第5話 嘘も誠も話の手管
4月1日・・・世間一般ではこの日はエイプリルフールと呼ばれ、暦の上ではまったく何の起原もないが嘘をついても良い日だと定められている。
ここ異世界ノアもエイプリルフールの風習が根付いており、エイプリルフールのない世界から来た燕国の天神も今日この日、どんな嘘をつこうかと思案中だった。
ことの始まりは数日前、まだこの世界に来てから日の浅い地神がこの世界にもエイプリルフールがないかと聞いてきたことであった。
もちろんあると答えたが、せっかくなので4月1日当日に皆で嘘つき合戦でもしようという話になった。ルールは簡単、誰がうまく騙せるか、一番うまく騙せた者には賞品として優勝者には皆で焼肉をおごるという賭けもした。
フォーミラは焼肉自体は興味はないが黙って騙されるのも我慢ならない、やるからにはトップを取るという気構えであった。
「さて…どんな嘘をつこうかしら…まずは小手調べに部屋に入ったら知らない人がいた、という話にしましょうか」
それはどちらかといえばホラー話を類のような気もするがファーミラは早速このネタを話そうと居間のふすまを開けた。
そこにはサングラスに長髪に髭と指にはサポーターをつけ杖を持ったスーツ姿の知らない男が座っていた。
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「落ち着けミラ、キミの相方ハム太郎さんだよ」
彼女に足を踏まれながら答えたのは普段は作務衣姿のはずのボロボロにされた公太郎だった。
「なんでそんな格好をしていますの?」
「いやホラ嘘つき合戦をするんだから、まずは形から入ろうと思って」
「だからなんでそんな格好になるのか答えになっていませんわ!」
「おやミラ様、おはようございやす。コウ様はなぜミラ様に踏まれてるんでやすか?」
同じふすまから部屋に入ってきたメイベルが神たちに挨拶をした。
「あら、おはようメイベ…ル…」
フォーミラが振り向くと普段はポニーテールにメイド服のメイベルが今日に限って髪を下ろし巻き毛にした割烹着姿の出で立ちでたっており、フォーミラはたまらず質問をした。
「メイベル・・・その格好は?」
「いやホラ嘘つき合戦をするんだから、まずは形から入ろうと思って」
「だからなんでそんな格好になるのか答えになっていませんわ!」
「まあそんなことより新しいお菓子を作ったので味見を、オレンジ寒天の中に緑茶寒天を包んだ、スタンダードなプルッとした寒天、略してスタップ寒天でやす」
「アウトー!アウトですわー!」
「何なんですか?騒々しい」
そういうと今度はバーバラと偽平助が居間へと入ってきた。ただしバーバラは公太郎と同じサングラスに黒スーツの格好、バーバラと同じ体格の偽平助が割烹着の格好で。しかし同じ格好をしているメイベルと未だファーミラに踏まれている公太郎の姿を確認すると、部屋の中には入らずそのままふすまを閉めようとした。
「・・・失礼しましたー」
「待てい!」
「まったくエイプリルフールはコスプレ大会じゃありませんのよ」
ファーミラが辟易した表情で言う。現在この居間には5人中4人がとある人物のコスプレをしているのだから。
「ちょっと聞いてますのハム太郎!」
「何も・・・聞こえない・・・」
「いや聞こえていますわよね?」
だが公太郎はまるで聞こえていないかのように呆然としているだけで何も答えず、代わりにメイベルが答えた。
「どうやら聞こえないフリをしているようですね、なんといってもグラサンに長髪でやすから」
「耳、関係なくね?」
「そんな時こそこのスタップ寒天、この万能寒天を食べれば…」
メイベルは先程作った寒天を公太郎の前に差し出すと、公太郎はおもむろに一つ、つまんだ。すると公太郎は何か驚いた顔になると両手で両耳をすましたポーズをとった。
「耳が・・・聞こえる・・・」
「何この茶番?」
するとこの茶番を見ていたバーバラがポンと手をたたいた。
「確かにこうすればお互い都合が良くなりますね」
「何の話をしてますの?都合が良くても信用がまったくありませんわ!」
怒鳴るファーミラに耐え切れず偽平助は申し訳なさそうに頭を下げた。
「許してほしいでごわすフォーミラさま、ワシら少々ふざけすぎていたようでごわす」
「そんな平助が謝ることではございませんわ。では全員揃ったことですし始めましょうか」
偽平助が下手に謝ったことで溜飲が下がり、予定通り嘘つき合戦を始めることにした。嘘つき合戦というからにはもはや今から話す内容は嘘と分かりきっている、その為審査基準はいかにその嘘がありえそうな話であるかというルールを取り決めた。
「ではワタクシから行かせてもらいますわ」
まずはファーミラが一番手に名乗りを上げた。内容はさっき考えていたもので、部屋に入ると青白い顔をした知らない人がいたという話だ。やはりどう考えてもホラ話ではない。どうやら彼女は嘘というか創作といった頭を使うことは苦手なようである。この話に公太郎はこう締めた。
「それはきっとゴーストライターがいることをばらされて、どうしようかと苦悶していた作曲のできない作曲家だな」
二番手は偽平助で、ある日別人が知り合いに成りすましているという内容だ。これもやはりホラー話である。
「ふむ名のある作曲家が実は別人が作曲していたという話は聞いたことがあるな」
三番手はバーバラ、犯罪を犯した人間が顔を変え今ものうのうと生きているという話だ。
「確かに髪切ってグラサン外すとB’Zの松本から彦麻呂になってしまうよな」
次はメイベル、詐症で生活保護を受け取り普通に働くよりもいい暮らしをしているという話をした。そして公太郎が締める。
「聴力障害の認定検査って自己申告らしいな。なら聞こえてても聞こえないって言えば…」
「もう作曲家の話はよろしいですわ!」
たまらずフォーミラがさえぎった。
「何なんですのハム太郎?オチに作曲家を絡ませなければ気が済みませんの?そんなに焼肉が食べたいの?それともただの負けず嫌い?」
「負けたら陥落なんて言ってません。負けたら切腹とは言いましたけど」
「それ作曲家じゃなく追放されたボクサーですわ」
「わかったわかった、それじゃあ僕の話には耳が悪い作曲家もゴーストライターの話も出さないよ」
そういうと最後の番である公太郎は語りはじめた。
AちゃんとBちゃんはそれは仲の良い友達でした。二人は家も近所ということもあり毎日一緒に遊んでいました。しかしある日二人に突然のお別れが告げられました。Bちゃんが病気に掛かってしまったのです。Bちゃんは治療の為遠く離れた病院へ入院する為引っ越すことになりました。二人は大変悲しみましたがある1つの約束を交わしました。必ず手紙を出すからね。
それから二人は週一のペースでお互い手紙を出し続けました。そんな文通が数年続いたある日、Bちゃんの手紙のペースがどんどん遅くなっていきました。手紙に書かれた字も力尽きるようにどんどん崩れて行きやがて手紙が届かなくなってしまったのです・・・
それでもAちゃんはBちゃんに手紙を出し続けました。たとえ返事がなくても何通も何通も・・・
そして1年後とうとうBちゃんから返事が返ってきたのです。直前に届いた力ない崩れた字とは打って変わった、整ったまるで大人が書いたような字で・・・
文通が復活した数年後、大きくなったAちゃんはBちゃんが入院している病院がある街へとやってきました。大きくなったAちゃんは気付いてました、Bちゃんはもうおらず、おそらく母親がBちゃんに代わって手紙を書き自分に出し続けているということを・・・Aちゃんがこの街に来たのもBちゃんの家族にもう手紙は出さなくても良いと告げに来たのです。
しかし病院で再会したのはBちゃんの家族ではなくBちゃん本人でした、Bちゃんは生きていたのです。両腕を失いながらも・・・
あの手紙が一時途絶えた日、Bちゃんは治療の為両腕を失わなければなりませんでした。もちろん手術を受けたBちゃんのショックは計り知れないものでした。それでも彼女は立ち上がりました、Aちゃんの手紙を書くために・・・
その後Bちゃんは懸命にリハビリをし1年後Bちゃんは足の指で字が書けるようになりました、しかも大人が書いたような達筆で。
Aちゃんは強く胸を打たれましたBちゃんが自分のためにここまでがんばったことに、ならば自分はBちゃんに何をしてあげられるだろうか・・・
その後Aちゃんは必死に勉強を始めました。Bちゃんのような人を出さない為、何よりBちゃんがまた両腕を取り戻すことができるように…
「…そうして大人になったAちゃんが完成させたのが万能細胞であるスタ…」
「そっちかーい!」
「オボーッ」
公太郎の話が終わる前にフォーミラは彼を殴り倒した。
「良い話だと感動したワタクシが馬鹿でしたわ。結局オチはそれですか」
「いやそもそも嘘が前提の話じゃ…」
「だまらっしゃい!」
フォーミラが公太郎に追撃しようとすると。
「落ち着くでごわす。お二方」
偽平助が二人の間に割って入った。
「確かに今日はエイプリルフール、嘘をついても良い日でごわすが嘘をつくのもちゃんと相手のことを考えなければならないでごわす。
公太郎さまのように嘘をさも本当のことのように話せば、フォーミラさまのようにそんな嘘を信じ騙されたと怒る人もいる。ワシらは本当のことでも、たとえ嘘でも相手を不快な気持ちにさせず言葉を伝えなきゃいけないでごわす」
偽平助の説教に二人の神はバツの悪そうな顔をした。
「そうだよな・・・いくらエイプリルフールだからって他人を不快にさせる嘘はダメだよな」
「平助の言うとおりですわね。ワタクシはちょっとはしゃぎすぎていたようですわね」
二人の神も偽平助の言葉に同意する。
「じゃあ優勝はどうしやす?」
メイベルの問いに皆一斉に偽平助の方を向いた。
「まあ決まりでしょうね」
「ええ、平助はワタクシたちに大切なことを気づかせてくれましたわ」
「それじゃあ平助を奢らせてパーッと騒ぐか」
「では日も暮れたし行きやしょうか」
こうして一同は笑いに包まれながら焼肉店へ向かうのであった。
「ちょっと待てぇー!!」
だがそこへどこから現れたのか本物の平助が皆を呼び止めた。
「何?!平助が二人いるだと・・・」
公太郎は信じられない顔で偽平助と見比べた。
「なんで気付かないんだよ!どう見たって別人だろ!」
実は偽平助は本物の平助が用意したゴーストライター…もとい偽者であった。エイプリルフールということで皆を楽しませようと用意をしたのだが、誰もこの偽者にツッコミをせず、滞りなく話が進みそのまま話が終わってしまいそうなのでたまらず姿を現したのであった。
「まあまあ仕方ないわね、これは小説でしかも挿絵なんてないから本物と見比べられないし」
バーバラが興奮する平助をなだめた。
「どこが仕方ないの?!喋り方も全然違うし最初から偽平助と表記されてただろ」
「確かにいつもより何か太ったような気はしましたけど、でも緑だし別に問題はないかなって思ってましたわ」
「俺の識別そこだけ?!」
「でもこうして二人が揃ったら表記がややこしいので本物の方は(本物)と表記いたしやしょう」
「別にいらないだら!?」
メイベルの提案に平助(本物)は即座に却下をした。
「却下されてねーよ!いつのまにか(本物)と表記されてる?!」
「落ち着くでごわす。(本物)さん」
すると興奮する平助(本物)を平助がなだめた。
「皆さんも余り(本物)さんをからかわないでほしいでごわす。イレギュラーなのは間違いなくワシの方でごわすから」
「なんでお前も(本物)呼ばわり?ていうか気付けば偽がなくなってるし」
「これ以上(本物)さんには迷惑掛けられないでごわす。偽者は去らせていただくでごわす・・・皆さん、短い間でしたけどお話できて楽しかったでごわす」
そういうと平助は立ち上がり居間から出ようとした。
「ちょっと待てよ平助」
すると公太郎が去ろうとする平助を呼び止めた。
「賞品を受け取らずに帰るのかよ」
「賞品とはなんでごわすか・・・?」
「最初に言っただろ皆を1番うまく騙せた者は焼肉をおごってもらえるって、お前は見事、僕たちを平助だと最後まで騙せてただろ」
公太郎の言葉に皆ハッとした表情になる。
「そうですわ。勝者の証を受け取らずに去ろうなんてワタクシが許しませんわよ」
「元々平助におごるという話でしてやしね」
「帰るのならせめて食事が終わってからにしなさい」
「皆さん・・・ワシは・・・わしゃぁ・・・」
平助は耐え切れず嗚咽しはじめた。
「ほらほら泣かないで」
「ええ、平助は泣き虫さんですわね」
「それじゃあパーッと騒ぐか」
「では日も暮れたし行きやしょうか」
こうして一同は笑いに包まれながら焼肉店へ向かうのであった。
そうして居間に残された(本物)はただただ立ち尽くすのみであった。
「死のう・・・」
皆さん嘘をつくなら節度ある範囲で
(本物)はその後仲良く焼肉店に合流しました