001 篠原柊 一
「おはよう」
「おはようございます」
「ちょっとはマシな顔つきになったわね」
「…」
「酷かったんだから。君の顔」
「顔、ですか…」
「諦め、後悔、疲労、そんなようなものが綯交ぜになった暗~い顔。君みたいな若者がする顔じゃなかったわ。欲求らしい欲求も消えてたんじゃなくて?」
「はい。おなかすきました」
「あはは。食べさせてあげるのはいいんだけど、この時間ここら辺じゃ飲み屋ぐらいしか開いてないわね」
「えあ。こんな時間ですか。帰らないと」
「泊まっていってもいいわよ」
「…いえ、朝一の配達がありますから」
「そう。それじゃコンビニで買い食いでもなさい。暖かいものを食べるのよ」
「はい。そうします」
「ごめんなさいね。ここは食べるものをおいてないから」
「いえ…ありがとうございました」
「いぃえぇ」
「あの…」
「なにかしら?」
「…あんなこと。だれでにもしてるんですか?」
「いいえ。君だからしてあげたことよ。でも理由は訊かないでほしいな」
「…わかりました。また、会えますよね?」
「私は逃げも隠れもしないわ。またいつか、遊びにおいで」
「はい。ありがとうございます。それでは」
学生服姿の少年。名を篠原柊といい。天涯孤独の身を朝夕晩の自身の労働を持って支える高校二年の苦学生である。同輩とともに過ごす時間すらまともにない、一人になってからの三年の月日は若い心身を蝕むに十分な時間であり、勤務先の食堂に訪れた怪しげな女、麻宮にふらふらと連れ出されるまでにその認識力を低下させていたものだ。
ふらふらと誘い出されるままにその居室に立ち入り、手ほどきを受けて眠った数時間は柊少年元来の利発さを取り戻すに足る安らかな一時であった。
寒い冬の夜の道を音も無く歩く柊少年が今にして思えば、
「限りなく怪しい」
女性なのである。
さりとて、柊少年が麻宮と過ごした一時の価値は変わるものではなく、柊少年自身も自身に奪われるものなど何も無いと思っているから、単純なめぐり合わせの好意であろうと柊少年は落着したのだ。
間違いなく心を奪われているのであるが。