15・お花見に行きませんか
なんやかやで季節は巡り、わたしは年中さんになりました。
うちの幼稚園は三年制なのである。
クラスは持ち上がりなので、今年もさくら組です。
子供の一年て大きいよね。
新しく入ってきた年少組を見るにつけて、そんなことを思う。私たちもあんなに小さかったんだなぁ。
前世でも、前々世でも下の兄弟がいなかったわたし。
年下の友達ってあんまりいなかったんだよね。今度は仲良くなれるといいなぁ。
小さい子のぽよぽよのほっぺには、幸せが詰まっていると思う。
わたしがスキップで自宅に帰ると、母が台所を漁っていた。
流しの下からお尻と足だけが覗いている光景がちょっとシュールだ。
普段母が流し下の収納を使うことはない。
わたしの家は小綺麗なアパートの二階で、家族向けの物件らしく部屋数はあるのだが、ドアを開けておくと台所までがすこーんと丸見えになってしまう。
「ママ?」
「ミア、お帰り」
流しの下から母が現れました。
さらりとしたボブの髪が、何時もより乱れている。
「ただいま。何してるの?」
「探し物。この辺にしまったと思うのよね」
ないなあとこぼした母は、再び流しの下に消える。
いったい何を探しているのでしょう。
「おやつはテーブルの上よ。手を洗ってらっしゃい」
促されてわたしは手を洗いにいく。
ついでに着替えも済ませて戻ると、テーブルの上に巨大な物が鎮座していた。
何これ。
「ママー……」
「ミア、唐揚げとか好きよね。後はポテトサラダとか……」
「なんのはなし?」
デーンと鎮座ましましているのは、弁当箱です。
しかしサイズがやたらと大きい。何と四段重ねだ。
ファミリー向けなのだろうが、これはやりすぎだと思う。
我が家では使いこなせない逸物だ。
こんなものが何でうちにあったのかな。
「理央ちゃんたちとお花見にいくのよ。お弁当を作ろうと思うんだけど」
お花見ですとな。
どうも花見と言われると飲み会という印象が強いけれど、母の話によれば、公園仲間の親子数組で集まって桜のきれいな公園に遊びに行きましょうということらしい。
予定では今度の土曜日らしいけれど、張り切った母は探し出した弁当箱を前に、詰めるおかずについて考え込んでいる。
わたしは弁当箱のふたを開けてみた。
新品じゃない、よね。
きれいに洗ってあるけれど、使った形跡がある。
これ、一体いつ使っていたのかな。
これを一緒に使うような、アウトドアなお友だちにはお会いしたことがないのだけれど。
聞いてみたいけれど、ちらりと見上げた母はコロッケとか肉巻きと呟いており、心ここにあらずだ。
まあいっか。
わたしはおやつのプリンに手をのばした。
容器のふたを取ってひっくり返し、皿にあける。
プルプルと震えるそれを食しながら、週末に思いを馳せる。
桜は今八分咲きくらいだから、週末には満開になっているだろう。
楽しみだなあ。
わたしはうきうきと心を踊らせた。
春は好きだ。
昔はそうでもなかったけど、いつからこんなに好きになったんだっけ。
ふと、そんな何気ないことが気にかかる。
……いつからだっけ。思い出せないや。
すごく大事なことだった気がするんだけど。
感じた微かな引っ掛かりは、おやつを食べ終わる頃にはどうでもよくなっていた。