第26話: 誓いが崩れた日
高哉といれば今の気持ちも落ち着くだろう・・・
その一心で高哉の元に向かった。
高哉の部屋に着いた。
こんな日に限って高哉はいない。
電話した。…でない。
高哉。早く帰ってきて。
私は一人高哉の帰りを待った。
まだ部屋は微かにシンナーの匂いがする。
そう簡単に消える匂いではない。
私の中であのシンナーを吸ったときの感覚が蘇る。
―楽になりたい。
―忘れたい。
私は夢中で部屋中を漁っていた。
…もう一度…もう一度… と。
押し入れを探ると一番奥にあった。
その物を取り出すと、私は躊躇することなく、快楽の世界に飛び込んでいった。
どれぐらい経った頃だろう・・・高哉が帰ってきた。
高哉が帰ってきて嬉しくて高哉に飛びついた。
でも高哉は私がシンナーをしているのが分かり、私からシンナーを取り上げようとした。
私から快楽を取り上げる高哉を許せなくなり、さっきまでの喜びを忘れ、高哉から離れた。
私は思い悩んでいた事も忘れ、その一瞬、一瞬の感情のみだけだった。
『たかやも一緒にしょ?』
私が初めて手を出したあの時の高哉のように、私は高哉に勧めた。
高哉はあの時の私のように受け取った。
私達はハイになった気分を家の中だけに止めておけず、外に飛び出した。
・・初めて高哉と会ったあの日のように、盗んできた原付に二人乗りして……。
怖さなんて感じなかった。
怖さなんて知らなかった。
―警察に捕まったら…。など微塵も感じなかった。
どれぐらい走っただろう・・・。
陽も明け始め、私達の快楽も冷めだした。
快楽が冷めるとともに、私には罪悪感が押し寄せた。
…高哉を誘っちゃった。
…もうしないって決めたのに…。
高哉の顔を見れないでいた。
高哉に謝りたい。
「ごめんね」
その一言が素直に言えない。
何でもないときなら言える言葉なのに、本当に言わなきゃいけないときほど言えない。
『梓、楽しかったなぁ』
高哉は明るく言った。
『うん』
私は高哉の言葉に逃げた。
「ごめんね」
を言わないまま、その場の雰囲気を高哉に任せた。
何故、私がシンナーに手を出したのか、高哉は聞かなかった。
私も言わなかった。
高哉と私は他愛もない話しをして、高哉の家に帰った。
私が初めてシンナーをした日とは気持ちが違っていた。
高哉に対し、罪悪感はあったものの…、シンナーを吸っていた時の楽しさ…、快楽の方が勝っていた。
…それは、高哉も同じだったのかもしれない。
―この時から私と高哉の関係は崩れたのかもしれない―
今日も高哉の家に向かった。
やっぱり部屋はまだシンナーの匂いがする。
『俺、煙草買ってくるわ』
そう言い高哉が部屋を出た瞬間、私はシンナーに手を出した。
今高哉がいないからって、帰ってきたらバレちゃう。
でも一緒にいるときに、手を出せない。
やっちゃったら、もうこっちのもの!
…そんな感覚だ。
別に今日辛い事があった訳じゃない。
今寂しい訳じゃない。
…ただ私の体が欲しがってる。
部屋に残る残臭が私を誘うのだ。
―高哉が帰ってきた。
高哉は私に一瞬目を向けたが、何もないように普通だった。
私はシンナーの入ったビニールを口にあて、明らかにシンナーを吸っている私。
高哉は普通だった。
いつもと変わらない高哉。
高哉は煙草の入った袋を置き、テレビを見たり、漫画を見たり…。
しばらくすると、シンナーの入ったペットボトルを手に取り、ビニール袋に注ぎ、吸い出した。
・・一度は止めようとしてくれた高哉。
今はもう私を止めようとはしてくれない。
それどころか、一度は止めようとしたシンナーにまたハマってしまった。
―私達は変わってしまった。
私達はお互いを止めようとはしない。
―もうしない―
あれほど真剣に誓い合ったのに…。
こんなにも簡単に崩れてしまうなんて・・・。
ただ…。ただ高哉を一人にさせたくない。
最初はその思いだけだった・・・。
お互いを支え合いたかった・・・。
今はそんな思いを遠い遠い昔の事のように忘れてる。 私達は抜け出せなくなった。―暗い闇から―
毎日、毎日シンナーを吸うようになった。
いつからか、高哉に会いに…。ではなく、シンナーを吸いに高哉のもとへ…。
に変わっていった。
…今は、ただそれだけの付き合い…