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第39話: 敷きたり

 広香さんが入院して早半月が過ぎ、広香さんの意識は戻り、順調に回復している。


しかし、体に負ったダメージは大きく、前の様に戻るにはまだまだ時間がかかるそうだ。

しかもまだ誰も面会を許されておらず、あの晩一体何が起こったのか詳しくは誰も知らない。


唯一今の情報といえば、次の日の夕刊に載った記事と、たまにある達也さんからの連絡だ。


夕刊に載っていると聞き、見ては見たものの、それはとても簡単なものだった。


《未成年集団リンチ。被害者重傷意識不明…》


探す事も難しい程に、何の情報にもならない小さく短いものだった。

達也さんから連絡があるものの、それは広香さんの様態の報告で、あの晩の事は口にしなかった。


『あの日の事は広香自身から言うまで待ってほしい』


そう言われ、聞くことも出来ないでいる。

 この事件の発端。遙は、あの晩をもって沙童を脱退となった。

その決断は翔子さん直々に下したものだった。


広香さんのいない今、沙童に遙を庇う人などいなく、寸なりと遙は沙童を去って行った。

広香さんや翔子さん達の引退式についても、何度も集会が開かれた後、翔子さんの意見でまとまった。


『沙童総長の広香がいない状態で、引退式を行えない』


他のメンバーも賛成し、予定していた引退式はなくなった。


 こうして広香さんの事やこれからの沙童の事で頻繁に集会が行われたり、私は達也さんから連絡が来る度に翔子さんに報告をし、板挟み状態になっている事で、茂貴と会う回数が減っている。


毎日一緒にいたのが、今は週二回会う程度。


茂貴も今の広香さんの様態や、沙童の状態も分かっている。だから、会えなくても理解してくれていると思っていた。

理解してくれていただろう…。


しかし、茂貴の誘いを断る事が続くと茂貴は苛立ち始めた。

しかし、その苛立ちを言葉に出す訳ではないが、私には分かった。


電話の向こうで微かに聞こえる茂貴の溜め息や声のトーンで。


『ごめんね…』


いつも、謝り電話を切った後、言葉とは裏腹な茂貴への思いが募ってくる。

…どうして分かってくれないの?

…出来る限りの時間は作っているのに。

茂貴に対して、自分が冷めていくのを感じる。


しかし、茂貴会うと私は冷めた思いを隠し演じるのだ。

茂貴を好きで好きで堪らなかったときの様に……。

茂貴の思いと、私の思いとの温度差を合わせる様に…。


何故そうしてしまうのかは分からない。

少しある愛情からなのか、情だけなのか……。


茂貴が悲しむ様な厳しい言葉を掛けられない自分がいた。




 春の風を感じる季節、広香さんは退院し、陽も明るい時に沙童の緊急集会が開かれた。




メンバーの前に広香さんは立ち、その横には翔子さん。

久々に見る姿にメンバーは湧き上がった。

『みんな、ごめん!』

広香さんは深々と一礼した。

その姿にメンバー全員言葉を失った。


広香さんは頭を上げると話し出した。


『みんなには心配かけて本当にごめん。みんなを巻き込みたくなくて…。でもあれが私の思い付いた総長としての最後の役目だと思ったから』


……最後?


広香さんは翔子さんと顔を見合わせ、翔子さんは頷き返した。


『今日をもって、私らは沙童を引退する』


急に告げられた

「引退」

広香さんが退院して間もなく、まだ先の事だと思っていたが、広香さんや翔子さんの中では決めていた事なんだと分かった。

メンバーの中には、戸惑いを隠せず、泣き出す子もいた。

でも、私は広香さんの言葉をしっかり受け止めた。

そして、大半のメンバーも私と同じ様子だ。


何時もよりも長く、走り続けた。

何時もよりも、激しくバイクは音を鳴らした。


 集会場に戻ると、広香さんが次の沙童の総長を決めた。

淡々と事を運んで行く中、私は広香さんの言葉など耳に入らなかった。



広香さん有っての沙童。

広香さんが居なくなる沙童に何の思い入れもない。


広香さんの引退と共に、私の気持ちから沙童がなくなっていくのを感じた。



そうこうしている間に、あの晩の真相を語られる事なく引退式は終わり、そして何時もの集会の様に翔子さんが解散の合図を出し、それぞれ、場を後にしだした。


……?

もっと名残惜しく残ったりしないの…?帰ろうとする次期総長の菜奈ちゃんを思わず引き止めた。


『…菜奈ちゃん…』

引き止めたものの言葉が詰まった。

「どうしてみんな帰っちゃうの」

ただこれだけの言葉なのに、言えない…。


何時も通り解散していく見慣れた風景なのに、その空気は確かに広香さん達を名残惜しみ、重いものだったから…。

言葉は言わずとも、菜奈ちゃんは私の思いを察してくれた。


『これも沙童の敷きたりなんだよ…。こうして何時も通り別れる…。だから…泣いても駄目…』


そう言う菜奈ちゃんの目は今にも涙が零れ落ちそうな程潤んでいた。

誰の目も止まらない所で沢山涙を流すのだろう…。去って行く菜奈ちゃんの背中を眺め、広香さんを振り返る事なく私も場を後にした。


…敷きたりなんて分からない。

しかし、沙童を愛する広香さんを、沙童の有るべき姿で、最後を飾って欲しいから。


広香さんが心置きなく引退出来るのであれば、この敷きたりに従おう…。

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