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第37話: 気付いてしまった思い


茂貴は洗いざらい過去の出来事を話してくれた。


今日、兄が来た理由も……。


最近、利息分の支払いが滞りぎみになり、金融会社は兄の存在を調べ、兄の元へも返済の請求に行ったのだ。


兄には家族があり、勿論、妻は何も知らない。


父の借金や、父、茂貴の存在までも知らされていなかったのだ…。


その場は、妻を誤魔化せたが、これ以上取り立てが来る事があると困る。

俺はもうこの家とは、縁を切った。

この家に居るお前が始末するのが当然だ。

人の幸せを壊す様な真似をするな。

迷惑だ。


兄はその事を言う為に、何年も近寄る事のなかった自宅に…、茂貴の元へ来たのだ。


…確かに俺はこの家に居座り続けている。

しかし、それは出たくても、出れなかったから。

それに、この借金は俺が作ったものじゃない!

親父が勝手に作っただけだ!

俺の親父だが、お前の親父でもあるじゃないか!

なのにどうして俺だけが……。



そう言い返す事も出来た。


でも茂貴には、言い返すだけの気力もなかった。

それに、兄には、妻と子供がいる。


茂貴は愛する家族を失い、その辛さを知っている。

だからこそ、兄の気持ちも痛い程分かる。


……俺には失うものは何もない。


そう思った茂貴は、兄に言い返す事を止めたのだ。


それは、この状況を一人で背負っていくという事だ。決意だった。



『だから…俺と居たら梓は幸せになれない。俺…梓に嫌われたくないんだ…。愛する人が去って行くのが嫌なんだ…。それなら、梓が俺の事を好きでいてくれている内に別れたいから…』


初めて見せた茂貴の弱さ。


『…それは茂貴の考えでしょ?…茂貴と別れたくないよ…私は茂貴を一人にはしないよ…』


こんなに弱りきった茂貴を一人にはさせておけない。

放っておけないよ。


私で出来るのならば、茂貴の辛さを和らげてあげたい。


茂貴の安らげる居場所になりたい。


茂貴の側にいよう。

そう誓った。



だから、私はクリスマスだからといって、真弓や恵里の様な楽しみはない。


茂貴と一緒ならそれでも構わない。


 私の状況を知らない真弓と恵里は、まだクリスマスの話題で盛り上がり、年上の社会人の彼氏がいる私を羨ましがっている。


真弓と恵里には茂貴の事情を話していないのだから、しょうがない。


此からだって話すつもりはない。


話したらきっと、茂貴との付き合いを反対されると思うから…。


茂貴を好きだから…と言う気持ちを言葉で上手く伝えられないと思うから…。


きっと真弓や恵里には、借金があり、出かける事も、食事を採ることも出来ない彼氏。

そういう印象でしか残らないと思うから。


友達には祝福されたい。

だから、茂貴の事情は言わない。

…此からも。



 12月24日

―クリスマスイヴ―


私は朝からケーキを作っている。

料理なんてした事のない私。

本を見ながら、見よう見真似で、精一杯作った。


クリスマスなんて関係ない。そう思っていたが、やはり私もクリスマスを感じたい。

贅沢なんてしなくていい、プレゼントも欲しくない。


でもクリスマスを茂貴と過ごしたという思い出を作りたいから。



私は冬休みだが、茂貴は仕事。

張り切って朝からケーキを作ったものの、会うのは夜だ。

夜までの時間を持て余していると…

携帯が鳴った。


広香さんだ。

今から会えないか?という電話だった。


茂貴と会うまで時間もかなりあるし、私はOKし、広香さんの迎えを待った。


広香さんのバイクの後ろに跨り、向かった先は広香さんの家(実際には達也さんの家)だった。


プレハブの部屋に入ると、中には達也さんがいた。

広香さんと達也さんは同棲している。


家を捨て、行き場を無くしていた広香さんと出会い、それから達也さんの自宅で一緒に住んでいるのだ。


正確には、庭に建つ六畳ほどのプレハブの部屋に住んでいる。


達也さんに挨拶し、部屋の中央にあるテーブルの元に座った。


広香さんは私の隣に、向かいのベッドには達也さんが座った。


いつもとは違う雰囲気。

和やかな空気ではない。


話しって一体何?


自然と私も強張った。


そんな重苦しい空気の中、広香さんが優しい声で言った。


『最近どうしてた?』


私を労る様に、優しい口調だ。


確かに、最近こうして、広香さんや達也さんと会うことがなかった。


茂貴と付き合い始めの頃は、よく4人で会ったりしていたが、最近では全くなくなった。


広香さんとは集会で顔を会わす程度。

ゆっくり話す事もない。


『茂貴と会う以外は特に何も…』


そう。

真弓や恵里と遊ぶ余裕も、広香さんと話す余裕もないくらい、私の時間は茂貴で埋め尽くされている。

学校が終われば、茂貴が迎えにくる。


学校に行かない日は、大抵茂貴の家に泊まった次の日。

帰る足がない私は、仕事に行った茂貴の帰りを日田すら待つ。


集会には茂貴の送り迎え。

集会後、メンバーと話す余裕もなく、茂貴の迎えは来る。


毎日毎日。何時。何分。何秒。私の時間は茂貴で一杯。




『茂ちゃんとは上手くやってるんだね』

広香さんの笑顔が何故か……悲しそう。


『はい』

広香さんが何故そんな顔で私を見るのか……。

ただこの空気を変えたくて、私は明るく返事をした。


その時、私の携帯がなった。


 着信は茂貴だ。

私は電話に出ることを躊躇った。


広香さんのところに来ている事を言っていない。



最近の茂貴は、会っていない時でさえ、私の行動を把握していないと気が済まない様になっている。

誰と何処にいくのか。

何時出て、何時帰るのか。


全ての行動を茂貴に報告しなければならない。


そう言われている訳ではないが、前に茂貴に言わず、真弓と遊んだときに凄く怒られた事があった。




その時の茂貴の怒り様は尋常ではなかった。


部屋中暴れまくり、乱暴な口調で私を怒鳴りつけ、壁を殴り、私の後ろの壁に灰皿を投げつけた。


体の震えが止まらない……。

私は泣きながら、何度も何度も謝った。

しかし、その声も茂貴の耳に入っていなかったのだろう…。

険しい顔で私に歩み寄ると、私の胸ぐらを掴んだのだ。


…殴られる。


もう今の茂貴を静める事は無理だ…。


覚悟を決め、胸ぐらを掴み怒りを露わにしる茂貴をじっと見つめた。


しかし、体の震えと涙は止まらなかった。


怒り狂っていると思ったら、今度は私を強く抱き締めた。



『…ごめ…ん。』


……?


茂貴の顔は見えないが、泣いているのか、私に触れる体が少し震えている。



『…愛してる…愛してるから…一瞬でも梓を離したくないんだ…』



茂貴の大き過ぎる愛を感じた日だった。


それと同様に、茂貴に恐怖を覚えた日でもあった。


だから、常に連絡を入れる様にしている。


あんな茂貴を見るのは嫌だから。

茂貴が怖いから。


何より恐怖で出る涙を見せたくないから。


悲しい涙。

嬉しい涙。


色々な涙があるが、愛する人が恐くて流す涙は一番嫌だ。



だから今、茂貴からの電話に素直に出れない。


茂貴に何も言わず、今こうして広香さん達といる。

この事を知ったら、きっと茂貴はまたあの日の様になるだろう…。



今は出ずに、寝ていたと後で嘘をつこうか……。



何時までも携帯は鳴り続けている。


携帯を握り締めたまま、戸惑っていると、広香さんが携帯を取り上げ、何の躊躇もなく通話ボタンを押した。



『茂ちゃんごめぇん!今日年末の暴走の事で急遽集会開く事になって!梓連れ去ってきちゃったんだ』


―――――

『…梓?梓今席離してるんだ。みんなの飲み物買いに行ってる。下っ端は辛いよなぁ』


―――――

『茂ちゃんに連絡してないって心配してさぁ。連絡きたら出て下さいって携帯置いて行ったんだ!本当下っ端は辛いよ!集会中電話も出来ないんだから』


―――――


『だから、集会終わり次第、茂ちゃん所送って行くから』



電話を切ると、広香さんは私に向かってウインクした。


茂貴を上手く誤魔化せたんだ。


さすが広香さん。



『茂ちゃん…束縛凄いでしょ?』


私に携帯を返した。

そんな事まで知っているんだ。


私は頷いて返した。


『梓ちゃん痩せた?』


今まで黙っていた達也さんが話した。


また頷いて返した。


『ちゃんと食べてるの?』


心配そうに広香さんは私の顔を覗き込んだ。


その問いには頷けなかった。



茂貴と付き合う前、45kgあった体重が、今では40kgしかない。

体調が悪いと感じると40kgを切ることもある。

達也さんが言うように、確かに痩せた。

と言うより、激痩せだ。

それもそのはず、最近の私は一日一食食べれば良い方だ。



基本的に茂貴と居る時にご飯は食べない。


…お金がないから…

だから、毎日茂貴と一緒にいる私が、ご飯を食べる時間は限られている。


学校から帰り、茂貴の迎えが来るまでの間に、食事を済ます。


そのまま茂貴の家に泊まり、次の日、動く足がない私は、学校にも行かず、家にも帰らず、一日中茂貴の家で茂貴の帰りを待つ。

その間は勿論食事は無しだ。


茂貴が仕事から帰り、家に送ってもらえば、要約食事にあり付ける。


しかし、送って貰えなければ、また次の日も食事は無い。


私が家に帰るも帰らないも茂貴次第。


でも、やはり空腹を耐えるには限界がある。


茂貴と会うまでの僅かな時間に私がする事。


…彼氏と会うから念入りに化粧をする訳ではない。


…彼氏と会うから、今日は何を着ようと服を選ぶ訳でもない。


これから何時間、何十時間と食事を取れないと思い、何でもいい、お菓子でも、果物でも、その辺にある物を、お腹に入れておこうと食べるのだ。


そんな生活をしていて、痩せない方がおかしい。



『梓…。無理してない?』


……無理?


『そうだよ。茂貴の家の事情は俺も良く知ってる。でも、梓ちゃんがそれに付き合う事ないよ』


子供に話しかける様な優しい声。

二人の哀れみを持つ視線が痛い。



……そんな事言わないで。


……そんな優しい言葉をかけないで。

自分で自分の気持ちが分からなくなるよ…。




…茂貴を好きだから…

真弓や恵里の様に、デートをしなくても…、プレゼントを貰えなくても平気。


愛する茂貴と一緒に入れるのなら…。


自分の時間が無くても、束縛がきつくても平気。


それは愛の証だから…。

そう思っていたのに…。

なのに…。

そんな優しさを向けられると、心の中の抑えていた物が出てきちゃう。



…普通のカップルみたいに、映画を見たり、手を繋いで出掛けたりしたい。


真弓や恵里が羨ましいと感じた事…。

…空腹の時を心配せず、お洒落にだって時間を掛けたい。


…友達とだって遊びたい。


…愛してるから…

そう思い、隠していた思いが…

自分でも気付かない様締まっていた思いが、表へ出てくる。


自分の気持ちが分からない。

何が本当の気持ちなのか。


茂貴を愛しているから…?。


恐怖感や偽善者振る事で、離れられずいるのか…?。


それさえも分からなくなる。


『俺…茂貴とは連れだし、梓ちゃんも広香の大切な仲間じゃん!俺にとっても大切だし。そんな二人をやっぱ応援したい。幸せになって貰いたい!…けど、梓ちゃん見てると、何故か辛いんだよ…。梓ちゃん今幸せ?』


達也さんはじっと私の返事を待った。


広香さんは優しい視線を送ってくれている。




『幸せです!』

本音は違う。

幸せなんて感じる余裕さえない。


茂貴の為の時間。

その本の僅かな隙間に、友達との関係を繋ぎ止める時間。



毎日毎日、追われる様に過ごしているから。



でも、二人を心配させまいと嘘を付いた。

私を気遣ってくれた事だけで満足。

幸せだ。

これ以上二人に心配掛けさせたくない。


私は精一杯明るさを見せた。


私の言葉を信じたかどうかは分からない。

しかし、それ以上話しを引っ張ることはなく、私は茂貴の元へ帰った。


二人とは、精一杯の笑顔で別れた。


茂貴は何の疑いもなく、私を迎え入れてた。


集会なんて嘘なのに…。

後ろめたい気持ちと、もう一つの自分の気持ちに気付いた事とが、混ざり合い、まともに茂貴の顔を見れない。



とりあえず、今日作ったケーキを手渡すと、茂貴は驚く程喜んだ。


「美味しい」

と何度も言い食べてくれた。


茂貴の無邪気な笑顔を見て思った。


時々辛さを感じるのは事実。

でもやっぱ好きだ。


私はまだ頑張れる。

限界を感じるまで茂貴といよう。


そう込み上げて来るものを感じた。

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