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  作者: 50まい
27/33

巫哉5

 『彼』は、隣にある木の幹に手を当て、その背よりもはるか高い空を見上げていた。




巫哉みこや…!」




 日紅の瞳から涙が溢れた。




 言いたいことはたくさんあった気がしたが、もはやなにも言葉にできず日紅はただ感情の赴くまま『彼』に駆け寄ろうとした。




日紅ひべに




 けれど、静かな声が日紅の足を止めた。近づくことを許さない拒絶がその声にこめられているように思えた。




 『彼』は相変わらず空を見上げ、日紅を見ようとしない。




 凪いだ『彼』の気持ちと昂った日紅の気持ち、その感情のずれに日紅は戸惑う。




 風がふたりの間をとうと吹き抜けた。『彼』の髪が風になぶられて千々に浮いた。




 ふいに日紅はせいが『彼』の髪も瞳も黒いと言っていたのを思い出した。けれど目の前にいる『彼』はどう見ても白銀の髪だ。




「…犀が、巫哉の髪の色が黒いって、いってた」




 『彼』に言いたいことは別にあると思ったが、日紅が口にしたのはそんな言葉だった。




「だろうな」




 驚くかと思った『彼』は予想に反し淡々とそう言った。




「目も、黒だって」




「ああ。あいつの目も髪も黒いから」




 『彼』の口元が歪んだ。まるで嘲笑わらっているようだった。




「あいつ、って犀のこと?今は、巫哉の話だよ?」




「そうだな」




 日紅は困惑した。今まで、『彼』にこんな突き放されたような言い方なんてされたことはなかった。




「…あたしには、巫哉の髪も、目も、その…黒には見えないんだけど…」




「俺の色は見てるヤツの生来の色を映す」




 日紅は一瞬ぽかんと呆気にとられた。




 今のは、一体どういう意味だろうか。




 見ているヒトの生来の色を映す?犀は生まれつきの日本人で、髪も目も黒いから、『彼』の髪も目も黒く見える、ってこと?




 つまり見てる人によって『彼』の髪も目も肌の色さえも違って見えると、そう言っているのだろうか。




「でもあたし、目紅くないし髪だってそんな綺麗な銀色じゃないよ…」




「それは」




 日紅は心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を覚えた。『彼』がふいに日紅を見たのだ。




 紅い瞳のなかに日紅が映る。




「俺の色だからだ」




 『彼』はすっと日紅に向かって歩いてきた。




 日紅はなぜか後ずさった。




「巫哉」




 日紅はどくどくと鳴る心臓を押さえながら言った。




「なに、考えてるの…?」




 『彼』は日紅の2歩手前で立ち止まった。




 今まで日紅はただの一回も『彼』のことを怖いなどと思ったことはなかった。




 口がいくら悪くても、態度がそっけなくても、日紅のことを大事に思ってくれているのが分かっていたから。




 けれど、今、『彼』が怖い。いや、恐ろしいのは『彼』のことだけだろうか。日紅の気付いていないところで何かが起こっているのではないだろうか。




 『彼』も、犀も。日紅が立ち止まっているうちにどれだけ遠くにいってしまったのか。




 目の前で『彼』が顔をしかめた。




「会ったのか」




「え?」




「あいつ」




 『彼』は苛立たしげに日紅の肩を指した。




「印つけやがって…ふざけんな」




「あ、えっと、ウロのこと?でもウロは巫哉の事心配してきたんだよ!傷口も治してくれたみたいだし、怒らないで!」




「だからおまえは甘いんだよ!あやかしをヒトと同じに見るなって何度言った!?首にウロの印が付いてる。それがどういうことかわかってんのか!」




「…どういう、ことなの」




「それは虚の食物って目印だ。それが付いている限り、おまえがどこにいても虚にはわかる。遅かれ早かれ喰い殺される」




 日紅は咄嗟に首元を押さえた。押さえたところが一瞬カッと熱くなって冷えた。




「解いた。もう二度と会うな」




 『彼』の声は確かに怒りがあった。自分に対してか、ウロに対してか、それとも、日紅に怒っているのか。




 ウロが自分を食べようと目印をつけていたということを『彼』から聞かされても、日紅にはなぜかしっくりとこなかった。熱で頭が回らないのもあるのだろうが、日紅はどうしてもウロのことを怖いとは思えなかった。




 それが、『彼』の言う甘いってことなのだろうが。




 でも怒っている『彼』は日紅の知っている『彼』で、日紅は少し安心した。




「巫哉…かえってきて」




 ぼんやりと日紅は呟いた。




 そうだ。それが言いたかったのだ。




「どうして出ていっちゃったの?あたしのことが嫌いになったの…」




「嫌い…」




 『彼』が日紅の言葉を反芻はんすうした。




「いつも言ってる。俺はおまえが大嫌いだ」




 違う。日紅は思った。そんな表向きの言葉でごまかして欲しくないのに。




「あたしはすき」




 結局いつもの応報になってしまうのを日紅は悔いた。だがこの言葉以外に日紅が『彼』へ向ける言葉はないのだ。




 けれど、今回はいつもとは違った。『彼』はバカにしたように笑うでもなく、すっと無表情になった。




 日紅は震えた。また『彼』が日紅の手の届かないところにいってしまいそうで。




「巫哉、言って!あたしにいやなところがあるなら言って!なおすから」




「犀のことが好きなんだな、日紅。何に代えてもいいぐらい」




 日紅の質問とずれたことを『彼』は言う。




 日紅は戸惑いながらも頷いた。




 『彼』はそれを瞳に焼き付けた。『彼』の顔には何の表情も浮かんでいなかった。




「なら、俺の真名を思い出せ」




 びゅうと強い風が吹いた。日紅は咄嗟に『彼』に抱きついた。『彼』がそのままどこかへ消えてしまいそうで。




 『彼』の腕がほんの一瞬、日紅を抱きしめ返したような気がしたが、風がやんだ時には日紅は自分の部屋にいた。




 うそ…。今までのは、全部夢?




 茫然としていたが、日紅ははっとして肩を見た。寝巻の半身が暗闇に黒く塗れていた。夢じゃない!




 『彼』は真名を思い出せと言っていた。思い出すということは、日紅が前に聞いているということ。




「思いだしたら、戻ってきてくれるの、巫哉…」




 何も返さない夜闇に、そう日紅は呟いた。

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