心残り
かぁん、と乾いた音の直後、高く弾きあげられた木剣が地面に突き刺さる。
私の眼の前で、ヒビの入った木剣の傍にうずくまっていたのは、黒髮の若い女だった。
「お嬢様、今日はここまでに致しましょう」
「ま……まだまだ、ですわ……」
「行き過ぎた訓練は身体を痛めつけるだけです。かえって上達から遠ざかってしまいます」
「ですが!」
あぁもう、このお嬢様はまたこれだ。
私が剣術の稽古をつけているのは『エヴァ』お嬢様。やたらと名前の長い伯爵だか子爵だかの貴族のご令嬢だ。
このお嬢様は何でも『稀人』らしい。
この世の者ならぬ経験や記憶を持って産まれた稀有な存在、それが稀人で、お嬢様はどうも6歳の時に突然『わたしはキダマユミという名前で、ニホンという国にいた』とか、ワケのわからないことを言い出したそうだ。
稀人はたいてい突出した加護を持っているらしく、この貴族のお家でもそれはそれは騒ぎになった。
過去に現れた稀人は、大抵が高ランク冒険者になるか、聖職者として頂点に上り詰めるか、それか王族と結婚するかの道をたどっている。
強力な加護を国に留めるための対処らしい。まぁ恵まれた生活をするのは確定だろう。
「わたくしは、強くならなければならないのです」
「それならなおのことです。休むことも訓練ですよ」
「ですが……」
「よろしいですかエヴァお嬢様、強くなりたいのであれば、指導者の指示には従ってください。私達は、ちゃんと身体を休めて回復させることを前提に、訓練のメニューを考えているんです」
「……そう、ですか……」
たいてい、貴族のお嬢様と言えば、着飾ってパーティに出かけては、爵位の低い家の令嬢をイジメたり婚約破棄騒動を起こしたり、貴族だけの学院で生徒会長になったりするものだと思っていた。
そう、私はド平民出身の女冒険者ではあるが、これでも上位3番目、Aランクの剣術士だ。
ギルドで『さるやんごとなきお家柄のお嬢様に、剣術の手ほどきをする』という依頼を目にしたのは2週間前。
私は『なんだ、宿舎と食事が提供されて酒も出る。貴族のお嬢様のチャンバラ遊びに付き合うだけで、金と酒が手に入るならチョロい仕事だ』と、何も考えずにこの依頼を受けた。
正直に言おう、認める。私はこの稀人であるというお嬢様を見くびっていた。
どうせ何かの冒険譚でも読んで、感化された世間知らずなご令嬢が『わたくしも剣を手に取り、魔物討伐に出かけるのですわ!』と、周囲の護衛が死ぬような目に遭うのも構わずに突き進むんだろうな、とか考えていた。
だが、このエヴァお嬢様は違った。この人はガチだ。
実は依頼を受けた『剣術指南役』は私で6人目とのこと。
冒険者の中には、正統な剣術を学ばず自己流の剣を使うものも少なくない。
私の前の5人は、全部この自己流だったそうで、『体系的に学べないのであれば、お話にもなりませんわ』と門前払いだったそうだ。
私は幸い、街の剣術道場に通って基礎から剣を学んだ経験がある。
最初は剣の握り方に始まり、立ち方や構え方、脚の運び、体捌きといった『剣を振る前段階の基礎』。それに基礎体力をつけるための走り込みや筋力鍛錬。
片手で剣を振るうための身体の使い方に、左手にそなえるバックラーの構え方と、剣を握る前に身に着けなければならない事が多い。
「良いですかお嬢様。私も師匠から教えられましたが、人間は休まなければ強くなれませんよ。鍛えて休む、これを繰り返さなければ強くはなれないんです」
「わかりましたわ。これも師の教えですわね。先生の師匠の教えということなら、確かなのでしょう」
もう一つ、正直に言おう。
私はお嬢様への指導を始めてから、一度師匠のもとを訪れた。私が弟子を持って教えることになったから、『教え方』を教えて欲しい、という相談のためだ。
酒を手土産に訪れた私に、師匠は豪快に笑って『バッカ野郎お前、そりゃあアレだ、基礎の反復練習から型稽古。型を覚えたらタイマンでの立ち会いの稽古。これの繰り返しだろ』と語り、ついでに一応は免許皆伝の私にも『どれ、鈍ってねぇか見てやる。構えな』と、稽古まで付けてもらった。
最後にひとつ、正直なところを言うと、師匠をボコボコにするのはまぁまぁ気持ちよかった。
「お嬢様、ストレッチをしてから終了です。ゆっくり身体を伸ばして、柔軟運動をするまでが鍛錬ですよ」
「はい先生」
「しかしお嬢様、なんでそんなに強くなりたいんですか? お嬢様には護衛騎士がいるじゃありませんか」
「…………あの、先生? 笑わずに聞いてくださいますか?」
おや、なんだこの流れ。ひょっとしてお嬢様自身が冒険者になりたい、とかいうアレか?
「もちろんです。誰にも言いませんし、笑ったりしませんよ。可愛い教え子の言葉なんですから」
「ありがとうございます。あの……わたくし、この世界とは別の記憶があるんです。その別の世界ではわたくしは、この世界とは全く別の剣術を学んでおりましたの」
「……全く別の、剣術?」
「ケンドー、というものであったと記憶しているのですが、その術技まではまだ完全に思い出せないのです」
エヴァお嬢様は立ち上がり、訓練用の木剣ではなく、今や誰も使わない両手剣の訓練用木刀を手に取った。
「お、お嬢様、ですから休憩を――」
Aランク級冒険者であり、剣術においてもマスター級を修めた私が、ド素人なはずのお嬢様の『構え』に鳥肌が立った。
隙がない。
ただまっすぐに、両手で剣の柄を持ち、剣先を目の高さに合わせ脚を前後にやや広めに開いた立ち姿。
ただそれだけなのに、一切の打ち込む隙を見いだせなかった。
「これは、セイガンの構えというもの。そして――」
動けなかった。
私が気づいたときには、木刀の切先は私の喉の寸前で止められていた。
動けないどころか、お嬢様がいつ踏み込んだのか、どういう動きで間合いを詰めたのか、どうやって私の喉に木刀を突きつけたのか、全く感じ取ることすら出来なかった。
「これが、突きの技……なのですが、まだ何か違うのです。何かこう……違和感と言えば良いのかしら、こうじゃない、という感じで……」
「お、お嬢様、今のは……今度がケンドー流剣術、というものですか?」
「いえ、ただの『ケンドー』ですわ。ウチオトシメン、ヒキドー、デバナコテ、そういう技の名前は思い出せるのですけれど……動きを思い出せませんの」
「まさかお嬢様、剣術を習いたいというのは、そのケンドーを……」
「わたくし、前世ではこのケンドーを極めるには至りませんでしたわ。そのことだけは覚えておりますの。だからこそ、今生ではケンドーを極めたいのです。ケンドーにおける剣聖の称号、ハチダンの称号を手にしたいのです」
お嬢様の目は、一流の武人の鋭さだった。
おもしろい。
私もマウガス流剣術を修めた身、そのケンドーとやら、見てみたい。
「お嬢様、私がお手伝い致します」
「先生……よろしくお願いします!」
「ですが、良いですかお嬢様? 先ほどもお話した通り、休むこともまた稽古です。今日はここまで、続きは明日にしましょう」
さて、退屈しのぎの仕事のはずが、面白くなってきた。
よくある異世界転生貴族令嬢ものに、ちょっと一捻りを入れてみました。
剣道が八段までしかないのは、書く途中で調べて初めて知りました……




