第33話: 茂貴
―集会後、広香さんに連れられファミレスに来た。
メニューの注文をしたところで広香さんの携帯が鳴った。
私に断りをいれ、電話にでた。
このあたりの些細な気遣いが大人だ。
『はい。…終わったよ。…今梓とご飯食べに来てる…』
電話の途中、広香さんは電話口を押さえ私を見た。
『達也達も呼んでもいい?』
私は笑顔で頷いた。
広香さんは電話に戻った。
『来なよ。…うん。…じゃあ待ってるね』
『ごめんなぁ…急に』
電話を切ると私に言った。
私は笑顔で首を横に振った。
達也さんなら大歓迎。
『今日の集会どうだった?』
急に話しを振られた。
『…緊張しました』
『そうだろうなぁ。誰だって始めは緊張するよ!みんな良い奴だからさっ。すぐ馴染めると思うよ』
『はい』
メニューがテーブルに届き、食べ始めたところで達也さんが来た。その後ろには茂貴さんもいた。
私と広香さんは向かい合って座っているため、達也さんは広香さんの横。茂貴さんは私の隣に座った。
『梓ちゃん!紗童入りおめでとう』
達也さんは満面の笑みだ。
『ありがとうございます』
面と向かって言われると恥ずかしい。
『これからは広香を目標に頑張るんだよ』
達也さんは広香さんの頭をポンと叩いた。
『うるせぇよ』
広香さんも達也さんの頭を叩き返した。
達也さんは冗談で言っただろうけど、私は本気で広香さんを目標としたい。
それはレディースの頭ではなく、広香さんの様な女性になりたいと思う。
情に厚く、いつも冷静で、大らかで…
広香さんの様なカッコイい女性になりたい。
『もうそろそろ帰ろっか』
広香さんの声にみんな時計を見た。
三時間は話し込んでいただろうか。
日付は変わっていた。
『茂貴。梓ちゃん送ってやれば?』
達也さんが言い出した。
『そうだよ!』
広香さんも乗ってきた。
『俺はいいけど、梓ちゃんどうなの?』
茂貴さんが顔を私に向けた。
広香さんも達也さんも私を見ている…。
私は送ってもらう立場。誰に送ってもらうかなんて指名できない。
しかも広香さんも茂貴さんに送ってもらうことに賛成している。ここで、嫌だと言えば、ただのわがままになってしまう…。
『…お願いします』
私は茂貴さんに送ってもらう事にした。
私達はファミレスを出た。
『じゃあなっ』
『茂貴!梓に変なことするなよ』
広香さんと達也さんは笑いながら歩いて行った。
広香さんは単車に乗り、達也さんは自分の車に乗った。
二人は同じ方向に走って行った。
『俺らも行こっか』
茂貴さんの車はかなり車高が下がっているセダンで、フルスモークで社内は全然見えない。
『…失礼します』
茂貴さんの車の助手席に乗った。
…芳香剤のいい匂いがする。
自宅の場所を伝えると茂貴さんは車を走らせた。
社内は沈黙が続いた。
茂貴さんはそんなにお喋りではない。
みんなでいるときも達也さんのノリに突っ込む程度。
私も話す事が見当たらず、流れる外の景色を見ていた。
でも、そっと視線を茂貴さんに移した。
ただ何気に……。
しかし、何気に見た茂貴さんに私は見とれてしまった。
運転する茂貴さんの横顔。
決して格好いい訳ではない。
格好良さでは達也さんの方が断然だ。
しかし、その落ち着いた面持ちが妙に大人に感じる。
でもさすが元ヤンキー。その風格は未だ漂わせている。
そこにそそられる。
暴走族を引退した今でも、名前は知られている。
達也さんにしても同じだが、現役の暴走族からも一目置かれているらしい…。
…この人の側にいれば、怖いものなんてないんだろうな…。
『どうしたの?』
私の視線を感じてか、前を向いていた視線が一瞬私に移された。
『…何もないです』
まさかそんな事を考えていたなんて言える訳はない。
また沈黙になった。
しばらくすると茂貴さんが口を開いた。
『梓ちゃん本当に彼氏いないの?』
『はい』
『でもモテるっしょ?』
『そんな事ないですよ』
『またまたぁ…』
少し場の雰囲気が和んできた。
『茂貴さんこそ彼女は?』
この言葉を自分で言ってから思った。
…そうだよ。この人の側に… とか思う前に彼女がいるかどうかまだ知らなかったんだ。
『俺はいないよ…』
『本当に?』
笑みを浮かべて聞き返した。
『本当だって!』
さっきまでのぎこちない沈黙が嘘の様に社内は和み、あっという間に自宅に着いた。
『わざわざありがとうございます』
少し寂しさを感じながら車のドアを開けた。
『ちょっと待って!携帯の番号教えて』
『…はい』
私はその言葉を待っていた。
携帯の番号を聞かれたかったばかりではない。
このまま何もなく、さよならだけは嫌だった。
少しでも進展が欲しかった…。
少しでも私に興味を持ってもらいたかった。
女として意識して欲しい。
社内での短い間に私はそう思った。
それから茂貴さんと連絡をとるようになり、二人で会う様にもなった。
茂貴さんは長距離のトラックの運転手をしていて、平日仕事が休みのときもあり、学校まで迎えに来てくれることもあった。
私はそれが嬉しくって学校に行く回数が前に比べ断然増えた。
みんな徒歩で帰る中、私は車で男に迎えに来てもらい帰る…。かなり気分がいいものだ。
このことは、広香さんにも報告はしてある。
「茂ちゃん梓の事気に入ってたからなぁ」
そう言われた。
広香さんは茂貴さんの事を茂ちゃんと呼んでいる。
…私と茂貴さんが付き合うまで、そう時間はかからなかった。
初めて茂貴さんの家に行き、初めて二人が体を重ねた、その最中に
「付き合って」
って言われた。
そんな場面で言われて断れる訳がない…。
まぁ断るつもりもなかったから、即OKで付き合う様になった。
このことを広香さんに報告したら…
『茂ちゃんなら大事にしてくれると思うよ』
祝福の言葉をもらった。
私達は付き合ってから、ほぼ毎日一緒に過ごした。
茂貴さんが仕事が終われば自宅まで迎えに来てくれて、そのまま茂貴さんの家に泊まる。
当然泊まった次の日は茂貴さんは仕事。
私は移動する足がないため、学校は休む。
茂貴さんの帰りをひたすら暇を潰しながら待つ。
茂貴さんが帰ってきたところで、私は自宅に送ってもらう。
だから、その日は別々に寝る。
…また次の日は茂貴さんは仕事を終え迎えに来る…。
そんな日々を続けた。
当然、増えていた学校に行くことも、以前にも増し、行かなくなった。
…行けなくなった。