第52話: 仕事と恋(終)
浩一のストレートな告白を受け入れた。
私が半年間彼氏を作らなかったのには訳があった。
周りのお水の子達を見ていると、彼氏がお水の仕事を嫌がっている。とか、彼氏には内緒にしているとかが大半だ。
今の私はこの仕事を第一に考えたい。
辞めろなんて言う人は、最初から論外だ。
増して内緒でするには限界がある。
内緒でするくらいなら私はお水を辞める。
私の仕事に対する情熱は自分でも驚く程だ。
浩一は私の仕事も分かって付き合ってと言うんだから、仕事への支障は無い筈。
これが浩一の告白を受けた理由だ。
『マジでいいの?』
浩一は私がOKした事を驚き喜んだ。
『うん!』
私も嬉しい。
浩一の事はこれから知って行けばいいし、何より彼氏が出来た喜びが大きい。
浩一の顔は私に近づき、私もそっとキスをした。
『俺マジ嬉しい…』
額を付けながら小さく呟いた。
私は素直な笑顔を返した。
私と付き合った事をこんなにも喜んで貰えるなんて女として最高の気分だ。
そしてまた唇を重ね、今度は熱いキス。
浩一に服を脱がされ、付き合った晩に体を重ねた。
それから毎日仕事が終われば浩一のアパートを訪れた。
最初の晩に合い鍵を渡され
『仕事が終わったら何時でもいいから来て』
と言われた。
1時に閉店した後、店の女の子や客とafterを楽しんでいたが、今は即帰りだ。
浩一が私に会いたいと思う様に私も浩一と会いたい。
次の日が仕事でも浩一は私の帰りを起きて待って居てくれる。
浩一は疲れて眠い筈なのに、ベッドの中でずっと私の話しを聞いてくれる。
何時も会うのは夜中で、昼間の仕事をしている浩一とは何処も行けないが、浩一と過ごす数時間が私の癒やしだ。
しかし、それも長くは続かなかった。
私は客のafterの誘いを断り続ける訳にもいかず、その日浩一のアパートに着いたのはAM.3時を回っていた。
部屋に入ると浩一は既に寝ていた。
『当たり前か…』
私は起こさない様そっと布団に忍び込んだ。
『俺ら一緒に住まない?』
そう浩一が言い出したのは、珍しくお互い仕事の休みが合った昼間だった。
『……』
私は答えることが出来ない。
返事は決まってる。
「一緒には住めない」
この言葉をどうやって言えば浩一を傷付けずに言えるか言葉を探していた。
『俺ら毎日一緒に居るのに居ないみたいじゃん』
確かに。
お互い会話はなく寝顔を見る毎日が続いている。
『一緒に住めば僅かな時間でも一緒に居れると思うんだよ』
真っ直ぐに向けられる浩一の視線から逃げれない。
『今は…駄目。ごめん』
『何で?』
直ぐ言い返された。
『今同棲しても浩一が嫌な思いをするだけだよ。客からの電話だって毎日聞く羽目になるんだよ』
『俺はそれでもいいよ…』
言葉とは裏腹、浩一の顔は曇り声が戸惑っている。
『私は嫌なの。浩一にはそう言う姿見せたくないの。私は今の関係でいたい』
私も口が達者になったものだ。
『…分かった』
浩一は渋々納得した。
浩一の私への想いはちゃんと伝わっていた。
私達の生活は相変わらずすれ違い。
けど、浩一は一度だって私の仕事に文句を言わなかった。
私と浩一の付き合いは寝顔の付き合い。
私が浩一のアパートへ行く頃には浩一は寝ていて、浩一が朝起きた時私は深い眠りに付いていた。
私は満足だった。
浩一の元へ帰れて、浩一と一緒に寝て、浩一に想ってもらえて。
会話の無い分浩一の事は理解出来ていないが、それも私は有りだと思った。
偶に休みが合い、一緒に居る時間が常に新鮮だった。
しかし満足してたのは私だけ。
『梓はもっと俺と居たいとか思わないの?』
浩一が珍しく起きて居たと思ったら、仕事帰りの私を迎え入れた第一声がこれだった。
『急に何?』
私はお酒が入っている事を良い事に煽ってこの場を流そうとした。
『はぁ〜疲れた』
私はベッドに倒れ込み寝る体勢に入った。
『梓。ちゃんと聞いて』
浩一は布団を捲り上げた。
…あぁウザイ。
単にそう思った。
私は昔からこういう真面目というか、深刻な話しは苦手で嫌い。
『だから何?』
体を起こし、思った以上にきつく言葉が出た。
浩一が一瞬顔を強ばらせたのを私は見逃さなかった。
…浩一がうざくて溜まらない。
私は今の付き合いに満足しているのに…。
最近目を合わせば『俺の事好き?』の連発。
嫌いなら一緒に居ないって!
浩一が今の付き合いに不満がある事は知ってる。
けど、付き合い方を変えようとするのなら、今度は私が満足しなくなる。
それなら私に浩一はいらない。
―惚れたが負け―
その通りだと思う。
お互いが満足する付き合いなんてない。
結局はどちらかが我慢するのだ。
それは惚れた方。
浩一が今が嫌なら別れたっていい。
私は今の生活全てを失いたくないからそれも仕方がないと思えるから。
だから、私も嫌になったら別れる。
そんな簡単な事なのに…。
『俺は梓が好きだから。一緒に居たいって思う訳……』
浩一は延々と自分の思いを話している。
私は壁にもたれ髪の毛を見ながらクルクルと回し、偶に相槌を打った。
しかし、浩一の言葉は私には届かなかった。
既に浩一を想うバロメーターはゼロに達していたから。
その場は浩一に合わせ話しを終わらせた。
共に、私の中で浩一は消えた。
私は珍しく朝早く起き、部屋にある私物を全て鞄に入れた。
テーブルに合い鍵を置き、そっと立ち上がり眠る浩一を横目にアパートを出た。
1ヶ月と3日の付き合いだった。
寝顔の付き合い。
浩一とちゃんと向き合った事…無かったなぁ。
浩一の好きな物。嫌いな物。私は何も知らない。
―さようなら。
情も愛情もない。
私が浩一を見る心は無だった。