その騎士は
サーシャの朝は遅い。毎日明け方近くまで店を開けているからだ。
丁度昼になるくらいに起きる。若干酒が残った状態で起きるのはいつもの事。
飲んでいた常連は、次の日の朝も元気に漁へと出掛ける。サーシャはそんな常連達のタフさには驚くばかりであった。
「んんん~!あーだるい!」
と言いながら、身体を伸ばす。ベッドから起き上がるとカーテンを開けた。外は今日もいい天気だ。
外の風景を見ながら、サーシャは昨日の事を思い出していた。
昨日のあの騎士は酒を一杯飲み終えると、金をカウンターに置いて静かに去っていった。
あまり会話もせず、何も聞かずに帰っていたどこかの国の騎士。
「名前くらいは聞いとけばよかったか。・・・まあ、どうせもう会う事もないだろうし・・いいか」
結構いい顔してたんだよなあ、と少し残念に思うサーシャだったが、知った所で身分が違う。どの道これ以上は交わる事がないんだ、とそう考え直してまたいつもの日常に戻った。
サーシャの一日は、その日の酒場で使う食材や酒の調達から始まる。なじみの店へ出向き、たわいのない会話をしながら品物を買っていく。何件かある店の一つの店主と話をしていると、昨日の騎士の事であろうか、サーシャに話をしてきた。
「サーシャ見たかい?えらい立派な鎧を着けた騎士様を。身なりも顔も随分と綺麗で、あたしゃ久しぶりにどきりとしたねえ」
「見たもなにも、昨日うちの店に来たわよ。あまり話さない人だったけど。こんな小さい町に何しに来たのかしら」
「なんか、人探ししてるって隣の奥さんは言ってたよ。詳しくは聞かなかったけど」
「人探し・・ねえ。誰か犯罪人でも追ってるのかしら・・・。ここはまだ平和だけど、他の国では争いが耐えないっていうし。いずれにしろ、物騒ね」
サーシャは店主から物を受け取る。
「ありがとう。はい、これお金。おばさん、夜はしっかり戸締りね」
「サーシャも気をつけるんだよ。あんたはただでさえ綺麗なんだから」
「ははっ、お世辞どうもありがと。・・・まあでも、夜の仕事だし。何かあったらそれはもう運命として受け入れるしかないね」
どこか諦めたような、自分を悟ったようなそんな表情を浮べ、サーシャは店を後にする。
店主はそんなサーシャを心配そうに見つめている。
サーシャはどこか自分の人生を諦めたような、いつどうなっても構わないような、そんな発言をする事が多かった。きっと過去に何かあったのだろう。明るく振舞っていても、サーシャの後ろにある黒い影はいつまでも消えることなく纏わり付いている。
「サーシャ」
酒場へと帰る途中で後ろから声を掛けられる。振り向くとそこには、この町に来たときから親しくしているリムがいた。
リムはサーシャと同じ位の青年で、親と一緒に漁業をして生計を立てている。リムはサーシャの事が好きでプロポーズされていた。だが、サーシャは断る。私はあなたが思っているような人間ではない、私は誰とも結婚する気はない、と。それでも諦めきれないリムはサーシャの良き友人として親しくしていた。
「あら、リム。今日はもう終わり?」
「ああ、捕った魚も全て売れたし。それより、騎士の事聞いたぞ。昨日店に来たんだって?」
「ええ。一杯酒を飲んだだけで帰ったわ。特にそれ以外何もなかったけれど」
「そうか。ならいいんだけど。まだこの町にいるらしいから」
「へえ。そうなの。でも、私達には関係のない人でしょう。じきにいなくなるわ」
サーシャはそう言うとすたすたと足早に酒場へと向かう。リムは、サーシャが抱えていた酒をひょいと自分の手元へ運んだ。
「手伝うよ。重いだろ」
「いつもありがと。助かるわ」
リムが仕事が早く終わったときはこうやってサーシャの手伝いをしてくれていた。リムはとても優しい。リムのプロポーズを断っても変わらず、良くしてくれるリムにサーシャは嬉しい反面、戸惑いもあった。
酒場へ着き、カウンターに買ったものを置く。リムも酒をいつも常備している場所へと置いた。
「ありがとう、リム。もう後は一人で大丈夫よ」
「なにか困った事があったら、気兼ねなく言えよ。俺はずっとお前を助けてやるから」
「・・・・・」
サーシャは何も言わず、カウンター横にある小さな厨房へと姿を消す。リムは切ない表情でサーシャを見つめた後、その場から立ち去った。
リムの気持ちは痛いほどサーシャには伝わっている。でもサーシャにはそれを受け入れる事が出来ない。
「ごめん・・・。リム」
ぼそりと、サーシャは呟いた。
カランと、扉のベルが鳴った。その音にサーシャははっとする。
まだ店を開ける時間ではない。リムが戻ってきたのだろうと、厨房から出た。
「どうしたの?なんか忘れ――・・・」
サーシャの言葉が途中から消えた。
目の前には昨日のあの騎士が立っていた。
昨日は薄暗い店内ではっきりとは見えなかったが、陽の光が窓からその騎士を照らしている。
目にかかる位のさらりとした前髪から覗くアイスブルーの瞳。その瞳がサーシャを捕まえて離さない。サーシャは身動きが取れなくなって、向かい合わせで立ち尽くしていた。
「ようやく・・・。ようやく見つけたよ。リリィ。・・・リリィ・ウィルヘルム・グランライン」
サーシャはその名前にびくりと身体を震わせる。
どうして、どうしてその名前を・・・・!!