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18・釣られたわけじゃないですよ?

 月曜日、我が家に立派な封書が届いた。

 うちは母が在宅で翻訳の仕事をしているので、仕事関連の手紙や書類は頻繁に届く。

 しかし、こんな郵便物は初めてですよ。

 銀縁の真っ白な封筒に達筆で宛名書きがしてある。しかも封筒は蝋で閉じてあった。封蝋に押されているのは、もしかして家紋ですか。


 封を切った母は、手紙を読んで困った顔をする。

 しばらく迷っている様子でいたけれど、やがて意を決したようにわたしを呼んだ。


「ミア、日曜はお休みよね」

「うん」

「美味しいご飯を食べに行きたい?」

「ごはん?」


 心引かれる響きである。

 美味しいご飯と言われては、興味がわいてきますよね!

 だって育ち盛りですから。


 わたしが期待に目を輝かせていると、母は「制服でいいかなぁ」と呟いた。

 それって何の話?


 次の日、母と買い物に行った。

 普段は行かない百貨店で、着せ替え人形よろしく次々と試着させられる。仕舞いには子供服売り場の売り子さんも巻き込んで、服を選ぶ。

 余所行きのワンピース一枚を選ぶのに、小一時間も掛かった。

 後には満足げな母と、ぐったり疲れたわたしが残された。


 買い物は、もちろん好きですよ?

 でも今日ばかりは、もうたくさんです。


 そして(きた)る日曜日。

 母によってカスタマイズされるわたし。

 最初はご飯に釣られていたけれど、今はひしひしと迫る嫌な予感に苛まれている。

 悲しいかな、わたしはおしゃれして行くようなご飯には縁のない暮らしをしているもので。


「ママ、今日はどこいくの?」

「うーん、そろそろ」


 何処となくそわそわしている母は、上の空である。

 ピンポーンと軽快なチャイムの音が2DKの我が家に響き渡ると、母がいそいそと玄関に向かった。

 後から追いかけたわたしは、玄関のドアの向こうに佇む人物を見て、げっと立ち竦んだ。


「神宮寺さん、今日はお願いしますね」

「ミアちゃんをお預かりします」


 礼儀正しく挨拶を交わしているのは、安定のオールバック文人である。

 普段からかっちりしたスーツ姿であることの多い彼だが、今日は明らかに仕立ての良いスリーピースのおしゃれスーツである。ネクタイは藍染の物らしい。

 背が高く、姿勢がいいのでよく似合っている。

 文人は立ち竦んでいるわたしに気がつくと、しゃがんでこちらに手をのばした


「行こう」


 わたしは母の後ろに隠れた。

 救いを求めて母を見上げる。


「ママもいくよね?」

「ママは仕事があるから、留守番してるよ」


 ノー!

 それって騙し討ち!

 確かに一緒に行くよと明言はしてなかったですけどー!


 わなわなと震えるわたしを前に、母たちは


「ごめんなさい、普段はワガママ言わない子なんですけど」

「気にしてませんよ」


 なんて会話を繰り広げている。

 ショックを受けていると、ニュッとのびてきた腕がわたしを抱えあげた。


 やーっ! やーだー!

 行きたくないよ!


 じたばたと抵抗するも、文人に封じられる。

 リーチの差はどうにもならないのです。


 耳元で、文人が笑う気配がした。


「ケーキ食べ放題だぞ」


 耳打ちされて、わたしはピタリと抵抗をやめる。

 ……ケーキですと?


「アイスもあった筈だ」


 わたしは大人しく文人の腕の中に収まった。

 仕方ない。行ってやろうではないですか。

 アイスの誘惑に負けた訳じゃないよ?


 こうしてわたしは文人と共に、お出かけすることになったのでした。

 ちらりと(よぎ)った嫌な予感を、わたしは気にしないことにした。

 人生に甘味は必要だよね、うん。

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