8・アイスならいくつでも食べられます
夏空にもくもくと入道雲が立っている。
飛行機雲が空を駆けていく様子を見ながら、わたしは縁側で転がっていた。
ずび、とはなをすする。
夏風邪は馬鹿がひくと言いますが、まさかわたしがその馬鹿だったとは……!
二日前に熱を出し、現在下がらない微熱と格闘中のわたしです。
山は越えてしまったので、あとはひたすら怠いだけなのですが。
しかし暇です。
わたしは今、自宅を追い出されている。
熱を出したわたしを抱え、母は困ってしまったようだ。
丁度仕事の納期が重なってしまったらしい。
修羅場というやつですね!
仕事から手が離せない母は、苦肉の策として家の電話に一件だけ登録されている人に連絡を取った。
やって来たのは、スーツをビシッと着込んだ男性だった。
30歳くらいかな?
オールバックに揃えた髪には一筋の乱れもない。
わたしの美形レーダーが反応している。
こいつは危険だ!
わたしの直感がこの人に関わるなと訴えかけてくる!
久々に前世の悪夢を思いだし、1人じたじたとしている間に、母とその人の間で話がついたらしい。
その人はおでこに冷えピタを貼っているわたしの前にしゃがみこんだ。
「初めまして。俺は神宮寺文人。今日は俺と一緒に行こうな」
行くってどこに?
というか、あなた誰ですか?
いや、名乗られたけども。
離れてなるものか! と母にしがみつくわたし。
文人の差し出された手が、しばし行き場を失ってさまよった。
「ミア、ごめんね。ママどうしても手が離せないの。だから神宮寺さん家に行っててね」
むう。
むうぅ。
ママの邪魔になるのは本意ではないのですよ。
わたしは渋々、お泊まりセットを抱えた文人の車に乗り込んだ。
辿り着いたのは、なんと赴きのある日本家屋だった。
お手伝いさんとか出てきて、その度にびっくりするよ!
なんというか、見た目通りだなぁ。
文人って、いいところのお坊ちゃんという感じがするし。
よく母はこんな男の連絡先を知っていたなと思う。
こうしてわたしは、この立派なおうちでダラダラすることになったのです。
ご飯は温かいおじやが出てくる。
柔らかめに作ったそれが、超絶美味しい。
デザートは小さなアイスをつけてくれる。
火照った体にアイスが非常に美味しい。
……別にご飯で懐柔された訳じゃない。
訳じゃないが、アイスをもう一個つけてくれたら検討しなくもない。
文人は朝晩わたしの様子を見に来る。
ご機嫌とりなのか、片手に見舞いの絵本などを抱えて。
絵本というのがミソだよね。
安易に女の子の好きそうなぬいぐるみとか選ばないところが。
縁側に寝転がったまま、わたしはその辺に放ってあった絵本に手をのばした。
パラパラとめくってみる。
どうやらファンタジーな内容らしいが、これってバッチリ漢字が入ってるよね?
普通幼稚園児は漢字が読めないんじゃない?
どういう意図をもって彼がこの絵本を選んだのか気になったが、すぐに忘れた。
不意にふっと手元が暗くなって、仰ぐとオールバックの顔が覗き込んでいる。
「面白い?」
面白いです。
旅に出たアーサーの行方が気になって仕方ないよ!
でもそれを言うのは癪だなぁ。
本を広げたまま逡巡していると、くしゃりと頭を撫でられた。
3歳の子供相手なのだから、大した意図もないのだろう。
けれどその時の優しい表情に、わたしは言葉を失った。
「明日には熱も下がるだろ。お母さんが迎えに来るってさ」
明日には母に会える!
わたしのテンションが上がったのがわかったのだろう。
小さく笑った文人に、わたしはあっかんべーをしてやった。
なんだか調子が狂うなあ。
その原因は、深くは考えないことにした。