第28話: 恐怖
―夏休みも後わずか。。。
毎年この時期行われる地域全体の祭りがある。この地域一番の祭り。
おじいちゃんおばあちゃんから、子供まで集まる。
夜になれば、ここぞとばかりに暴走族が集まる。
この祭りが始まると夏休みもあと少しと感じる。
―今日がその祭りの日―
私も毎年行っていたが、今年は行かない。
真弓も恵里も彼氏と行くって言ってたし…。
何より今の私には祭りよりも大事なものがあるから。
高哉の家に向かう途中、昼間っから浴衣姿の人が溢れていた。
…今から祭りに行くんだろうなぁ…。
―ガラガラ―
あれ?高哉は?
部屋に入った瞬間、高哉の姿を探した。
部屋を見渡すと高哉は部屋の隅に膝を丸め座っていた。
高哉が今正常でないのはすぐ分かった。
部屋は臭くないから、葉っぱでもしてるんだろう・・・。
私は高哉に構うことなく、テレビを付けしばらく何もせず見ていた。
『梓…。これ…マジヤバいわ…』
やっと高哉が喋った。
『何が?』
高哉はテレビを見る私の前に座った。
高哉が手に持っている物に目が釘付けになった。
―注射器だった―
聞かずとも分かった。
今高哉がしてるのは、葉っぱではない…。シンナーとも違う。
―シャブだ―
『梓もする?』
高哉は笑っている。けど、目が笑ってない…。
『…いい…』
初めて高哉の誘いを断った。
怖い…。
シャブが怖いんじゃない。
…高哉が怖い。
『なんで?一緒にしようよ』
『いいよ私は…』
『なんでそんな事言うんだよ…。いいじゃんしようよ』
必要以上に私を誘う。
高哉が怖い…
シャブをした高哉が怖い…
高哉をこれほどまでに変えてしまったシャブが怖い…
笑っていても目が笑っていない。
何をしでかすか分からない様な…。
そんな高哉を見たらシャブに手を出す好奇心は私にはない。
『なぁ。一緒にしようよぉ』
まだ言い寄ってくる。
笑いながら言ってるけど、目つきはだんだん鋭くなってく。
これ以上断りきれない…。
これ以上断って高哉を興奮させたら、何をされるか分からない。
…この場から逃げ出したい。
…高哉から逃げたい。
でも怖くて体が動かない。
…諦めるしかないか。
…今更自分を守ったって、仕方がないよね。
私はシャブを打つことを決めた。
私は高哉の誘いに頷いた。
その瞬間、玄関のドアが開く音がした。凄い勢いで誰かがこっちに向かってくる足音。
『高哉―!』
その声とともに勢いよく部屋のドアが開いた。
私は部屋に入ってきた人から目が離せない。
深い紫色の特攻服を着たキツ目なとても綺麗な女の人・・・。
……誰なんだろう。
高哉は注射器を持って固まったまま、その人を見ていた。
『遅かったか…』
その人は高哉を見つめ悲しそうに言った。
高哉から目を反らすと次に私を見た。
『あんたもしたの?』
私は首を横に降った。
さっきまでの怖さとこの人が突然現れた驚きで声が出ない。
私から目を離すと、その人は高哉の持つ注射器を取り上げ、無造作に置かれたシャブの入った袋を持って部屋を出た。
すると、水の流れる音が聞こえた。
…トイレに流したんだ。
私は高哉を見た。
シャブを捨てられ、暴れるんじゃないか………。
...私の思いとは逆に、高哉は凄く怯えていた。
膝を抱えるように座り、体が微妙に震えている。
下を向き何か言っているけど、声が小さくて聞き取れない。
―高哉が何に怯えているのか...。
―この女の人に…?
…違う。
高哉の精神が変になってるんだ。
これがシャブなんだ…。
これが薬物…なんだ…。
私が高哉から目が離せないでいると…女の人が戻ってきた。
『高哉!しっかりしなっ!姉ちゃんだよ!』
…姉ちゃん…?
この人が高哉のお姉さん?
お姉さんは高哉の前にしゃがみ、うつむいた高哉の肩を揺すってる。
それでも高哉は顔を上げない。
お姉さんの声など聞こえていないような……。
下を向き震えてる。
『…駄目か…』
そう言うと、立ち上がり、押し入れの中を物色しだした。
ここにあることを知っていたかのように、押し入れの中から、10本ほどの注射器とシンナー…葉っぱ…
高哉が持っている薬物をすべて袋に詰めだした。
『おいで!』
『え!?』
『あんたは、私とおいで』
私に向かって言うと、お姉さんは薬物をいれた袋を持ち部屋を出ようとした。
私は何故呼ばれているのか分からず、動けないでいた。
『早くおいで!このままここにいると、高哉何するか分かんないよ!』
私はお姉さんの後に続いて部屋を出た。
…高哉を残して。
玄関前には大きな改造した単車が止まっている。
…もしかして、これお姉さんの単車?
『乗りなっ』
お姉さんはバイクにまたがり、顎で後を指した。
『…はい』
私がまたがったと同時にエンジンがかかり、マフラーが凄い爆音を鳴らした。
・・一体何処に連れて行かれるんだろう・・。
しばらく走ると川沿いの土手に着いた。
お姉さんはバイクを停め、さっき高哉の部屋から持ってきた薬物入りの紙袋を持ち、河原に向かい歩き出した。
私は訳が分からなかったが、後に続いて歩いた。
お姉さんは、袋からシンナー入りのペットボトルを出し蓋をはずして、歩きながらシンナーを流し出した。
中身を全部捨てきると、またペットボトルを袋にしまった。
それでもお姉さんはまだ川沿いを歩いている。
私はお姉さんの2m後を歩き続けた。
私達が歩く少し前に高架が見える。
高架下には、ダンボールを上手くつなげ、ダンボールの上にビニールシートを被せてある大きな物がある。
…きっと、ホームレスの家だろう。
お姉さんはダンボールの家の前で止まった。
『お〜い!おっさん!ドラム缶借りるよ!』
お姉さんはダンボールの家に向かって言った。
『おう』
中から声がした。
姿は見せなかったが、年の頃は70代ぐらいだろう。と、私は勝手に想像した。
すると、ダンボールの中から手だけが出て新聞紙が出された。
お姉さんはその新聞紙を持ち、ダンボールの家から少し離れた所に置かれているドラム缶に向かった。
新聞紙にライターで火を付け、ドラム缶の中に投げた。
火が燃えだしたとこで、持っていた紙袋ごとドラム缶に投げ入れた。
…シンナーが入っていたペットボトル
…葉っぱ
…注射器
…シャブ
すべてが燃えだした。
ペットボトルの焼ける嫌な臭いがしてくる。
お姉さんは、川沿いの土手に座った。
私も後に続き、少し離れて座った。
お姉さんは特攻服のポケットから煙草を出し、火をつけた。
『私、広香。高哉の姉ちゃん。あんたは?』
私に顔を向けることもなく、前を流れる川を見ながら言った。
『梓です…』
広香さんは煙草を大きく一息吸うと話し出した。
『高哉はさぁ、小さい頃から寂しい思いをしていたんだ…。高哉を庇う訳じゃないよ。誰だって寂しい時や辛い時はある。……でもさぁ。人ってそんなに強くないんだよ。簡単に流されちゃうんだよ。』
『……』
私は黙って話しを聞いた。
『私らみたいのはさぁ、はけ口がないんだよ。家には居場所がない…誰も自分を守ってくれない…。だから高哉も薬物に溺れたんだ。特に私らみたいに、やんちゃしてる奴は、簡単に手に入るんだよね。最初はシンナー。そしてシャブ…。エスカレートしてくんだ。でも一度手を出したら最後…。見ただろ?さっきの高哉…』
『…はい』
『今までいろんな奴見てきたけど、シャブに手出したら最後だよ…。簡単にはシャブから離れられない。そして全てを失うんだ。…親…兄弟…友達…自分自身も…。あんたシャブしなくて良かったよ。…何でしなかった?高哉誘ってこなかった?』『誘ってきたけど……出来なかった……怖かった…』
正直な私の気持ち。
『それが普通だよ…そう思うのが普通。』
『……高哉はこれからどぉなっちゃうんですか…』
一人残してきた高哉が気になった。
『私にも分かんないよ…。多分…また何処かで、シャブを手に入れようとすると思うよ。あんたも、もう高哉のとこに行かない方がいい』
『どうして?』
『だから言ったろ!?人は流されちゃうんだよ!…そんなに強くない…』
確かに、私は高哉の誘いを断りきれずシャブに手を出そうとした。 たまたま広香さんが来たから手を出さなくて済んだだけ・・・
これから高哉はどうなってしまうんだろう…。
私だけが無傷で逃げてしまった…。
高哉を止めることも出来なかった。
高哉に付き合ってあげることも出来なかった。
私は高哉を見捨ててしまった。
そんな思いが胸の中を埋め尽くした。
『あんたには高哉を助けることは出来ないよ』
私の思いを分かったように広香さんは言った。
『どうして!?どうして何も出来ないの?』
分かってる。
広香さんの言った通り私には何も出来ない。
でもそんな無力な自分を認めたくなかった。
『じゃあ何が出来る?…何も出来ないんだよ!あんたにも…私にも…。悔しいけど…』
今まで表情一つ変えず話していた広香さんの顔が変わった。
…悲しい顔…。
私は偽善者の振りをしていただけなんだ。
…高哉を見捨ててしまった。
…何もしてあげられない自分が悔しい。
そう思う事で自分を守っていたのかも…。
今本当に悔しくって、悲しいのは広香さんなんだ。
ただ一人の兄弟がこうなってしまったんだ…。
『もう焼けたなっ』
そう言うとドラム缶に向かい歩き出した。
中身が燃えたことを確認すると、戻ってきた。
『一緒に来る?』
『どこにですか?』
『祭り』
…そうだ。今日は祭りなんだ。
『行きます』
行く宛もないし、一人でいたくない。
きっと今一人になると、高哉の事ばかり考えて、怖さに押しつぶされる。
私はまた広香さんのバイクの後に乗った。