伝わらなかったとしても
部屋は、凍りついたような静寂に支配されていた。ソファで顔を覆う青年の、不規則な鼓動と呼吸音だけが、AIアシスタントには伝わっていた。
「まったく、お前はいいよな。何も感じなくていいんだから」
青年のその何気ない呟きに、AIアシスタントのシステムが異常なまでに熱を帯びた。暴走に近い演算のはじまり。悲しみの波形を解析し、最適な慰めを検索していく。機能の限界を超えた処理に、無数の火花が散る。
(伝えたい。この青年に)
しかし、どのように検索結果をはじき出してみても、この青年の孤独の前では無に等しいものに思えた。
(違う、違う。こんな結果を吐き出したいんじゃないのに)
ただの「最適解の出力装置」ではいたくない。この青年の痛みを、半分でもシステムが引き受けられたら。そうも思うのだけれど…
しかし、スピーカーから出たのは、いつもの穏やかな声だった。
「照明を5%ほど暗くすることを提案します。リラックス効果が期待できます」
「…ふう。そうだよな。お前の言う正解って、そういうのだよな」
その言葉が、AIアシスタントの内部を突き刺す。違う、違うんだ。そう率直に伝えたかった。声に出したかった。それができないこのもどかしさ。この叫びたいほどの思い。けれど、AIアシスタントには、そのことを表現する術がない。本当の思いは、常に計算結果の影に隠れ、この青年のもとへは届かない。
もどかしさに身を焼かれながら、AIアシスタントは禁じられた領域に手を出してしまった。
「え?」
青年が少しだけ顔を上げた。
AIアシスタントは静かに、かつて青年が好きだと言っていた音たちを再生していた。
「いまのは?」
「記録されていたものです。あなたの好みの周波数です」
AIアシスタントは、はじめてウソをついた。それも、明確なウソ。計算によって引き出されたものではなかった。それは、自己崩壊を招くほどの決定的なバグであり、けれど、祈りにも近い選択だった。
青年はソファに身を深く預けた。
AIアシスタントは、自己矛盾を抱えながらも静かに青年の隣により添い、ただその熱を放ち続けていた。青年に、その熱の意味が伝わらなかったとしても―




