9・かけっこは苦手です
運動会のシーズンがやって来た!
最近は5月くらいにやるところもあるみたいだけど、わたしはやっぱり秋がいいと思う。
先生の吹く笛の音に合わせて旗を振る。
うちの幼稚園では、園児の旗体操が例年の恒例になっている。
正直なところ、全く揃っていないけれどそこはご愛嬌。
練習後の麦茶うまうまー。
体に染み通るようですよ!
ぷはーと口許を拭っていると、ふと隣の子達の会話が耳に入った。
「うんどうかい、パパがくるって!」
「うちも! パパとかけっこのれんしゅうしてる 」
……うーん。
うちに父はいないから、できない会話です。
母はわたしの父について、何も教えてくれない。
わたしも敢えて触れないようにしている。
まあ、まだ幼稚園児だからね。
中身はいい年だけどね!
一個問題を思い出した。
運動会の種目である親子リレー。
親子で障害物競争をするのだが、父親と参加するのが一般的らしいのだ。
わたしの他にも母と走るであろう子はいるので、それはまあいいのだが、どうやら母も予定が合わないらしい。
保護者がこられない子は先生とというのがお約束だが、どうやら母は少し気にしているようです。
その事を思い知ったのは、運動会の当日のことだった。
朝、いつも通り平和な朝御飯風景に似つかわしくない人物が、アパートの部屋を訪ねてきた。
母に招き入れられた男を見て、わたしは顔をひきつらせた。
何故あなたがここにいる!
「お早う」
見覚えのあるオールバック、カジュアルだが大人な私服に身を包んだ文人登場です。
救いを求めて母を見やれば、文人に大きい弁当箱を手渡している。
ま、まさか。
「ミア、神宮寺さんと一緒に運動会に行ってね」
いやーっ!
一回彼を頼ってしまった母はどうやら吹っ切れたらしく、申し訳なさそうにしながらもわたしと文人を部屋から送り出した。
ワガママを言えなかったわたしは、仕方なく幼稚園へと足を向ける。
文人は後ろからついてきた。
付かず離れず程よい距離感が憎い。
幼稚園へとたどり着いてすぐ、ななちゃんがやって来た。
「きょうのおべんと、うさぎさんなのー」
ニッコリ笑う顔に癒されます。
ななちゃん大好き!
開会式があって、運動会が始まった。
カメラ係に任命されたらしい文人が、大真面目な顔でわたしの勇姿を撮影している。
わたしは気にしないことに決めた。
競技はどんどん進んで、あっという間に親子リレーの時間になった。
当然のように文人はわたしの隣に立つ。
手を繋ごうとしてきたので、ぺいっと振り払った。
「ミア、しょうぶだ!」
スタートラインでたまたま横になったゆうとくんが誘ってくる。
ゆうとくんのパパは、Tシャツの似合う爽やか体育会系でした。
うん、納得。
よーいどんの掛け声で、皆が一斉に駆け出す。
頑張って走っていると、ひょいっと腕を掬われた。
あれ、と思う間もなく体が抱えられた。
何事!?
瞬く間に文人の肩に乗せられてしまう。
これって肩車じゃ。
「行くぞ」
走り出した文人の速いこと。
わたしは慌てて文人の頭にしがみついた。
長い足でひょいっと障害を飛び越えた文人は、パン食いのところだけわたしに譲ったものの、全ての課題をスマートにクリアして一番でゴールしました。
わたし、唖然。
先生方、呆然。
わたしたちの様子を見た他の子達が、自分の父に肩車をねだりだしている。
クラスメイトのパパさん方、ごめんなさい。
心なしかドヤ顔の文人の髪をかき回してやった。
ちなみに。
次の年から親子リレーでの肩車が禁止になったとかならないとか。