第41話: 決別2
真弓を追い込んでしまった罪悪感も、時が過ぎるにつれなくなっていった。
いつも三人で居たのに、私と恵里は真弓が居ない違和感よりも、三人が二人になった事で、前にも増して仲良くなった。
そして真弓が居なくなって私の生活は元に戻った。
茂貴中心の生活に…。
そしてまた今日も茂貴の迎えを待っている。
その時、久しぶりの人から電話があった。
菜奈ちゃんだった。
私が属するレディース沙童の現役の総長だ。
前総長の広香さん達の引退後、私が集会に顔を出したのは引退式の直ぐ後だけだ。
広香さんの居ない沙童に何の思いもない。
辞めようとさえ考えている。
それに、広香さん引退後、沙童を辞めるメンバーが後を絶たず、私が行った時の集会も寂しいものだった。
私もそれから後は、一回も集会に顔を出しておらず、菜奈ちゃんに後ろめたく感じていて、今この菜奈ちゃんからの電話に動揺している。
「…もしもし」
迷った末電話に出た。
「梓ちゃん…」
何故か、菜奈ちゃんの声は沈んでいた。
一方、私は菜奈ちゃんが怒っていない事にホッとした。
「どうしたの?」
何食わぬ顔で聞いた。
「沙童…解散するね…」
《解散》
菜奈ちゃんが落ち込むのも無理はない。
何年と代々続いた沙童を自分の代で解散させるのだから。
「そうなんだ…」
菜奈ちゃんと同様に寂しさを表す反面、本当は冷静だった。
こういう結果になることは分かっていた様な…。
それに自ら引退を口にする前に解散になって気が楽だった。
「どうして?」
一様、成り行きを聞いてみたが、やはり私の思った通りだった。
広香さん達の引退後、半数近いメンバーが引退を表明し、それでも、老舗のレディース沙童に憧れ新しく入ってくる者も居た。
しかし、長続きする者はいなかった。
沙童を鼻に掛け問題を起こす者がいたり、描いていた沙童と違うなど理由は様々だ。
早い話し、菜奈ちゃんが沙童を纏めきれなくなったのだ。
話し終えると私達は挨拶をし電話を切った。
電話を切る時の良くある普通の挨拶。
だが、最後の挨拶でもあった。
私にとって菜奈ちゃんは沙童のメンバーでは一番仲良くしてた子。
でも、プライベートで遊ぶ事もなければ、沙童の事以外で連絡を取り合う仲でもなかった。
だから、沙童がなくなれば自然と私達の関係も終わってしまうのだ。
菜奈ちゃんも思いは分からないが、私は、最後の思いで電話を切った。
私が、此処まで敏感に感じるのは、きっと親友だった真弓を失ったばかりだからなのかもしれない。
そして、私の別れはこれで終わりではなかった。
次の別れは、私自ら選んだ別れだ。
『俺ら…終わりにしよう』
『どうして?』
『俺は梓を幸せに出来ない』
『……』
『……』
『梓、俺の事好き?』
『…うん』
『こんな俺でもいいの?』
『…うん』
行事事の様に週に一回はこんな話しを切り出す茂貴。
私はいい加減うんざりしてきている。
きっと茂貴は私の微妙な気持ちの変化に気付いての事だろう。
正直、今の私の気持ちは茂貴から離れて行っている。
自分の気持ちも変化に気付いたのは、真弓と恵里が喧嘩し、私が毎日学校へ行き始めてから…。
私は茂貴と会う時間も削ってきた。
真弓の為…。
そう思っていたが、茂貴と会う時間が減るに連れ、私自身気が楽になっていた。
毎日ご飯が食べられて、ゆっくりお風呂に入れて、学校へ行く事で、毎日、恵里や真弓と話しが出来る。
そんな当たり前の事が出来なかった私には、当たり前の事が癒やしであり、とても幸せだ。
そして逆に茂貴に対し、今まで当たり前だった事が、当たり前に受け入れられなくなっていったのだ。
そして、欲も出てきた。
世間のカップルの様にデートだってしたい。
イベントの日には、何処かに出掛けたり、何か何時もと違う事をして思い出を残したい。
茂貴に対し今までなかった不満が出てきた。
正直今、茂貴の事を好きではない。
しかし、面と向かって
「好き?」
と聞かれると
「うん」
と返事をしてしまう。
けど、それではいけないと思い、ちゃんと茂貴に気持ちを伝えようと決心し、今日、今から茂貴と会う。
『…梓』
やはり何時もの様に茂貴が話しを切り出した。
しかし、私が頭で描いていたシーンとは全く違う事を言い出したのだ。
『俺仕事辞めようと思ってる』
何時も通りのセリフが来ると身構えていた私は少し動揺したが、素直に茂貴の言葉の意味を聞いた。
『どうして?』
『今の仕事じゃ生活がやっていけないから…』
確かに茂貴の生活を見ていたら納得だ。
『他に良い仕事あったの?』
茂貴は直ぐ答えず、私から目を反らし煙草を手に取った。
『俺ヤクザになろうと思ってる』
『……』
私は何も答える事が出来ず、下を向いた。
『梓どう思う?』
どう?って言われても……
私はゆっくり顔を上げ茂貴を見た。
茂貴は私の方をしっかりと見ていた。
しかし私は何も言えないでいた。
私はまた俯き、沈黙が流れた。
『俺がヤクザになっても付き合って行ける?』
茂貴は質問を変えた。
『…分かんない。でもヤクザは嫌』
私からやっと出た言葉だった。
『それは付き合って行けないって事?』
『その時にならないと分かんない。でも付き合っていく自信はない』
私は少し顔を上げた。
私の言った意味が分からないのか、茂貴は寂しく困った顔をしていた。
私も自分自身何が言いたいのか、突然の事で気持ちの整理が付いていない。
ただ、思ったままの気持ちを口に出しただけだった。
『ヤクザになったら付き合って行けないって事?』
これが茂貴なりの理解の仕方だった。
『…うん』
ヤクザだから?
ただ別れたいから?
理由はどれも混ざり合ったものだった。
ヤクザって言われてもピンとこない。
ただ私のイメージでは、決して良いものではなく、世界か全く違うものだと思っている。
かと言って、茂貴がヤクザになる、ならない以前に茂貴とは別れを決めていた。
黙り込む私に茂貴は事の経緯を話し出した。
一週間前、茂貴は梓を送り届けた後、友人の元へ向かった。
その友人とは茂貴の中学時代の悪友だったヨシトだ。
茂貴とヨシトは中学で知り合い、親友となり何でも二人一緒にやってきた。
煙草。喧嘩。シンナー。女。
不良真っしぐらだった。
中学卒業後、茂貴は高校へは行かず、暴走族に入った。
ヨシトは高校へ行ったものの続かず中退。茂貴とは別の暴走族に入った。
同じ道を進み、二人は相変わらず仲良が良かった。
18歳のとき二人は暴走族を引退し、その時初めて二人は別の道を選んだのだ。
茂貴は引退後、それまでしていた仕事一本になった。
ヨシトはヤクザになったのだ。
環境の違う二人の間に初めて出来た距離。
自然と遠縁になっていった。
その遠縁だったヨシトから
「話しがある」
と久々に茂貴に連絡があったのだ。
『単刀直入に言う。ヤクザにならないか?』
久々に会ったヨシトの言葉だった。
『話しはそれかよ!俺ヤクザは遠慮しとくよ』
すんなり断った茂貴だが、ヨシトは諦めなかった。
『ヤクザになれば、今よりもっと楽な生活が出来るぞ!』
このヨシトの言葉で茂貴の気持ちが揺らいだ。
現に、ヨシトの生活は優雅だった。
全身ブランドで固め、煌びやかなアクセサリーを付け、財布には万札が束になって入っていた。
そんなヨシトの姿を見て、茂貴は自分を馬鹿らしく感じた。
毎日朝から晩まで働いて、でも余る金処か、日々の生活も間々成らない。
それに比べヨシトは、自由気ままに過ごし、お金にも不自由せず、理想の姿に見えた。
『俺の兄弟になろうや』
ヨシトが兄貴分になる事に抵抗はあったが、優雅な生活に変えられる物はなく、茂貴はヤクザになることを決めたのだ。
茂貴は目の前にある煌びやかな世界に目が眩み、ヤクザになる事の迷いなどなかった。
ヤクザになっても梓は付いて来てくれる。
そう確信もあった。
しかし、梓の返事は茂貴の予想とは全く逆だった。
でもヤクザになるとヨシトに返事をしたし、ヨシトの組の親父で、行く行くは茂貴の親父になる人にも話しは回っている。
もう後には退けない。
ヤクザになるしかない。
俺が成功し、金を持つ様になれば、ヤクザを嫌がっている梓も、もしかしたら戻って来てくれるかもしれない…。
ヤクザが嫌なだけで、俺の事は嫌な訳じゃないんだから…。
『俺はもう決めたんだ…ヤクザになるって。それが梓が嫌なら別れるしかない。でも、俺は何時でも梓を受け入れるから…俺の元に戻りたくなったら戻ってきてほしい』
茂貴は真剣だった。
『…うん』
私はただ茂貴の話しを聞き頷いた。
私は結局自分の気持ちを茂貴に伝える事はなかった。
理由はどうであれ、別れという結果は梓が望んだ通りになった。
そして、茂貴は梓の本心など知らず、最後まで梓を信じ、別れという結論を出した。
二人の最後の日となって、二人とも涙を流し、別れた。
梓の涙は情だった。
茂貴との別れには何の未練もない。
茂貴の涙は愛情だった。
愛する梓と別れ、梓も自分を愛してると信じ、お互い愛し合ってるのに別れる悲しさ。
自分が選んだ道のせいで、梓を悲しませてしまったという後悔が入り混じっていた。
お互い気持ちがすれ違ったままの最後だった。