[七夕小説]デネブのささやかな願い事
「じゃあこれ、あいつに渡してくれ」
「うん、わかった」
私は笑顔で目の前にいる清彦から手紙を受け取った。その便箋には羊や牛といった動物たちが可愛らしく描かれていて、高身長の男子が使うには少しギャップがあった。
「毎週毎週、ごめんな」
清彦はすまなそうに目線を下げた。
別に謝ることではない。頼まれることには慣れているから大丈夫、と私は彼が変に気にすることがないように笑いかけた。
「それにしても、大変だねー清彦も香織も。毎週毎週交互に手紙書いて、面倒くさくないの?」
「仕方ないだろー、あっちがケータイ持ってないんだから。だからといって連絡とりあわないのも嫌だし、休日に会うのは俺が忙しくて無理だし……」
「会えるのは年に一度、バレンタインデーだけだし、でしょ?」
私は清彦の言葉を遮って続きを言った。何回それを聞かされてきたか、もう覚えつつあった。
「他校の相手と付き合うのって大変ねぇ……気にしないとはいえ、あんたらぐらいよ、私をこんなに使うのは。いくら幼なじみだからって」
「だって毎週だすとなると切手代が大変なことになるし……それに使えるもんは使っとかなきゃな!」
「その言い方なんかムカツク」
清彦と香織、そして私は幼稚園からの友人といういわゆる幼なじみという間柄だ。
だけど小学校にあがると香織は地区の関係で私と清彦とは離れてしまい、三人でいられるのもここまでか……と、一度は諦めたがしばらくして香織が私の通っている学習塾へ入会。私を中継して遊ぶ約束などしていた。私は三人でいられることがとても嬉しかった。
――そう、その『三人』という人数がヤケにひっかかり、私は清彦に想いを伝えられずにいた。
「好き」という、年頃の男女のほとんどが持つであろう感情。私がこの気持ちを伝えたらいつもの三人ではいられなくなる、そんな気がしたからだ。
だから言えなかったというのに……。
二人は私の知らない間に、いつのまにか付き合っていた。
告白したのは、香織からだという。
初めてのそれを二人から聞かされたとき、それはそれは驚いた。
打ち明けられたときは「私の方が先に好きになったのに!」と少女漫画にありがちな感情を抱いたものだが、気持ちを伝えた結果付き合うのに順番待ちのようなルールはない。
恋愛は、先に勇気を持って自分の想いを伝えられた方が勝ちなのだ。言ったもん勝ち、というやつだろう。
香織の好きな人が清彦だって知らなかったし、きっと香織も私が彼を好きだなんて知らなかっただろう。今思えば香織と恋バナというものはした事がなかった。
何故かはわからないが、失恋したというショックよりも私の知らないところで事が進んでいた、ということの方がショックだったような気がする。私達三人の間に秘密なんてないと思っていた。あの時は二人の前ではなんとか堪えてて、家に帰ってから泣くに泣いたんだっけか。
失恋したからといって、私の清彦に対する想いが変わるはずもなく絶賛叶わぬ片思い中だと言える。
それなのにあいつときたらこんな私の気持ちを知りもせず、「会いたいなぁ」なんて平気でのろけてくる。実に残酷なやつだ。
「はあ……約束もせずに毎週会えるなんて文月が羨ましい」
そう言って椅子の背もたれ部分にだらけるように寄りかかる清彦。お腹に食い込んで苦しくはないのだろうか。
「あんたも入る? 私の通ってる学習塾」
もちろん冗談である。清彦はそのままの状態で「俺は体を動かすのがいいのー」と嫌がった。
一年に一度しか会えない、か……。
「まるで織姫と彦星ね」
小さい声でぼやいたつもりだったが彼に聞こえてしまってしまっていたようだ。
「織姫と彦星? 誰が?」
清彦が顔をあげた。
「香織とあんたが」
「お前いきなりロマンチストになったな。織姫と彦星っていや、明日は七夕か」
そう呟くと何か考えるように机に肘をついた。
「清彦は何をお願いする?」
「香織とずっといられますようにって」
「のろけはもう結構」
清彦のお願いを聞いて、胸のどこかがうずくのを感じながら私は笑った。
「さーてと、部活行くかな」
清彦は自分に気合いを入れるように勢いよく立ち上がると鞄と部活用のバックを手に持った。
「頑張ってね」
私が声をかけると「おう!」と元気よく返してあいつは教室を出ていった。
その笑顔は、とても眩しかった。
塾をおえ、無事に清彦の手紙を香織に渡すというミッションをクリアした私は帰路についていた。
夏の空はもうすっかり暗くなっていて、生温い風が木々を揺らした。
清彦の手紙を受け取った香織は頬を桜色に染め、静かに喜んでいた。
それはとても可愛らしい、いかにも女の子な反応。
あの子は本当に可愛い。男子のみならず女子にも人気があるほどだ。
見た目というのもあるだろうが、中身もいい子で私は彼女と友達で本当によかったと思う。
悔しいが清彦がのろけるのも分からなくもない。
「でも、やっぱり複雑だなあ」
二人の文通が始まるきっかけは、香織が私を通して清彦宛の手紙を預けたのが始まりだ。
最初はまだ心の整理がついておらず、何回二人の手紙を破って捨ててしまおうとしたかは分からない。
でも二人とも私の大切な人なのだ。引き裂くなんてことは出来なかった。
私は二人の友人らしく、温かく見守ることにしたのだ。
でも、それは言い訳にしかならないのかもしれない。
私はただ、いろいろと理由をつけて告白しなかっただけだ。
自分に自身が持てなくて、勇気が出なかったただの臆病者だ。
今だって別に恋人になれずとも、想いを伝えるだけならできるはず。なのに恐くてそれができずにいる。
清彦に何と言われるか、どんな反応をされるのか、それが恐い。
既に相手がいる男に告白する、友達の恋人を奪おうとする最悪なやつだと思われたくない。それが本心だ。
きっと、香織も恐かっただろう。どんな言葉を返されるか、期待と不安でいっぱいだったと思う。でもあの子は負けず、勇気をだして見事自分の気持ちを相手に伝えることができたのだ。
「恋敵と仲良くしてるのって、なんか変なの」
私はふと、空を仰いだ。そこには輝く星たちが楽しげに瞬いていた。
「あれが天の川かな……? 理科で星の授業とかしたなー」
小学校のころ、私と清彦、そして香織は学習発表会で七夕の物語についてまとめて発表したのを覚えている。紙人形と星図を使ったあの発表はなかなかに好評だった。
「織姫と……彦星」
清彦に聞かれてしまったあの言葉を思い出す。
あの二人がベガとアルタイルというのなら、私は白鳥座のデネブだろうか。
二人の手紙を届ける、白鳥。
「あ、でも七夕の話にでてくるのはカササギだっけ」
じゃあ私はどこにも当てはまらないな。ここでもひとりなのかい、そうツッコミをいれたくなった。
「まったく酷いよなぁ、織姫も彦星も」
夏の大三角では仲間なのに、七夕となると途端に外されてしまう。
白鳥座の気持ちも知らずに。
なんでだろう、今日はひとり言が多い気がする。
私はケータイを開き、明日の天気を表示する。そこには雲のマークと傘のマークがついていた。降水確率は50パーセント。
「うーん、微妙」
七夕に降る雨、それは『催涙雨』と呼ばれていて、織姫と彦星の流す涙だと言われている。
「明日、雨降らないかな」
ちょっとした憂さ晴らしにでもしたい。
そんな最悪なことを考えながら、私はポケットにケータイをしまった。
私のこの想いは天の川に流してしまおう。
ギリギリになってしまいましたが、七夕のお話でした。
読んでいただき、ありがとうございました。