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  作者: 50まい
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『彼』5

 学校よりも、日紅ひべにのうちの隣に立っている木よりも更に高く高く飛翔すると、『彼』はぐるりと周りを見回した。




 狭い町。人家は見果てぬように続くがその実ここがどれだけ狭いのか、彼にはわかる。




 ヒトは地に足をつけ、土から生まれたものを食べ、陽光をその身に浴びなければ生きてはいけない。一生のうちに関わる他人も、土地も、ひとつ所に縛られるのが運命さだめ。弱い身、狭い視界。




 『彼』はずっと、ここにいた。ここにこの町ができるずっとずっと前から。時に眠り、時に起き、そして日紅と出逢った。




巫哉みこや




と、日紅は『彼』のことを呼ぶ。




 その声は『彼』に温かく届く。それは日紅のこころだ。なんともくすぐったく思いながらも、『彼』は日紅を突き放せずにいる。




 長く生きてきたけれど、ヒトの前に『彼』が姿を見せたのは、日紅が初めてだった。




 あれはどれくらい前だったかーーー…などと考えるのもバカらしいほど、『彼』にとって日紅との出会いはほんの数日前の出来事と一緒だ。




「おぅい、黄泉こうせんよォーーー」




 ふいに、ぐふぐふという妙な笑い声とともに、『彼』の目の前に拳大の丸い玉が現れた。




 その玉は光の加減によって青にも赤にも見える。




 『彼』は一瞥いちべつもせずに、まるで蝿でも叩き落すかのようにその玉をばちりと叩いた。




「な、何するんだ黄泉ーーーーッ!」




「うるせぇ。黙れ」




「機嫌が悪いな黄泉。ははァ…さてはおぬし」




 『彼』の鋭い爪が空を切って唸った。玉は間一髪でそれを避ける。




「なななな何すんだ黄泉!今の当たってたら死んでたぞ!」




「てめぇはしぶといから、そう簡単に死ぬか」




「相変わらず短気だな!…まだ何も言ってないのに…」




「てめぇの言うことは予想が出来る。大体、俺は機嫌が悪いわけじゃねぇ」




「例の女子おなごに振られたか?」




 再び『彼』の鋭い爪が唸った。今度こそ、玉の一部がひゅうと飛んでキランッとお星様になった。




「……………んな……………」




 既に球状でなくなった「もと」玉はあまりのことに絶句し、ぶるぶると震えだした。




「うるせぇ」




「こ…っ、このっ、覚えていろよ黄泉ッ!」




 すうっと玉の姿が掻き消えると、『彼』はフンと鼻を鳴らした。




 どいつもこいつも。俺がヒトの前に姿を現したのがそんなにおかしいか。




 …いや、違うと『彼』は思う。あれは『彼』が姿を現したのではない。日紅が『彼』を見つけてしまったのだ。『彼』は別に日紅を何か特別な存在だと見て、姿を見せたのではない。なのにあやかしたちは勘違いをしている。




 『彼』が日紅を特別なヒトだと見込んで、自ら姿を現したのだと。そして喜ぶ。よかった、よかったなと。いくら『彼』が違うといっても全く聞く耳を持たない。短く限りのある命を持つ日紅を見ようと我先に『彼』に会いに来る。




 それでも、『彼』は日紅と一緒にいるのが嫌なわけではなかった。




 けれど、あいつはーーーー…。




 『彼』はむっと眉を顰めた。




 せい、という、あいつ。




 日紅が今よりも少し小さかった頃、あいつをいきなり連れてきた。『彼』は出て行きたくなかったが、日紅があまりにも『彼』のことを呼ぶので、しぶしぶ姿を現した。すると日紅はにっこり笑ってあいつのことを『彼』に紹介するのだ。




 『彼』は犀のことが嫌いだった。出会ったその時から。




 犀は『彼』のことを「月夜つくよ」と呼んだ。




 けれど、『彼』はわかる。犀も『彼』のことを快く思ってはいないことを。その呼び声は『彼』に犀のこころとして突き刺さる。




 別に、それはいいのだ。『彼』も犀に好かれようと思ってはいないから。




 日紅は単純に、「二人はいつも仲いいねぇ」などと言っているが、不食たべずことわりを無視してでもこのクソ、喰ってやろうかと思ったことも一度や二度ではない。




 勿論、犀も同じことを考えているようで、たまに据わった目で、『彼』を食い殺す勢いで見てくる。




 『彼』は犀が嫌いだ。理由はよくわからない。でもとにかく嫌いだ。生理的に嫌いというのとはまた違う気もするが、嫌いだ。




 犀も『彼』を嫌いだ。何故犀が自分を嫌がるのか、『彼』はわかりそうでわからなかった。




 けれど、犀はわかっていた。自分が『彼』を嫌う理由も、『彼』が自分を嫌う理由も。





















 『彼』がその理由に気づくのは、それから2年ののちのこと。

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