作戦開始
2人のしょうもないやり取りをハンナがじっとみている。
「なんかこの子、私たちのことずっと見てない?」
「僕らというより、オリヴィアを見てるな、これは」
「えっと、ハンナって呼んでいいかな?私のこともオリヴィアって呼んでくれていいわ…よ?」
声をかけてもじっとオリヴィアを見つめるハンナに少したじろぐ。
「恐らく、ハンナはオリヴィアさんが珍しいのだと思います」
テオドールが口を挟む。
「珍しい?」
「えぇ、ハンナは親族以外の獣人を見たことが無いと聞いております。故にヴルペスのオリヴィアさんが珍しいのかと」
改めてハンナを見ると首を縦に振っている。
獣人の出自については未だに謎な部分が多く文献もあまり存在しない。一説では、アースアクトによって生体系が崩れ、それぞれの種が生きながらえる為に人と動物の中間的存在が突発的に生まれたのではないかと言われている。
「ハンナはカニスの獣人よね?」
頷くハンナ。
「狐と狼って大きく分類した時には同じ括りになるし、ちょっと親近感湧いちゃうなぁ」
ハンナに近づき、頭を撫でるオリヴィア。ハンナも一瞬耳を立てたが、すぐに垂れ、さっきまで張っていた尻尾もゆらゆらと揺れ、リラックスしているにみえる。
「何この子ちょっと可愛いかも。持って帰っていいかな?」
「いい訳ないだろ」
レオンがオリヴィアを羽交い締めにしてハンナから剥がす。
「はい、茶番はここまで、いくよ皆」
解放されたオリヴィアが身なりを整え口にする。
「レオンさん、例の拠点ってここであってるんでしょうか。静かすぎるというか…」
テオドールがハンナの乱れた戦闘服をそそくさと直しながら聞く。
指定された現場は建国時に使っていたのであろう古い倉庫であり、金属が劣化し
、錆び付いた茶褐色に染められている。窓もなく、正面の扉以外の壁は全ては巨大な鉄条網で覆われている。
「ここから入って下さいと言わんばかりだよなぁ。まぁでも、ここで合ってるはず、ソキィアがここってつきとめたんだし、間違いないだろう。どう?オリヴィア」
オリヴィアは目を閉じて鼻に意識を集中させる。
「うん、ここで間違いないと思う。焚き火を燃やしているような匂いもするし。生き物の気配もある。ただ、いつもの拠点より少ないような…5、6人くらいかな」
「ということはソキィアさんやオスカーさんが敵の数を見誤ったということでしょうか」
テオドールの言葉にハンナも首を傾げる。
「いや、そんなことはないはず。正確な人数は告げられていないが、僕たちふたりではもしかしたら荷が重い、と判断されての追加2人の同行だ。オリヴィアの言う5、6人なら僕らだけで充分制圧できる規模だ」
「それは、私たちが初任務だから優秀なおふたりの同じ任務に着けるように配慮して頂いたのでは」
「オスカーの手ほどきはそんなに優しくないよ、僕とオリヴィアの初任務だって2人だけだったし、テオドールたちは適正ありと認められた正式な隊員だ。隊の補強をするために増員したに違いない」
「ねぇ、レオン、もしかして」
オリヴィアが珍しく真剣な表情でレオンを見上げる。
「あぁ、厄介なのがいるかもな」
「厄介というのは…?」
「私やオリヴィアお姉ちゃんと同じ匂いがする」
今まで黙っていたハンナがおもむろに口を開いた。
「わー!ハンナが喋った・・・!じゃなくて・・・そうね、私もいると思う」
「獣人か」
「えぇ」
これまでのリベル調査でわかったことのひとつに、リベラルはヒト族しかいない、という点がある。先のテロにおいても拠点制圧作戦においても対峙したのは全てヒト族の者たちだった。それ故に制圧しやすいという1面もあったのだが…。
「獣人がいるとなると、ちよっと気合入れなきゃだな」
「そうね」
「僕とオリヴィアが先行する、テオドールとハンナは後に続いてくれ。獣人の数は正確にはわからないけど、もし複数人いたら極力僕たちで相手をする。ふたりは非戦闘員やヒト族メインで相手取ってくれ。相手を殺す必要はない。基本は敵勢力の鎮圧、制圧が僕たちキューの使命だ。作戦目標はリベルの占拠、リベラルの生け捕り、どうしようもない時は・・・いちいち言わなくても分かるよな。臨機応変に頼む。何より、自分たちの身の安全を第一に考えてくれ。まずいと思ったら戦線を離脱してもらって構わない。それと、無線の番号は2でいこう」
「オッケー」
「了解しました」
ハンナもコクっと頷く。
14:00 作戦開始
「よし、それじゃあ、行こう。NCOの特殊部隊として、迅速に済ませるよ。準備はいいね」
「えぇ」
「はい!」
「うん」
「リベル第三拠点制圧作戦、キュー!」
錆びついた扉を開けると、だだっ広い空間が広がっていた。一番奥がどこなのかわからない、倉庫の前方は濃い暗闇に包まれている。所々に人の身長を優に超える高さのコンテナが並んで置いてあり、中央に焚き火がパチパチと音を立てて燃えている。人の姿は見えない。燃え上がる炎の近くに薬品が入っていたのであろう瓶が転がっている。4人は息をのむ。オリヴィアとハンナの鼻でおおよその索敵はできるが正確な位置までは分からない。
「火薬の匂いか・・・」
「そうね、外からもわかった匂いはこれかもしれない。ただ、それだけじゃないわね。何種類かの匂いが紛れて分かりづらくなているわ」
「ハンナも、よく、わからない」
無線で話しながら前2人、後ろ2人の陣形で進んでいく。
自分たちの心音と微かな息遣い、慎重な足取りから聞こえる靴音。嫌でも緊張感が増してくる。
「固くなるな、いつどこからくるかわからない」
レオンが注意した直後、背後から殺気を纏った気配を感じて反射的に大きく翻り、躱す。殺気のするほうに4人は向き直り陣形を整える。炎に照らされ徐々に殺気の主の全容が露わになる。殺意の主はまさに彼らの予想通りだった。
「やっぱりいらっしゃったか・・・獣人」
「そうね」
現れたのは全身を赤い装束に包み、紫色の眼光を光らせた獣人の少女であった。装束には大きな鷲の紋様が刺繍されている。背丈は小柄に見えるが、痺れるような存在感があり、油断ならない威圧感があった。
「あの爪・・・パルダスか」
パルダス、豹種の獣人であり、動きが早く殺傷能力の高い爪をもつ。
「あの装束、リベラルで間違いないわね。でも、獣人1人でこの動き、普通じゃないわね」
「どういうことですか?」
「テオドールもキューに入ったなら分かるだろう?僕たちヒト族と獣人族がどうして一緒に任務にあたっているのか」
「えぇ、ですが・・・それは、どちらか片方では意味は成さないのでは・・・」
「あぁ、だからちょっとだけ驚いてるんだよ」
「あらレオン、痩せ我慢しなくていいのよ。ほんとは結構驚いてるんでしょ」
「そういうオリヴィアだって、珍しく尻尾が立ってるぞ」
「えぇ、まあ、でもやることは変わらないわ」
「きっとお仲間さんも後ろに控えてるんだろ、全員がこのレベルじゃないことを祈るよ」
レオンらが驚きを隠せないでいると後ろから同じ赤い装束をまとった者たちが5人現れる。ただこの5人は武装したヒト族だった。
「まあ・・・人数は予想通りか。それに獣人はあのパルダスだけだ」
「えぇ、流石にこの人数全てが獣人だったら、オスカーを恨んでたところね」
「そうだな・・・テオドール、ハンナ、作戦通りに。僕らはあのパルダスの相手をする。2人は後ろのヒト族を頼む!」
「承知!」




