第51話: 仕事と恋
水商売を始め半年が過ぎた頃には、見事に私の金銭感覚は変わっていた。
今まで欲しくても戸惑い、買えなかった洋服も何の躊躇もなく買える。
憧れだったブランド品も客が持って来てくれる。
それに男は腐る程毎日見てるし、ウザイ程言い寄ってくる。
とは言っても、この場をちゃんと理解してる。
本気で私を口説こうとしているのか…。
場の雰囲気で言っているのか…。
毎日何十人という男と会話をしていれば、それぐらいは分かる。
念願の一人暮らしも始め、私は今欲しかった物を全て手に入れた。
しかし仕事が終われば、華やかな夜の世界から一転、勿論誰も居ない部屋に帰るのだ。
初めは寂しさなんて感じなかったのに、徐々に仕事に慣れて行くに連れ、人恋しくなってきた。
仕事の疲れを癒やして欲しい…。
営業じゃなく、男性と電話したい。
誰かに
「お帰り」
「お疲れ」
と声を掛けて欲しい。
お水の世界に飛び込み半年。
男を切らした事のない私が半年間一人で過ごしてきた。
勿論セックスもしていない。
言葉じゃなく、キスで愛を感じたり。
手を触れ合い守られてると感じたり。
セックスをして、愛情を確かめ合い存在を感じたり。
『彼氏欲しいなぁ』
ふと恵里に漏らした。
『客で良い人いないの?私からしたら出会いが沢山って感じだけど』
今もまだ恵里は翔次を思い続けている。
でも翔次を見れば恵里と寄りを戻す事がないのは明白だ。
恵里も分かって、翔次を忘れ様とコンパに行き出会いを求めるが、なかなか良い相手が現れない。
それに、偶に翔次に誘われると会いたいものだから遂行ってしまい、誘われるが侭セックスをして、この温もりを離したくないと翔次を吹っ切れないでいる。
恵里は、常に男性と関わる事が仕事の私が羨ましいとさえ言う。
しかし、私は違う。
恵里が言うよな、仕事で出会いを求めてはいない。
仕事には私なりのプライドというか、ポリシーを持っている。
客は客。
彼氏は彼氏。
客に惚れたら負け。
中には客と付き合ったり、客と寝たりする子もいるが、私の中では御法度だ。
客と付き合えば、その客が店に来る事はなくなるだろう。
それにお金を出してまで自分の彼女を指名しないだろう。
付き合った時点で客が一人減ってしまう。
寝てしまえば、客は最終目的を果たし満足してしまい、それも客を減らす事となる。
客はどうしたら自分の女になるか、どうにかして墜とそうと店に足を運び女の子を指名する。
墜ちそうで墜ちない。
手が届きそうで届かない。
そう言う少し高嶺の花で居る事が、客を惹きつける魅力だと私は思っている。
だから私が客と付き合うなんて噸でもない。
そんな時、昔の男友達から連絡が有った。
私が男を取っ替え引っ替えしている時に付き合った男の一人だ。
『梓久しぶりぃ』
『久しぶり』
『最近何してんの?』
『今はキャバ嬢やってる』
『まじぃっ!?』
相変わらず軽いテンション。
昔からこの軽さは嫌だった。
『梓今彼氏居るの?』
『居ないよぉ。誰か紹介して』
『良かった。俺友達に女紹介してって言われてて。丁度良かったよ』
『え?』
社交辞令で言ったつもりが、本当に紹介の話しになっちゃった…。
そんな事で昔の男に男を紹介してもらう事になり、仕事が休みの今日会うことになった。
待ち合わせの居酒屋には既に居た。
『どうも!』
男は隣に座る様手を指した。
男の名は中条浩一。
同い年だ。
背は低めだが、濃い顔の男前だ。
『今晩は』
私は席に座った。
こんな処で私の仕事が役に立つとは思わなかった。
仕事柄、初対面の人と話す事に戸惑いも感じず、相手に話しを合わせ、店なら普通だろうが外に出れば此だけで好印象を与えるだろう。
同い年と言う事もあり会話は弾み私も心地良くお酒が喉を通った。
『そろそろ出るか?』
『そうだね』
時計の針は11時を指そうとしていた。
夜型の私としては、もう帰るのかと残念だが、初対面で帰りたくないと言うのは軽く見られると思い、浩一に従った。
『まだ時間大丈夫?』
『うん』
待ってましたと言いたい気持ちを抑え、敢えて冷静に答えた。
『俺見たいDVDあるんだけど、一緒に見てくれない?』
『良いよ』
即答だった。
店を出た後ほろ酔いの私達は一人暮らしの浩一のアパートへ向かった。
1ルームの片付けられた…というか余計な物がない部屋だ。
見えている物は、テレビにベッド。それに灰皿と立て鏡。
全て地べたに置かれていた。
浩一はベッドに座りテレビを付けた。
取り敢えず私は入り口に近いフローリングに座った。
浩一は見たいと言っていたDVDを付け、私達はテレビに夢中になり会話はなかった。
『梓ちゃん…』
『ん?』
思った以上にテレビに夢中になり話し掛ける浩一に目をやる事が出来ない。
『…こっちおいで』
その言葉にやっと我に帰った。
『…うん』
そっと浩一の隣に座った。
嫌じゃないから。
『俺と付き合って』
空気の様に自然で、言葉の意味を理解するまでに間が掛かった。
その言葉に恥ずかしささえ覚えた。
男性に恥じらいを感じたのは何年振りだろう。
この感じ新鮮だ。