第43話: 恵里
恵里は妊娠が分かり、私の居る前で翔次に電話をした。
翔次の返事は、とりあえず病院で診てもらえという事だった。
次の日、産婦人科に行く恵里に付き添った。
診察が終わり、待合室で待つ私の元へ恵里は戻ってきた。
妊娠は確かだった。
医師に妊娠を告げられた処で、私達に驚きはなかった。
前もって検査薬をしていたし、その時点で私達の中では妊娠は確定だった。
妊娠が間違いかもしれないという期待を持って来た訳ではない。
翔次に証明する為に来たのだ。
『これから先生の話があるの』
恵里はそう言うと、また診察場へと行った。
ゆっくりと話せる場所がいいと、病院の帰りにファミレスへ寄った。
医師と何を話したのか、気になったが恵里が話し出すまで私からは聞かないでおこうと思った。
『先生にね…』
恵里は話し出した。
『先生が、相手の人と良く相談して早めに結果を出しなさいって』
恵里は冷静だった。
『なら早く翔次と話さないとね』
私も冷静に答えた。
それから恵里は翔次に病院へ行った事を電話で伝え、翔次の元へ向かった。
私は恵里に何も言ってあげれなかった。
励ます言葉も、アドバイスも何も言わなかった。
産んだ方がいい…。
中絶した方がいい…。
そんな事は何も思わなかったから。
ただ、どちらにしろ恵里が後悔する結果にはなって欲しくない。
その為には、恵里が思うままに進んで欲しいと思った。
心からそう思う。
一方で、私は自分が不思議になった。
友達(真弓)を裏切り、利用した私がいれば、また友達(恵里)を労る私がいる。
どちらが本当の私なのか自分でも不思議な程分からない。
そして恵里から電話があったのは、夜中の1時だった。
電話の向こうで恵里は泣いていた。
隠すことも、我慢する事もなく、泣いてた。
私は察した。
恵里が望んだ結果にはならなかったんだと…。
『中絶』という言葉が頭をよぎるのと同時に、私が実際味わった光景が蘇った。
少し落ち着きを戻した恵里は声を引きつりながらも話し出した。
『翔次は…駄目だって…産んじゃいけないって…恵里はこれから大学にだって行くんだろ?将来の夢もある。今は産むときじゃないって…そんな事綺麗言だよ…』
私もそう思う。
翔次の言ってる事は綺麗言。
今恵里は必死で現実と向き合っている。
そんな時に綺麗言で誤魔化さないで欲しい。
自分を守ってる様にしか聞こえない。
…男ってずるい。
翔次より何倍何十倍も恵里は辛いのに。
それから一週間後、恵里は中絶した。
毎日泣いて、傷付いて、翔次を恨んだ事もあった恵里。
しかし、恵里は今でも翔次を好きだと言った。
そして、私はそんな恵里を止める事などしなかった。
翔次の事は最低だと思う。
そう思うのは、翔次が恵里を妊娠させたからでもない。
中絶させたからでもない。
恵里が辛い時に、自分を正当化し、辛さから逃げた翔次が私は嫌だったからだ。
でも恵里の気持ちは分かる。
自分がどんな辛い思いをしても、相手を最低だと思っても相手を嫌いになれない時もある。
私が慎悟を愛した様に…。
そして慎悟と別れてからも、別れて二年が経った今も、あれ程愛した人はいない。
そして何より、好きな人を友達に分かってもらいたい。
私が今翔次の事を軽蔑する様な事を言えば、恵里は傷付き二度と私に翔次の話しをしなくなるだろう。
友達に彼氏の話しをしたり、好きな人の相談をしたり。
それって凄く必要な事だと思うから。
『好きな人を我慢しなくていいよ。好きなら向かって行けばいい。良くても悪くても自分が選んだ道じゃん!後悔はないと思うよ』
私は恵里にそう告げた。
そして、自分自身にも…。