番外編:茂貴の過去。これが現実。
父、母、兄の四人家族。
父は家族の為に働き、母は家族の為に尽くし、何処にでもある幸せな家族。
父と母は40代半ばにして茂貴を設けた。
茂貴が生まれたときには既に兄は中学三年生。
一人っ子同然に育てられ、どちらかというと甘やかされて育った。
永遠に続くはずの幸せがあるとき、一瞬で崩れた。
茂貴が10歳のとき、母が倒れた。
診断は大腸癌。
気付いた時にはもう遅く、しばらくし、母はこの世を去った。
享年54歳。
母の死を境に家族は崩れてしまった。
父は母の死から立ち直れず、仕事にも行かなくなり、一日中酒に溺れる日々が続いた。
社会人だった兄はそんな父に嫌気がさし、家を出て行った。
茂貴はその時まだ小学校4年生。
家を出ることすら出来ない。
自分を置いて、一人で出て行き…
一人だけ逃げた兄に対し憎しみしか感じなくなった。
その頃から、茂貴は炊事、洗濯、家事全般をこなす様になった。
生前、母が蓄えた貯金を崩し、何とか日々食べていく事は出来た。
しかし、父は仕事を辞め、入ってくるお金はない。
貯金がそこを付いたのはあっという間だった。
食事を取れない日々が続いた。
父は相変わらず、一人部屋に隠り、浴びる程、酒を飲んでいた。
同じ家にいても、父と顔を合わすことはなく、やせ細っていく茂貴に気付きもしない。
その時、茂貴は感じた。
自分の身は自分で守らないと…。
酒に溺れ、顔も合わすことのない父。
そんな父だが、自分を守ってくれる。
助けてくれると……。
母が居た頃の父とは、全く変わってしまったが、昔の父の面影を、未だ心の片隅にまだ描いていたのだ。
もう昔の父はいない…。
そう確信してから、茂貴は変わった。
働きたくても、働くことの出来ない茂貴は、自分が生き延びる手段を考えた。
……万引きだ。
茂貴は万引きで、生活を立てた。
しかし、毎回毎回上手くいくはずもなく、一度捕まった事があった。
未成年。しかも子供とあって、警察を呼ぶこともなく、その場はとりあえず親の出番だ。
勿論、家に電話をした所で父が出るはずもない。
茂貴はずっと泣きじゃくっていた。
困り果てた店員は、軽く注意し、そのまま茂貴を釈放した。
これも全て茂貴の計算済み。生きて行く為の手段だ。
中学に入り、そんな生活にも疲れた頃。
茂貴は良い案を思い付いた。
簡単にお金を手に入れる方法。
……喝上げだ。
標的を見つけると、直ぐに実行した。
それは以外にも簡単で、あっさりと事は運んだ。
今度は、そんな生活を続けていると、茂貴が喝上げをしていることを知った上級生に目を付けられる様になった。
茂貴も、目を付けられている事を知っていたが、そんな事では止められない。
生活が掛かっているのだから…。
等々、上級生は実行に表した。
茂貴は下校途中に囲まれたのだ。
しかし、それぐらいで、怯えていたら喝上げなんて出来ない。
自分を囲む上級生は、茂貴にはただの邪魔な壁にしか映らなかった。
…かと言って、相手は5人…。
壁は大き過ぎる。
『てめぇら、下級生相手にタイマンも張れねぇのかよ!』
相手はまんまと乗ってきた。
リーダーらしき奴とタイマン張る事になった。
茂貴は今まで強がってはいたものの、喧嘩は初めてだった。
しかし、負ける気がしない…。
実際、結果は茂貴の圧勝だった。
茂貴をそこまでさせたのは、ただ生きて行く為…。
それを妨げるものは、誰であろうと許さない。
その欲望が茂貴を強くさせた。
それからと言うもの、茂貴の敵は増える一方だった。
それと同時に、相手を倒し、茂貴に平伏した分、収入は増えた。
喧嘩に明け暮れ、茂貴は圧勝を続けた。
暴走族の頭が、その噂を聞きつけ、茂貴を口説き落とし、チームに入れた。
その暴走族で、達也と出会った。
茂貴、中学三年生だった。
中学を卒業し、茂貴は就職した。
その頃の父は、もはや、母の死に立ち直れないといった状況ではなかった。
只、家でゴロゴロ酒を飲む。
その堕落した生活から抜け出せないだけだった。
その証拠に、娼婦が家を出入りする様になった。
狭い家。
襖一枚向こうの出来事なんてまる分かりだ。
茂貴から見たら、古汚い婆(娼婦)の、汚い枯れた喘ぎ声までも聞こえてくる。
…酒を買う金は?
…娼婦を買う金は?
苛立ちと嫌悪感を感じない日はない。
それでも、茂貴が家を出る事は出来なかった。
中卒で、まだ16歳の茂貴の収入なんてしれているから。
それに、父の事なんて、もうどうでもいい。
何処かで金を借りていようが、何をしていようが俺には関係ない。
そう思っていた。
そんな茂貴が癒やされる場所を見つけた。
前の妻との出会いだ。
茂貴は暴走族に入ってから一段と名前が売れた。
そんな茂貴に憧れを抱き、彼女から攻めたのだ。
付き合って半年と経たない内に、彼女は妊娠。
そのまま結婚。
茂貴18歳。
若すぎる二人には、お金はなかった。
二人で新居を構える事も出来ず、茂貴の自宅で結婚生活はスタートした。
父親は一緒だけど、気にしなければいい。
二人は幸せだった。
お金がなくても…
父が一緒でも…
これから産まれてくる子供と三人。
裕福じゃなくていい、幸せな家庭を築いていこうと……。
しかし、幸せも一瞬。
やはり父は酒と女を買うため、多額の借金をしていたのだ。
働いてもいない父が、表企業の金融会社から借りれる筈もない。
裏企業からお金を借りていたのだ。
返済が届こうっていたのか、取り立てが来たのだ…。
朝晩構わず毎日めちゃくちゃな取り立てが来る。
居留守を使っても、そのストレスは半端ではない。
家に居ると、取り立てが来る。
妻は家に居る事が少なくなり、等々帰って来なくなった。
父親に返済能力が無いと見切ると、取り立ては茂貴へと回った。
家を出た処で、自分への取り立ては避けられない。
そう思った茂貴は、父親の借金を肩代わりする事を決めた…。
父親の借金は、利息が山となり、膨大な額だった。
茂貴の収入では利息を払っていくのも間々成らない。
茂貴はプライドを捨て、数年連絡を取っていない兄に助けて貰おうと頭を下げ頼んだ。
しかし、兄から返ってきた言葉は無残だった。
兄は結婚していて、子供にも恵まれ、幸せを掴んでいた。
『人の幸せを邪魔するな!
俺には関係ない。』
あっさり見捨てられた。
茂貴は仕事を掛け持ち、寝る間を惜しんで働き、借金の返済に宛てた。
それは、父の為ではない。
愛する妻が戻って来てくれると信じているから。
また幸せを取り戻したいから。
その一心だった。
しかし現実は、利息を返して行くのが精一杯。
そんなある日、一通の手紙が届いた。
…家庭裁判所からだ。
妻が離婚調停の申し立てたのだ。
…何故、直接妻の口から言ってくれなかったのか。
しかし、妻の取った行動は正しかった。
直接、離婚を言われた処で、すんなり承諾しなかっただろう。
妻はまだ自分を愛していると信じていたから。
何より妻を愛しているから。
〈夫には多額の借金があり、取り立てが厳しい〉
その申し立ては離婚にはかなり有利な証言だった。
まだ産まれていない子供を見ることなく離婚。
これで茂貴は働く理由も、借金を返済する理由もなくなった。
茂貴は掛け持ちしていた仕事を辞めた。
それでも、取り立ては止まない。
父の言動も変わらない。
変わってしまったのは茂貴だけ…。
愛する妻を…子供を失った。
父に対する憎しみは増す一方。
父を殺して仕舞おうと、包丁を突き付けた事もあった。
…でも、出来なかった。
昔の優しい父。
頼もしい父を忘れていなかったからだ。
離婚してからも、茂貴は返済を続けた。
三食の食事を一食にし、無駄な金は一切使わず、全てを返済に宛てた。
そんな時、私達は出会ったのだ。