロを出したなシルバー姫。
腹違いの姉を気遣う美しい心を持った聖女オレンジ姫に、これまで何度も惨い仕打ちをしてきたそうじゃないか。
お前が出席するパーティのたびに、オレンジ姫は食べ物に毒を盛られ、持ち物の中に毒蜘蛛が仕掛けられた。
ついには暗殺者を雇いオレンジ姫を襲うとは、何という恐ろしい毒女だ。
お前は私の婚約者にふさわしくないばかりか、聖女オレンジ姫の姉としてもふさわしくない!!」
サルファー王子は憤怒の表情で、罪の証拠である金のナイフを握りしめながら、頭上の王座から駆け下りてくる。
兵士に両腕を捕らわれたホワイト姫の、絹糸のように美しい銀の髪をわし掴むと、乱暴にザクザクと切り落とした。
シルバー姫は恐怖のあまり、悲鳴すら上げられない。
「次はこのナイフで、お前の首を掻っ切ってやる!!」
「おやめくださいサルファー王子様。
そのような汚らわしい女を、王子自ら手に掛ける必要はありません」
その時、まるで出番を待ちかねていたように耳障りな甲高い声をあげたのは、白髪交じりの小太りの男、現在の魔法千年王国宰相だった。
シルバー姫は父親の部下だった男の事をよく知っている。
父に媚びへつらい、時々もの欲しげな目つきでシルバー姫を見ていたのだから。
そして宰相に続いて現れてのは、明るい金色の髪に大きな宝石の髪飾りをあしらい、異国の高級レースがふんだんに使われた深紅のドレスを着た義妹のオレンジ姫。
オレンジ姫は王子をなだめるように声をかけ、そばに寄り添うと事の成り行きを面白そうに眺めている。
きっと義母も罠にはまったシルバー姫の姿を、広間のどこかで笑いながら見ているのだろう。
宰相は捕えられたシルバー姫を舐め廻すように見つめると、仰々しい声で告げる。
「このシルバー姫は、大貴族令嬢でサルファー王子様の元婚約者という身分ですから、一生涯修道院で監禁が妥当でしょう。
しかし問題がありまして……、どこの修道院もシルバー姫を引き受けたくないと申しております」
「修道院は法王の娘である義母様の言いなりです。私を助けてくれるわけありません」
長い髪を切られても光り輝くような美しさで、シルバー姫は宰相をにらみ返した。
「この場で法王様まで批判するとは、この娘はもはや救いようがない。
大罪人は最下層の辺境の鉱山奴隷に身を落とし、自分の犯した罪を償うのだ。
しかし慈悲として、シルバー姫、お前を私の屋敷奴隷にしてやろう」
「貴方は私の母方の、始祖の血が欲しいだけ。
それなら、私は辺境の奴隷を選びます」
自分をいやらしい眼つきで見ていた宰相に、シルバー姫は即答した。
魔法千年王国の言魂での契約は絶対で、その瞬間宰相はシルバー姫を自分の奴隷とする事は不可能になる。
「クソ生意気な娘め、よくも私の慈悲心を踏みにじったな!!
それなら奴隷としての扱いをするまでのこと。
お前は契約通り、辺境の鉱山で生き地獄を味わうがいい」
怒った宰相は、兵士に命じてシルバー姫を乱暴に地面に押し付ける。
「お待ちください、宰相様。
このシルバー姫は、僅かではありますが魔力を持っています。
魔法学園での成績は最下位の酷い成績でしたが、とてもズル賢く、他の生徒を手足のように扱いました。
ですからここは用心のため、魔法封印を施した方がよいでしょう」
地面に顔を押しつけられた哀れなシルバー姫は、目の前の黒装束の男を信じられないという表情で見る。
嗜虐的な笑みを浮かべながら彼女を眺めていたのは、魔法学園の師匠。
黒装束の男は王子の方を向いて、小さな木箱の中から闇を閉じこめたような黒い腕輪を取り出した。
「サルファー王子様、この魔法千年王国で魔力を失った魔法使いは、人間以下として扱われます。
これは魔王の魔力を封じたと言い伝えられる『ニジョウノ腕輪』。
さぁ、この腕輪をシルバー姫にはめてください」
「まさか、先生だけは私の味方と思っていたのに。
嫌ぁ、それだけはやめて!!」
「サルファー王子様は、我々魔法学園に多額の援助を行うと約束されたのです。
なので出来の悪い生徒は必要なくなりました」
これまでなんとか冷静を保っていたシルバー姫は、腕輪をはめられると取り乱し泣き叫び、その姿を見たオレンジ姫は扇で口元を隠しながら微笑んだ。
しかしサルファー王子はオレンジ姫の変化に全く気付かず、兵士たちに吐き捨てるように命じる。
「ではシルバー姫の大貴族の身分を廃し、大罪人として辺境の鉱山送りにする。
早くこの女を王都から追い出せ!!」
こうして奴隷に身を落としたシルバー姫は、罪人護送馬車に押し込められると、王宮から辺境の地へと連れて行かれた。