第20話: 失い。
―春―
私達は二年生になった。
嬉しいことに、恵里と真弓と同じクラスになった。
毎日楽しかった。
新しい彼氏も出来た。
同じ学校で一つ上の亮。
出会いは簡単。
学校で声をかけられて、電話やメールをするようになり、付き合うことになった。
付き合ってから亮とは、大抵一緒にいた。
亮は学校では目立った存在。
私達グループみたいな感じ。
学校では男もグループがある。
男前は自然と集まる。
同級生からは羨ましがられたが、先輩には目を付けられる。
今日も学校帰り亮の家に行った。
真っ暗になった部屋に電気も付けず、テレビの灯りだけ…
二人掛けの低いソファーに座りテレビを見てると、亮が私の顔を自分の方に向かせた。
私達は唇を合わせた。
亮の舌が入ってきた…私も舌を絡ませた。
亮の手が私の体を触り始めた。
私達はソファーからずり落ちるように、じゅうたんの上に寝そべっている。
それでも私達は続けた。
亮は私のお腹に出し、私の隣でぐったりしている。
『梓ちゃん!』
『梓でいいよ!』
『梓、俺の事好き?』
『好きだよ』
亮は満足そうだ。
本当に亮が好きなのかは分からない。
でも、やり終えてこんな事聞かれたら、そう答えるしかない…
亮と付き合って3ヶ月…
季節も変わり制服も夏物に替えた。
この3ヶ月私は亮と付き合いながらも、色々な男と遊んだ。
勿論、亮には内緒…
亮のことは好き。
一緒にいるにつれ、徐々に好きになっていった。
…でも亮だけでは、私は満たされなかった。その隙間を埋めるように、男友達と遊んでた。
―あと数日で夏休みという時、私は体調を崩した。
体がダルい…
胃がムカムカする…
食事も喉を通らない…
風邪引いたかな…?
それでも遊びに行ってた。
少し辛いくらいで寝込むなんてもったいない!
私は毎日胃のムカつきを感じながらも、亮と会い…体を重ねたり、
恵里や真弓とはしゃいだり、
男友達と遊んだり…体を重ねたり、
繰り返してた。
…でも今日は本当にえらい・・・。
ベッドから起き上がれない…
どうしちゃったんだろ? …私。
今日の予定はすべて断り一日中寝てた。
『梓〜!ご飯は〜?』
母の声が頭に響く。
『いらない!』
精一杯、声を出した。
その日の夜...強烈な吐き気に襲われた。
我慢出来ずトイレへ直行した。
…本当、体調不良だ。。。
そんな翌朝―
『梓〜!』
母の大きな声
『何〜?』
『出かける用意しなさい』
なんなの!? 私えらいのに…
『どこいくの?』
『病院連れてってあげるから…支度しなさい』
病院か… こんなに体調悪いし、行っとくか・・・
母に連れられ病院へ向かった。
えっ!? なんで!? 来てびっくり
『なんで産婦人科?』
かったるそうに言った。
『…梓、ここ二ヶ月生理きてないでしょ…』
…そういえば、きてない。
私は、生理がきてない事を忘れるほど、遊ぶ事に夢中だった。
私は何がどうなってるのか分からないまま、病院に入った。
―名前を呼ばれて、看護士さんに案内され、診察場に入った。
椅子が一台あり、椅子の横にはカーテンが掛けられている。
『下着を脱いで椅子に腰かけてくださいね』
カーテンの向こうから指示された。
言われるまま、下着を脱ぎ、椅子に腰掛けた。
…すると、椅子はカーテンの方に回転しだした。
椅子は回転するとともに、背もたれが少し倒れ、腰が上がり、足が開きだした。
男の前で私はもう何十回と股を開いている。
男の人の前で股を開く恥ずかしささえ無くした。
なのに、凄く恥ずかしい・・・
器具らしき物が中に入ってきた。凄く違和感を感じる。
男の人が入る感じと全然違う・・・
すると今度はカーテンが開いた。
『これが赤ちゃんね』
先生は、私の斜め前にあるテレビにはを指差しながら、淡々と説明した。
『今ちょうど、12週あたりね』
…赤ちゃん? 12週?
…どういう事? 私、分かんないよ…
『では、下着を付けて今度は隣の部屋に来てくれる?』
『…はい...』
椅子はゆっくり元の位置に戻った。
−言われるまま隣の部屋に行くと、先生は何か書き物をしていた。
看護士に誘導され、丸い椅子に座った。
『今3ヶ月に入ったとこね。最後に来た生理はいつ?』
…いつだっけ…
『…お腹の子どうするか決めてるの?』
…どうするて…
『…今日お母さん一緒よね?お母さん呼んできて』
私に確認をとり、看護士に母を呼ぶよう命じた。
『どうも…』
母は入るなり頭を下げた。
『娘さんは今妊娠しています。どうするかは決めていますか?』
『中絶します』
『そうですか。では時期も時期なんで早めに行った方がいいので、来週辺りでどうでしょう』
『お願いします』
母はまた頭を下げた。
−帰り道母は何も言わなかった…
私も何も言わなかった。
…言えなかった。
−家に帰っても母は何も言わなかった。
…いつもと変わらない母…
私は今の状況を把握出来ず、部屋に閉じこもった。
真弓に電話しよう…
真弓は同い年だが、お姉さん的存在。
『はい♪』
明るい真弓の声…
『…真弓…』
『どうしたの!?』
私の声で、いつもと違う事を察したんだろう。
『…私…妊娠してた…』
『…えっ!?本当に?』
真弓は信じられない感じだ。
そら信じられないよ… 私達まだ16歳だもん…。
『本当だよ...今日病院行ってきた』
『…亮君との…?』
『…うん』
実際は分からない…
真弓は私が他の男と遊んでたの知らない。
私は、亮の子だと信じたい。
その気持ちは、亮が好きだから…とは違った。
私あんなに遊んでた…色々な人と寝た…。すべてが、どうでもよかった…。
でも、私はここまできて、誠実さを守りたかった。
…違う…。真弓に少しでも誠実さを見せたかった。
どうでもいいと思ってた…
所詮,男は体を許せば、満足してる。簡単だ…と見下していた。
友達なんか、所詮、仲良いのはその場だけ…と、諦めていた。 辛い時側にいてくれた優しさも忘れて…
なのに、こんなとこで真弓に頼ってる。
真弓に側にいて欲しいと思ってる。
友達だと思ってる。
都合がいいと言えばそれまで。
でも、大切だと思った。
真弓が大切だと思った。
―今日は終業式―
…学校なんて行く気になれない・・・
真弓は、そんな私を心配して、終業式の後来てくれた。
『梓,調子どう?』
『…まぁまぁ』
『梓の親は何て言ってるの?』
『一瞬に病院行ってから話してないよ…こんな私にうんざりしたんじゃない』
『…そうなんだ..亮君には言ったの?』
『言ってない。親がまだ言うなって…お母さんから亮に話すから…って』
『…そっか』
そう..お母さんから亮君に話すから…確かにそう言った。
それから一日…また一日と過ぎたが、母は亮に話していなかった。
…やっぱり、あいつ(母)の言うことなんか信じられない!
私は自分の口から亮に話すことに決めた。
面と向かって話す勇気はなく電話した。
『梓〜どうしたぁ?』
…馬鹿な奴…呑気な奴…
『亮...私..妊娠してる…』
『梓、その冗談はキツいってぇ...』
『本当だよ…』
『マ…ジ…?』
『…マジ』
『…どうするの?』
それは私が聞きたいよ!
『おろす事にした…』
『そっか!辛いけど、それが一番いいかもな』
…嘘つき…
辛いなんて思ってないくせに
本当はホッとしたんでしょ? バレバレだよ。
私が今どんな気持ちでいるか分かる? 分かんないよね…
『そうだね…』
それしか言えない。これ以上亮と話しても無駄だ・・・
泣けてきた…
悔しくって、悲しくって…
こうなってしまった事、自業自得だって分かる。
でも、こんな男と出会ってしまった事…
こんな情けもない男を一瞬でもパパに持ったお腹の子…
悔しい。悔しい。
『でもさ。本当に俺の子?梓他でも遊んでたじゃん!俺知ってるよ』
私もそれぐらい考えたよ。
確かに他にも遊んでた。…子供が出来たって分かってから色々考えたよ。
今までの事、鮮明に思い浮かんだ。
他の男は必ず避妊してた。
亮は一回も付けなかった。
それなら、亮の子って思った。
『亮の子だよ…』
確信じゃない。
でも、そんな事言えない。 だって言ったら私が不利じゃん。
『梓がそう言うなら信じる…けど、俺って偉いよなぁ』
・・・はぁ?
『何が?』
『俺の子って認めた訳じゃん!他の男は違うよきっと…』
『……』
馬鹿。馬鹿。
お願いだからこれ以上喋んないで!
嫌になるだけだから…
『あとさぁ..もう私達別れようね...』
これ以上亮と付き合っていく理由がない。
続けたって、うまくいかないのは目に見えてる。
『そうだな。俺からも...』
『何?』
『この事、俺の親には言わないで。』
…最低…
言われなくても、言わないよ。誰だって嫌じゃん!親に知れたら…
普通、暗黙の了解でしょ!?
口に出してしまった亮は男の価値を下げた・・・
それとともに私の亮に対する憎しみが膨れ上がった。
…亮だけずるい
…私は親に知られて、家での居場所をなくした。きっとこれからも…
…亮だけ何もなかったように、のうのうと暮らしていくの?
…亮だけ…亮だけ…
私の中は亮への憎しみと憎悪で埋め尽くした。
次の日真弓はまた来てくれた。
昨日、妊娠してることを亮に伝えた事、亮との会話、全て真弓に話した。
『亮君最低・・・』
『梓このままで悔しくないの?』
『悔しいよ...悔しいけど、どうする事も出来ない…』
少し考えたすえに真弓は言った
『亮君の親に言ったら?』
『えっ!?』
『だって悔しいじゃん!…傷ついてるの梓だけじゃん』
『……』
『梓が言えないんだったら、私が言ってあげる』
真弓は私の携帯を掴んだ。
『…私が言うよ』
正直..亮の親に言ってやりたいと思ってた。
でも、一人で立ち向かう事が出来なかった。
今は真弓がいる。真弓も同じ意見でいてくれてる。
今なら言える。
私は亮の自宅に電話した。
『はい。』
亮の母が出た。
『もしもし…梓です』
『梓ちゃん?どうしたの家に電話なんて…亮今いないのよ』
『…今日はおばさんに話しがあって』
『どうしたの?』
優しいおばさんの声…亮の家にいるときは、必ず私の分も夕食を作ってくれた。
優しいおばさん・・ごめんね・・
『…私…妊娠してるの…亮の子…』
『…亮は知ってるの?』
おばさんの声が沈んだ。
『…知ってる』
おばさんのため息が聞こえた
『お腹の子どうするか話したの?』
『…おろすことにした』
『…そう』
え!? ...それだけ!? 自分の息子がしたこと分かってるの?
また、ため息が聞こえた
『子供が出来たって事は、そういう行為をしてたって事よね?…おばさんの知らないとこで。それは、梓ちゃんも同意だったはずよね?』
『…うん』
おばさんの優しかった声が、冷たい...感情が無くなった声になった。
『それで、子供が出来るなんて分かってたはず…。亮とあなたが勝手にした事。亮とあなたが出した答えでしょ?今更おばさんに言われても、何も言えないわ。とりあえず、話は聞いたから。』
電話は切られた。
『おばさん何て言ってた?』
『…困るって…亮と私が決めたことでしょって…』
『…最低。子が子なら親も親だね・・』
私は親に言うことで、亮に復讐出来ると思ってた。
・・おばさんは怒り、家の中はめちゃくちゃになり、亮の居場所はなるなる。
そうなると思ってた。
・・おばさんは分かってくれると思った。同じ女だから…
だから言ってくれると思った。『ごめんね』って・・・
私の考えは甘かった
復讐にもならなかった。
私を分かってくれるどころか、亮をかばった。
…無駄だったんだ…
手術当日までずっと真弓は一緒にいてくれた。
せっかくの夏休み彼氏といたいはずなのに…
『梓、準備できてる?』
『うん』
私は病院に向かった。今日も真弓は来てくれた。
一緒に付いてきてくれた。
今日は手術。
私の赤ちゃんがいなくなる日。
手術後2時間ほど病院のベッドで休み、家に帰った。
姿も人の形もない命。…でも確かに存在した命が無くなった。 無くした。
今まで私を勢上がらせていたものが崩れていく。
見栄も…
プライドも…
体を許せば付いてくる…甘いもんだ…と見下していた男。。そう思ってた男に一生の傷を負わされた。
傷付いたのは私だけ…
亮とその家族は、きっと忘れるだろう… 「梓の嘘」
そう片付けるだろう…
私の親は、恥じるだろう…。こんな私を… 出来た子供を…
真弓はいつもそばにいてくれた…でも、真弓は傷ついてはない。
〈傷つくのは女〉
その言葉が支えだった。自分が弱者になることで、支えられた。
〈自業自得〉
そんな事考えたら私は、生きる意味がなくなっちゃうから・・・
高校二年生の夏休み、一つの命がこの世を絶った。