表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 50まい
5/33

『彼』4

「ねぇねぇせい。巫哉の本名、って何だと思う?」




 日紅ひべにが犀を覗き込む。犀はそれに軽く笑って、自分の机の上に弁当を広げ始めた。




「月夜、の?」




 犀は牛乳にストローを差し込みながら答えた。




 日紅と犀は小学校5年生の時に知り合った。それから日紅が犀に『彼』を紹介したので、『彼』と犀の付き合いは日紅よりも浅い。




「あたしは気がついたら巫哉って呼んでたの。きっとあたしが思いつきで勝手に呼び始めたんだろうけど、変な名前だよね、ミコヤって」




 日紅はくすくすと笑う。




「ミコヤ、みこやー…うーん何かの略かなぁ?なんでこんなわけわかんない名前にしたんだろう?」




「おまえのことだからその時やってたアニメの主人公とかじゃないの?」




「そんなアニメなかったよー」




「思い出したら教えろよ?俺も気になる」




「ん。犀はなんで月夜なの?」




「俺は、あいつと出会ったのが月夜つきよだったから、月夜つくよ




「…なんでツキヨでツクヨになるのよ」




「…古事記に月夜見命ツクヨミノミコトって出てくるだろ?」




 犀は一瞬詰まった後に小さい声でぼそぼそ言った。




「うん?」




「あいつに会った時、何かそれが思い浮かんだんだよ。あーくそっ!」




 犀は照れ隠しなのかひとりで叫んで頭をぐしゃぐしゃとかきむしった。




 日紅は思った。そうだ、犀は昔っから古文に興味津々だった。ツクヨミノミコトが日紅にはなんなのかよくわからない。でも確か古事記は日本の神様がいっぱい出てくる本だった気がする。八岐大蛇ヤマタノオロチを倒したのは須佐乃袁尊スサノヲノミコトだおまえそれくらいは覚えておけといつか犀に教わったことがあった。




 スサノヲノミコトは神様だっけ?じゃあミコトつながりでツクヨミノミコトも神様?




 ん?じゃあ犀は巫哉に初めて会った時神様みたいに綺麗だと思ったのかなぁ。




 月光のもとでは『彼』の銀髪はさぞ神秘的で美しかろう。闇を弾く白銀の光に強い意志がともったくれないの瞳を見てしまえば犀がそう思ってしまったとしても全く不思議ではない。




 不思議ではない、が。




「…犀」




「…何」




「あんたって意外とロマンティストだったのね」




「…言うな」




 日紅のとどめに犀はがくっと机に突っ伏した。




「なんでいきなりそんなこと言いだしたんだよ日紅」




 犀が腕の囲いの間からもごもごと声を出した。




「ん?」




「気になるの?月夜の本名」




「興味本位で。まさか本当に『太郎』とかだったりして!」




「それは、ありうるな」




 犀も顔をあげ、二人は笑いあった。




「来年はーーー…」




 ふと、日紅が呟いた。




「あたし達、もう16だね」




「そうだな?」




 犀が頬杖をつきながら返す。




「…嫌だなぁ、大きくなるの」




「何故?俺は早く大きくなりたいよ。背ももっと伸ばしたいし」




「170もあるくせに何言ってるの!背伸ばしたいのはこっちだよ~…。犀は伸びすぎ。ちょっと縮め。そしてその分あたしに頂戴。あ、その牛乳も頂戴」




 日紅はひょいと犀の牛乳を取ると、ごくごくとあっというまに全部飲み干した。




「…俺の金で買ったんだけど」




「気にしない気にしない。ハゲるよ?」




「……男にハゲは禁句だぞ」




 ちなみに犀の父、サトル36歳は既に生え際が危ない。




「そうなの?でも巫哉はハゲないね?もうとっくにおじいちゃんな歳なのにねーーー」




「おじいちゃんどころか生まれ変わって死んでもおつりがくるぐらいだけどな。」




 犀はふっと笑うと、日紅の頭をぐしゃぐしゃと撫ぜた。




「ちょ、な、何するの!?牛乳の恨み!?」




「そ。俺の背が伸びなくなったら日紅のせいな。目指せ200だから」




「200!?ありえない。てか、責任転換はよくないと思うよ」




「そういえばさ、日紅」




「ン?何」




「月夜ってさ、おまえが今みたいに学校に来てるとき、なにしてんの?」




「さぁ?あたしに巫哉のプライベートにまで干渉する権利ありませんからね。どっかのおネェちゃんとウハウハしてんじゃないの?」




「…おまえ、それが女子中学生の言うことか?」




「んじゃあ、犀は巫哉が何をしていると思うの?」




「俺か?俺は、そうだな…」




 犀は、ふと日紅の肩越しの窓の外を見た。




 目を細めて、強く、まるで射るように。






















 『彼』は思わずぎくりとした。




 気づかれた?いや、そんな、まさか。




 今、『彼』は誰にも、あやかしにすら視えないように姿を消しているのだ。ましてやヒトごときに気づかれるわけがない。




 だがそれでも、その視線は的確に自分を見ている気がしてならない。




 『彼』はどうしようもない居心地の悪さを感じてふわりと飛び上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ