19・貴方はいったい誰ですか
どうでもいい話だけど、文人の車は国産のSUVである。
真っ黒でツヤツヤした車体にこだわりを感じる。
文人はあんまり口数が多くないけれど、静かな主張は欠かさないよね。
連れてこられたのは、ホテルらしきリッチな建物でした。
車を降りたところで逃亡を図ったわたしは文人に捕獲されて、小脇に抱えられた状態で最上階まで連れていかれた。
ううう。
酷いですよ!
もっと幼児に優しくても、バチは当たらないと思うよ!
フロアの中に入ったところで、ソファの上に下ろされた。
周りを見回したわたしはふわあぁと目を丸くした。
きらきらのシャンデリア。
ヒラヒラしたドレスを身に纏う人々。
笑いさざめく声が空気をゆらゆらと揺らしている気がする。
そして脚の長いテーブルの上に、ずらりと並ぶ料理の数々!
うわぁうわぁと感動していると、再び文人の腕に捕まった。
「ケーキは後だぞ」
むっ、心外です。食に目が眩んだりしませんよ。
頬を膨らませていると、誰かが文人に向かって歩いてくるのが見えた。
見上げると、おしゃれスーツのダンディなおじさんである。
「こんにちは、神宮寺の坊っちゃん」
「松堂さん」
ショウドウさん。聞いたことのない名前である。
どういう字を書くんだろう。
ショウドウさんは文人の隣に座るわたしに目を止めた。
まじまじと見つめられたので、反射でニコッと笑ってみる。
するとショウドウさんもにこりと笑った。
「神宮寺くん、結婚したんだったかな」
「俺の子じゃないですよ。怜人の娘です」
……レイト?
わたしの記憶が正しければ、うちの母の名前は彩夏で今までレイトなんて名前を聞いたことはないけど……。
『れーいと』
『何』
『何でもないよー』
『……何だよ』
不意に、耳の奥で誰かの声が甦った気がして耳を押さえる。
この世界では知らないはずの声。
レイトって……誰だっけ?
「ミア?」
声をかけられて我に返った。
文人が怪訝そうに顔を覗き込んでいる。
おっと、全然話を聞いていなかったよ!
「こんにちは、ショウドウさん」
とりあえず、笑顔で挨拶してみた。
挨拶は大事ですからね!
「……明月くんの娘とは思えないな」
「それは俺も思います」
また知らない名前が出てきた。話の流れからして、わたしの父(?)のことだよね。
でもアキヅキって、わたしの名字は平田のはずだけどな。
考えていると、のびてきた手に頭を撫でられた。
「楽しんでいきなさい」
挨拶してショウドウさんが離れていく。
隣の文人を見上げると「ミアの遠縁に当たる人だ」と説明が加えられる。
遠縁。これも初登場の言葉である。
わたしが知る限り、わたしと母に今まで親戚付き合いなるものはなかったと思う。
文人が何故わたしを連れてきたのかはよく分からないけど、説明が欲しいよ。
ぐるぐると考えていると、文人がぼそりと告げた。
「もう少し頑張ったら好きなケーキ食べていいぞ」
途端に全てどうでもよくなった。
どのケーキを食べてもいいの?
じゃあ、あそこのサヴァランがいいな!
「洋酒のケーキは駄目だ」
先回りして釘を刺された。がっかり……。
いいように転がされている気がする今日この頃。