第32話: 壁
集会場所は祭りの日に集まっていた公園。
紗童の集会は第2第4金曜日にこの公園で行われる。
この公園はここらでは一番広い公園。
公園は二つに別れていて、遊具やアスレチックなどがある場所と、その遊具のある場所を抜けると、広場になっている。広場の真ん中には、噴水があり、ベンチが並んでいる。その広場の方が、紗童の集会場所になっている。
私と広香さんが集会場所に着いた頃には、すでにメンバーは揃っていた。
広香さんがバイクで公園に入ると、さっきまで群がっていたメンバーが脇に寄り、道を作った。
広香さんは、その人混みの間をバイクで通り抜けた。
広香さんの紗童での偉大さを見せられた。
…と共に、私は優越感を感じた。
広香さんの後ろに乗り、人混みを分けて通り抜ける感じ…。
広香さんのお下がりの特攻服を着ている私…。
普通、下っ端が広香さんのバイクに乗せてもらえる訳もないだろう。
まして、広香さんの特攻服を譲ってもらう事もないだろう。
それが私は出来る。
きっとみんなは羨ましがっているはず…。
・・私は特別なんだ。
みんなが尊敬し、怖れ、目標としている広香さん。
何十人といる紗童をまとめ、トップに立つ広香さん。
高い存在の広香さん。
でも、私はみんなよりも広香さんと近い場所に居るんだ。
広香さんは私を特別だと思ってくれているんだ。
―紗童のメンバーは、トップ3の、広香さん、翔子さん、佳奈さんを除き、現在29名いるらしい。
私はその29名の前に立ち、挨拶をした。最初は緊張でガクガクだったが、私の挨拶は早々に終わった。
奥のほうに菜奈ちゃんの姿を見つけた。
こっちを見て笑いかけている。
挨拶が終わると、副総の翔子さんが話しだし、私はどこに行ったらいいか分からず、後ろを振り返ると、広香さんが首を振り後ろに行けと合図してくれ、私はそのまま菜奈ちゃんの居る場所に行った。
「梓ちゃん紗童に入ったんだ」
小さな声で話し掛けてきた。
私は笑顔で頷いた。
菜奈ちゃんも笑顔を返してくれた。
集会は一時間くらいで終わり、今日はバイクで走ることなく、解散になった。
私はしばらく公園に残り、菜奈ちゃんと話した。
『びっくりしたよぉ。まさか梓ちゃんがメンバーになるなんて!』
『私もまさかだよ!急に決まった事だから…』
『しかも、梓ちゃんの特攻服って広香さんのじゃない?』
『えっ!?どうして分かったの?』
『後…』
私は後を振り返った。
後には誰もいない。
『違うよ!特攻服の後ろの文字だよ!』
『それがどうしたの?みんな一緒じゃん』
『梓ちゃん知らないの?私達黒服のメンバーは、特攻服に無駄に刺繍入れれないの…。でもバックに花の刺繍を入れるのは唯一許されてるの』
『そうなんだ。知らなかった』
『でね!大体みんな薔薇とか牡丹とか入れてるんだけど、広香さんは椿なんだ!』
菜奈ちゃんは私の背中の刺繍を見ていた。
『他にはいないの?』
『広香さんより前にも入れてた人はいなかったらしいけど、後に入った人は入れたくても入れれないんだよね』
『…どうして?』
『広香さん黒服の時からみんなに慕われてたし、名前もかなり知れてたぐらいだし、そんな広香さんと同じ刺繍を入れる度胸はみんなないんだよ!椿=広香さん。みたいな感じで定着したって訳』
『…そうなの?』
何だか大変な物を貰ってしまった様な…。不安だ。
『うん。でも羨ましいなぁ…』
菜奈ちゃんの一言で私の不安は吹っ飛んだ。
みんなが手に出来なかった物を私は広香さん直々に譲り受けたんだ。
やっぱり私は特別なんだ!
『梓ー!』
その声は広香さんだった。
私は振り返り、広香さんに体を向けた。
『私帰るけど、梓どうする?帰るんなら送ってってやるよ』
私は振り返り、菜奈ちゃんを見た。
『私もう帰ります。お疲れ様でした』
菜奈ちゃんは広香さんに一礼し、私に笑いかけ手を振り、公園を後にした。
『じゃ!行こっか!』
『はい』
私達はバイクの置いてある場所まで歩いた。
『梓まだ時間大丈夫?』
『はい。大丈夫ですよ』
『お腹すいたから飯付き合ってよ』
『はい』
私はまた広香さんの運転するバイクの後ろに乗り、バイクは走り出した。
風が気持ち良い。
― 私は居場所を見つけた気がした。
それは、紗童という居場所ではなく、広香さんという強く大きな壁に守られた居場所。