異世界×人造モンスター
「やってらんねー・・・。」
その人物『広瀬』は椅子に座って大きめの木のテーブル突っ伏しながら呟いていた。
場所はトミラーテ王国酒場『鷹の爪』、朝からそこそこ賑わっているその場所で広瀬はやる気のない一言を呟き続けてふいた。
「こらー!ヒロセ!椅子に座ってんだから何か注文しろ!?用事がないならどきなさい!」
いつの間に近くにいたのか、給仕をしていた少女から罵声が出てきた。
彼女の名前はイリーナ、この酒場の看板娘でいつも勝気な性格で損をしている少女だ。
他の客からの注文を捌きながら中々辛らつなことを言われた、広瀬は動くのも億劫という感じで顔を上げる。
毎日見ている目がくりっとしていて赤い髪をツインテールにしているイリーナが動きながらこちらに視線を向けてくる。
器用なもんだなー、と変な関心をしながら彼女に答える。
「そう言うなよ、イリーナちゃん。こちとら仕事が急にキャンセルになってやる気出ねぇんだよ。畜生、今回の仕事は中々割の良い仕事だったのによ。」
煮え切らないままブツブツ文句を言う広瀬にイリーナはキッと睨む。
「そんなの関係ないでしょ!?ていうかそんな暗い雰囲気出さないでよ。お店に人が来ないじゃない!」
広瀬はぐるりと店内を見回して、
「普段からあんま賑わっていないんだから、関係ないn
カカカカッ!!
「それ以上言ったらお店の置物になるわよ。」
突っ伏していた机にナイフやらフォークやらが突き刺さっている。
イリーナはドスの聞いた声を出しながら右手にはどこから取り出したのか包丁を手にしている。
やたらおっかない。
そんな姿見せられた広瀬はというと。
「調子こいてすんませんでした!!」
即座にジャンピングDO☆GE☆ZA☆を敢行し許しを請う。
はっきり言ってかっこ悪い。
「分かればよろしい、それで朝食はどうするの?」
「いつものをお願いします!!」
分かったわ、と言うと厨房の方に行った。
姿が見えなくなって、DO☆GE☆ZA☆から椅子に座ってガクブルしながら待機している。
(コエーよイリーナちゃん。何あれ、鬼に睨まれた感じってこんななのか?)
先の視線を思い出し背筋が寒くなりながらふと思い出す。自分がなぜこの地にいるのかを。
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広瀬は段ボール箱を抱えながらちょっぴり薄暗い廊下を歩いている。
それは彼のいつもの風景、入ったばかりで雑用をこなしながらちょくちょくある小さい仕事(とは名ばかりの肉体労働)をこなしていた。
今、運んでいる荷物は『変人博士』と言われている人物に届ける物だ。
広瀬は面識は無く、出来れば一生縁の無い方が良かったと思いながら歩く。
だらだらと考えて遂に目的地にたどり着く。
ゴクリと喉を鳴らしながら覚悟を決めて入る。
自動ドアの向こうには薬品が棚に並んでおりそこらには何かしらの部品が散乱している。
置くの法にはやたらでかい卵型の機械を見てしきりに頷いている白衣を着た白髪交じりの中年がいた。
(あれが変人博士か。とっとと荷物を置いて帰ろう。)
「えーと、博士?事務のほうから荷物を預かってきました。ここに置いときますねー。」
そう声を掛けながら傍にダンボールを下ろしそそくさと部屋を出ようとする。
だが、そうはいかなかった。
「ん?おお!君。良い所に来た。ちょっと付き合ってくれ。」
声を掛けたせいで注意がこちらに向いてしまったようだ。これは不味い
「え?いや、まだ他の仕事が・・・。」
「そんなのは他のやつらに任せとけ。安心しなさい、君はその中に入っていればいいだけだから!」
いや全く安心出来ない!!
そう考えている間に卵の中に入れられてしまう。
「・・・これ一体何の機械なんですか?」
じたばたしても始まらないと思いこの機械について聞いてみる。
そうすると予想外な回答が帰ってきた。
「良く聞いてくれた!これは私の長年の研究の成果、次元転送装置だ!!」
はい?
あまりにぶっ飛んだ内容に広瀬の思考回路が停止した。
そんな広瀬に構うことなく変人博士は説明を続ける。
「本来はただの空間転送にする予定だったのだが、それではつまらなかったためスケールアップして次元を超えられるようにしたのだ。いや大変だったよアッハハハハ!」
アッハハハハじゃねーよ!
なんてことしようとしてんだよ。
な、何とか逃げないと。
「あー。申し訳ないんですが実は彼女との約束があるんですが。」
嘘である。
本当は彼女なんていないのだが少しでも躊躇すれば良い。
「ふむ、そうなのか?だが安心してくれ異世界でもきっとかわいい彼女が出来るぞ?」
ダメだ!効果ないどころかこっちの意思が傾いた。
一瞬それいいかも、と思ったがいやいやと頭を振り別の方面で攻める。
「実は、あまり親孝行していなくて今日の仕事が終わったら一度実家に変える予定なんですが・・・。」
「うーむ最近の若者にしては中々しっかりしているな。よろしい、ならば実験が成功した暁には金一封と銅像を送ろうきっと喜ぶぞ。」
いらねーよ!っていうか何で銅像なんだよ?
あれか?彼は人類の尊い犠牲になりましたってか?
本格的に洒落にならない、こうなりゃ無理やりにでも
「それでは行くぞ、ポチっとな。」
古!古すぎるよ博士!?
何て思っていたらウイーンとこれまた古臭い効果音出しながら、バチバチと火花が散りだしている。
「装置の起動中に変なことをするなよ。爆発するし半径二十キロは吹っ飛ぶからな。」
う、うわーー!!!!!!
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とまあ、そんなわけで今に至る。
まあ、最初は大変だった。
森の中で目覚めればいきなり鶏冠の生えた熊に追っかけられて二日間逃げまくった。
逃げられたのは俺が崖から落ちて川に流され湖に着いたからだが、今度はアナコンダかと思うくらい大きなヒルに囲まれたときはさすがに諦めそうになった。
それでも火事場の馬鹿力のおかげか何とか囲みを突破し陸地に上がりそのまま気絶した。
今思えば寝てる間に襲われなかったのはホンと幸運だったな。
気がついた後は湖から流れている下流の川のほうへと移動した。
山を降りながらこの町を見つけたときは本当に涙が出た。
はやる気持ちを抑えて慎重に下山した。
門の近くまで来て俺はポケットから翻訳機を出した。博士が入れてくれたものらしく、他には無線機も入っていた。
こちらとあちらを繋ぐハイテクな無線機でちゃんと通じていた。
何とか無事を伝えてたらこの世界のことを良く調べてくれと言われた。
イラッとした。
逆にこちらにキャンプセットやライターなどの便利グッズを頼んだ。
それ位頼んでも罰は当たるまい。
ただ、通信できるのは決まって月に一回のようだった。
なんでも、世界が隣同士にならなければ使えないとの事。
繋がっただけでも万々歳だ。
その後この町に入り、冒険者ギルドで冒険者の登録を行い暮らしている。
信じられるか、これもう一月くらい経つんだぜ。
「はい、お待ち同様。朝食Aセットでーす。」
回想にふけっていたら朝食が来た。
いつも食べている黒パンにサラダとハム、少し薄めのスープ。この献立は値段が格安で初心者冒険者なら一度はお目にかかる典型的な朝食だ。
「いただきます!」
黒パンに食いつく、相変わらず硬いのでスープと一緒に流し込む。
サラダとハムを一緒に口に運ぶ。
もしゃもしゃと咀嚼しながら今日の予定を考える。
(仕事はキャンセルになったからまたギルドに顔出して、依頼を見るか。討伐系や警護系はパスだな、時間かかるから。採取系は論外だ俺にはみんな同じ草にしか見えないから、日雇いの仕事ととか簡単なやつを探すか。)
食べ終わる頃に考えがまとまり食休みとっていた時、誰かが騒がしく入って来た。
「た、大変だー!!アイアンボアの群れがこっちに向かってくるぞ!」
一瞬の静寂の後、他の客から怒号や悲鳴が挙がる。
アイアンボアは名前の通り鉄の頭を持つ猪だ。
だが、侮ってはいけない。
その突破力は騎馬以上なのだ。
前に行軍中の軍にアイアンボアが一匹つっこんだ事があり、矢や槍は効かず楯を構えてもそのままぶち抜いていくほどだ。
十匹一斉の突進で村一つが潰れると言われている。
「どの位の数の群れだ!?どれくらい猶予がある?」
俺がそう聞くとみんな一斉に黙った。
そこが重要だ、数しだいで対応が変わってくる。
「数は百匹以上、後半刻も無い!!」
あちこちから絶望の声が上がる。
百匹なんて中々見かけない。
というかそんなでかい規模なのになんで今頃発見されたんだ?
知らせてくれた人の話ではもともと少数のアイアンボアの群れがあって、偶然一箇所に固まったときにこれまた偶然天敵が出てきてそのまま逃げる延長線上にこの町があるとの事だ。
天敵のほうは何匹か食った後帰って言ったそうだ。
近くで採取中だった冒険者がそれを目撃してギルド緊急通信を使って報告したと。
こういう場合罠やちょっとした落とし穴で足止めしてそこを集中攻撃するのがセオリーだが、時間が足りない。
この町は城壁がはあるが軍事的な防壁ではなく単に侵入されないように作られているため防御の面では不安しかない。
打って出るにしてもこちらは町の衛兵で五百人、冒険者三百人合計八百人では逆にこっちが返り討ちにあう。
もはや打つ手は無い。
みんな座り込んでしまった。
唯一人を除いて。
広瀬は実は持っている、この危機を脱する方法を。
(あれ使えば何とかなるけど、ダメだあれは自爆のようなもんだし何より後が大変だ。それなら俺だけ逃げてどこか別の場所で働けばいいじゃないか。)
そんなことを考えていたが回りを見るとみんな悲壮な表情で俯いていたり、子供の泣いている声やぐずる声に逃げ出そうとしていた自分が酷く醜く思えた。
(クソ。あっちの老夫婦なんかもう死ぬ覚悟決めてるし、『今まで楽しかったですよおじいさん』『ワシもだよばあさんや』とかやってるし!)
逃げ出そうとしていた意思がぐらぐらと揺れてあっけなく崩れる。
本来彼は優しい。
その優しさが自分に不利なる事もあったが。
彼はそれでも優しさだけは捨て切れなかった。
(はぁ。やるしかないか)
周りとは違う悲壮な顔で覚悟を決める広瀬。
傍らにはイリーナがいた。先ほどの話がショックすぎたのかへたり込んで心神喪失一歩手前な表情をしている。
「イリーナはい、これ朝食の代金。」
イリーナの手にお金を無理やり握らせる。
「え?ヒロセ?」
わけが分からずぽかんとしている。
それはそうだろ。こんな危機的状況にしていることではない。
「出かけてくるよ。」
「ど、どこに?」
出口に向かっているときにイリーナはそう聞き返す。
いつの間にかみんなこっちに注目している。
「ちょっとそこまで。」
店を出た後一直線に城壁のほうへ移動する。
他の住人にはつむじ風が起こった位にしか感じないのか広瀬のハイスピードには気づかない。
城壁に着くとジャンプで登りアイアンボアが来る方向を見定める。
水平線の方に大規模な砂埃が見える。
予想より早かったようだが間一髪間に合った。
と先客の衛兵に見つかった、
「貴様何者だ!?」
それを皮切りに他のところから続々と応援が駆けつけてきたが構っていられない広瀬は腕につけていた黒のブレスレットを掲げた。
するとブレスレットが一瞬赤く光黒い霧が広瀬を包む。
周りの衛兵も突然の事態に戸惑い誰も動けなかった。
黒い霧が広瀬に吸収されるように収束していく。
収束が終わるとそこには全身黒タイツに身を包んで頭には狼の模様の付いた黒いマスクを被った広瀬がそこにいた。
「悪の秘密結社、ブラックポーン。結社のために敵を粉砕する!」
そう広瀬が前の世界で働いていた場所は悪の秘密結社。
いわゆる怪人や怪獣を操って世界征服を企む組織なのだ。
広瀬はその中の下っ端戦闘員だ。
周りが理解を超えた展開に一同ポカーンとしている。
一方広瀬のほうも羞恥心に心の中で悶えていた。
(は、恥ずかしい!!何で周りに見られている状態からしか変身出来ないんだよ。普通逆だろ!!しかも決め台詞言わないと変身すぐ解除されるってドンだけこだわってるんだよ!?)
恥ずかしさを誤魔化すように城壁を飛び降りてアイアンボアの群れに突進する。
ぶつかり合う瞬間を見ていた衛兵はあの訳の分からない奴は踏み潰されるんだろうと思った。
しかし、現実は違った。
ぶつかって跳ね飛ばされたのはアイアンボアの方だった。
まるで子供が投げた玩具の様に次々と飛ばされていく。
アイアンボアの方も広瀬の力をまの足りにして暴走が止まり、一斉に広瀬を攻撃しだした。
その中で一匹だけ体躯がでかい奴が群れの輪から外れてこちらを見ていた。
(あいつがこの群れの臨時のボスって所か)
そうと分かれば話は早い。
他の奴らからの攻撃を無視してボスに突っ込んでいく。
ボスの方も予想をしていたのか、鼻息荒くして向かってきた。
すさまじい音がしてかち合う。
広瀬のほうが押されていく。
(チクショウ。ウエイトのほうではあっちの方が上か。なら・・・!!)
押されっぱなしだったがそれは唐突に終わった。
遠めで見ていた物にはただ止まったようにしか見えなかったが近くで見ていたら驚愕間違いなしだったろう。
ボスの体が浮いていたのだ。
数センチほどだが確実に浮いていた。
いくら巨体で力が強くても地に足が着いていなければ力は十分に出せない。
(グッ・・・!!さすがに重い)
ブオオッ!!
驚きの声がボスからでる。
成体になった後持ち上がるどころかかち合う相手もいなかったボスであった。
そのため負けることが無かったが今ここで初めてボスは負けたと思った。
それもこんな小さな人に。
「おおおおりゃあああああ!!!!!」
遠巻きに見ていた群れにブン投げる。
地鳴りをたてながらボスは気絶し多くの仲間も巻き込まれて潰れた。
残りは散り散りに逃げていった。
町のほうには一匹も向かっていない。
それを確認した広瀬は森の方へ走って行き姿を消した。
残った衛兵や町の人々は信じがたい光景を見ていたせいかまるで演劇でも見ているような感覚だった。
しかし、一人が呟いた。
助かったのか?
町のあちこちで声が上がる。
助かった。助かったんだ!
呟きは徐々に大きくなりやがて歓声へと変わった。
この日町に一つ伝説が出来た。
黒い衣をまとった勇敢なる英雄の伝説が。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「もうやってらんない!!もう町には戻れないし、蓄えていたお金は宿に置きっぱなしだし。他の雑貨品も置いてきちゃったし。見られてたから冒険者ギルドでも手配されるだろうし。また一から、いやそれよりなお悪い。」
黒い衣をまとった勇敢なる英雄こと広瀬はブツブツ愚痴りながら森の中で変身を解除せず歩き続けている。
他の敵からの奇襲を警戒してのことだった。
その時無線機から声が聞こえてきた。
「やあ、久しぶりだね元気かい?」
忘れるはずも無い変人博士からだ。
「は、博士!?あれ?もう通信可能時刻でしたっけ?」
「うむ、実はさっきから連絡していたのだが中々出てくれなくて無視されているかと思ったぞ。」
どうやら戦闘中に通信してきたようだ気づかなかった。
「すいません。博士、こちらも色々立て込んでまして。」
「まあ、事情は次の機会にでも聞かせてくれ。今日は前に受け取った君の要望についてだ。」
前に色々頼んだやつだな。
「あれですか。何時来ますか。」
「もうそちらに送ったから、その辺りにあるはずだが・・・?」
そういって周りを見渡す。
あの卵形の機械は見当たらない、あったら絶対に目立つ。
と、近くの木の根元に小さな箱が置いてあった。
ちょうどオルゴールのような箱だ。
「博士、小さな箱ならありますけど・・・。」
いくら何でもあれはない小さすぎる別のやつだろう。
そう思いながらも箱を拾い中を空けてみる。
中にはHBの鉛筆が数本入っていた。
「おお!それだよ。いや、上のほうに掛け合ったんだがどうにも予算が下りなくてな鉛筆ぐらいしか送れなかったんだよ。次の転送ではまた何か入手するから待っていてくれ、それでは通信終了。」
プツッと通信が途切れた。
しばらく呆然していた。
俺は無線機にこう叫んだ。
「ふじゃけるなぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
怒りのあまり嚙んでしまった。
俺の異世界生活は前途多難だった。